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ヘドロのような化け物はにゅるにゅると、それはもう滑らかに空間の裂け目から這い出てきた。這っているかどうかはわからないが、少なくともイメージでは這っている。
生ゴミのような異臭があたりを覆う。吐きそうなくらい気持ち悪い臭いだが、吐いている場合じゃない。体が脳に指令している。
体長は電柱ほどある。およそ三メートルほどだろう。
『▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽!!!』
化け物が奇声を上げた。その叫びの音は五十音には当てはまらない。
「危ないっ!!!」
瞬間、ヘドロが一部を地面に落としながら飛んできた。僅か一部分が落ちた場所から赤色の煙が出て小さい穴が開いた。
俺は避けようと体を後ろに飛ばす。
「なっ!」
飛んで躱せたはいいが、そのヘドロが避けた俺を追尾してきた。
あのヘドロに当たったらどうなるか、俺はさっき見たばかりだ。
刹那、「BAN!」とMeIさん方向から爆発音。ヘドロは消えた。俺は彼女の方を向く。彼女が手に持っている物を見て、さっきの音が爆発音ではなかったことが分かった。いや、爆発音で合っているのだがもっと適切な言い方がある。
「銃声……!?」
MeIさんはいつの間にか拳銃を持っていた。具体的に言うと黒塗りのマグナム。
ま、魔法少女がこんなの持ってていいんですかね……。場違いながらも思った。
「それで自分の身を守って!」
そう言って武器をこちらに投げられた。
黒塗りのマスケット銃だった。
い、イメージカラー黒なんですか……?
「そのマジカル☆ぴすとるで化け物の攻撃を弾いて!」
絶対そんな可愛い名前じゃねえだろ。ましてやピストルでもねえだろ。本当はBULTUKORO56みたいな感じの殺意百億点の名前だろ。
そんな本当に場違いなことを考えながら俺は銃を持った。
残念ながら、銃を持つのは初めてじゃない。過去に何度かある。拳銃でなら人を撃ったことも撃たれたこともある。マスケット銃は初めてだが。
化け物は懲りずにこちらにヘドロ攻撃を仕掛けてくる。一度見ると意外と慣れるもんで、しかも直進でしか動かないので常に銃撃戦をしていない、素人の俺でもなんとか迎撃できる。
常に銃撃戦をしているであろう、魔法少女こと、芽目野愛こと、MeIさんは電柱や壁を飛び回り、ヘドロの攻撃を躱しながら化け物にいつの間にか二つになっている拳銃で銃弾を浴びせている。
『ζζζζζζζζζ!!!!』
化け物は叫んでいた。おそらく、痛みに。
攻撃が効いているのだろう。
『αααα……』
化け物の声が小さくなってきている。
絶命が近いのだろうか。俺は自分に向けられる攻撃を弾きながら思った。
『……』
声が聞こえなくなる。心無しか怯えているように見える。
『▲▽▲▽▲▽▲!!!!』
「なっ!」
MeIさんが驚愕の――いや、どちらかと言えば焦った声を出す。
俺はすぐにMeIさんが焦った理由を理解することになった。
化け物は巨大化した。少なく見積もって1.5倍化。多く見積もって五メートルの怪物に変化した。
その怪物が巨大化したため、道に収まりきらなくなり、電柱が二本ほど俺に向かって、クロスしながら落ちてきた。
「嘘だろっ!?」
引くのは危険だ。あの怪物、あらかじめ俺が引くことを予測したかのようにヘドロを俺の後ろに置いてある。
これは俺が後ろに引くのを誘っている。明らかに……!
落ちてくる電柱を前に、俺は呆然とし始めた。
******
「■■■■。■■■■」
なんだって?
「■■■す。■■■■」
ああ、そうか。走馬灯か。
最後に思いつく顔が元カノの顔なんて、俺なんて未練がましい人間だろうか。
いつも無表情だけど可愛かったなあ……あいつ。
感情とか出さないくせにあっちから告白してきてくれたんだもんな。
好きです。愛してるって、こんなごみくず野郎の俺に言ってくれたんだよ。
「好きです。愛してる」
ほら。
「だから、死なないで」
「え?」
思い出の中の無表情なあいつが。
俺の恋人が。
初めて泣いていた。
俺はあいつが泣いているところを見たことがなかった。
「死なないで!」
絶叫した。これも初めて見た。
彼女は何度も嗚咽しながら、感情的に叫びまくる。
「生きて! 生きるのをあきらめないで! ごみでもいい、くずでもいい、ニートでもいい! 生きろ!
「わ、わかったよ……うるせえな」
俺はお前の表情に弱いんだよ。
お前常に無表情だから、たまに見せる笑顔とかが凄く、凄く可愛くてさ。
******
正気に戻った。
この一秒にも程遠い短時間で夢を見ていたような気がした。
「オオオオオオオォォォォォォォ!」
どうやら俺は興奮した時に「お」と叫ぶ癖があるようだ。
俺はMeIさんの言葉を思い出した。
――このマジカル☆ピストルで攻撃を弾いて!
MeIさんは俺にこう言った。
そう、攻撃だ。この電柱も怪物の攻撃なんだ。
俺はMeIさんのファンであり、おそらく信者と呼ばれる部類なんじゃないだろうか。
信者なら、神様の言うことは絶対だ。
神様なんて信じてないけど、MeIさんが神様ってんなら信じれる。
MeIさん、俺に力をください。
「オオオオォォォオオオオオオオ!!!」
絶叫する。絶叫しながら、俺は引き金を三回引いた。
その瞬間、体力がどっと削られた気がした。集中したからだろか。
いや違う。
これは……!
『αααααα!!!』
俺の撃った弾は三発。その三発は全て電柱を狙った。
俺の弾三発は全て、怪物に命中し、間違いなく今までで一番の手ごたえがあった。
弾は電柱に直撃した。確かに直撃した。そしてその電柱を破壊し、貫通し、そのまま怪物の頭部に直撃した。
「君、凄いね。才能あるよ」
いつの間にか横にいたMeIさんがにかっと笑いながら言った。
「作戦変更。私が君への攻撃を弾くから君があの化け物を撃って」
俺は返事もせずに、化け物の方向を見据えた。
『○○○○!!! αααααα!!! γγγγγγγγγ!!!』
自暴自棄になった化け物がこちらに猛攻撃を飛ばしてくる。
その攻撃を全てMeIさんが弾き飛ばす。俺は化け物に狙いを定め、構え、見据えた。
「お前臭すぎなんだよ。風呂入れや」
集中力を限界まで使い、体力を弾に込めて、引き金を引いた――
******
あの化け物を撃破した。
化け物の頭を打ち抜くと化け物は煙となって消えた。いとも簡単に消えたのだった。
「簡単に言うと、私はああいう化け物を倒すために各地を回りながら戦ってるんです」
俺が魔法少女について芽目野さんに聞くと、簡潔に答えてくれた。
「なんか魔法少女って感じですね……」
「魔法少女だもん」
あ、そっか。
マグナムとか使ってるから秘密結社の戦闘員にしか見えなかった。
「ところで」と話題を変える。
「さっきの汚物の塊みたいなやつが落としたこの石みたいなのって……」
四角く、角が若干尖っているような石だ。さっきの化け物が煙になるのと同時に地面に落ちていた。
「ああ、それは神様の石って言って……」
芽目野さんはその一瞬、迷っているかのようだった。この先を言うべきか、言わないべきか。俺としてはどっちでも良かったのだが、いや教えてくれた方がありがたいかな、ここまで知っちゃっているんだし。でもそんな無理して言わなくても追及はしないつもりだったので、それはつまりどっちでもいいと同義だった。
「簡単に言うと、神様と話ができる石なんですよ」
「へえ、そうなんですか」
流石に神様には欲情出来ないので俺としてはどうでもよかった。それに俺は神様という存在を信じていなかった。
「願い事によっては、願いを叶えて貰えます」
その言葉が耳に刺さった。
おそらく、心にも突き刺さった。
ありがちだが、ありがたい展開に俺は戦慄した。何か運命じみたものを感じて怖かった。
「……そう、なんですか……。芽目野さんのお願いは何なんですか?」
うーんと芽目野さんは考え込んだ。
「安定した衣食住かな……あ、そうだ」
悪戯っ子のような笑みをした。これに色気を足したら家にいたときみたいな妖艶な笑みになるんだろうな。
「私を君の家に住まわせてくれたら、それあげます」
…………えっ?
「え? 本気で言ってます?」
「うん。本気。君んちのお風呂気持ちよかったし、君さえよければ、いや、どうかお願いします!」
頭まで下げられてしまった。
「あ……いや、こちらこそよろしくお願いします」
「やったー!」
本気で嬉しそうだった。芽目野さんの頬が紅潮し、手を上げてぴょんと飛び跳ねた。
演技じゃないといいな。
「ちなみに、君の願いは何なんですか?」
「ああ、そうですね……」
そうか、神様の石か。いいなそれ。
神様神様、どうかぼくに、
「地獄行きの切符を下さい」
片道切符で構いません。
「え? 今なんて? 声が小さすぎて聞こえませんでしたよ?」
「MeIさんと結婚したいって言いました」
「やだなあ。もう」
大丈夫。
いくら俺でも、切符があれば電車には乗れるから。
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