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俺が答えるとMeIさんは「そうなんだ」と優しく微笑み、そこからは特に追及してこなかった。
追及されても答える気はなかったのでちょうどよかった。
窓の外を見ると日が暮れていた。時間も時間なのでそろそろ晩飯を作ろうか。
「料理は俺が作ります。そこら辺で漫画でも読んでいてください」
「私漢字読めないんだよね」
しまった。また地雷踏んだ。
「……じゃあテレビでも見ていてください。それかわからない漢字があったら俺に教えてください。読み上げて意味も言います」
「ふふふ、優しいんだね」
「MeIさんだからですよ」
MeIさんはそわそわしているようだった。そりゃあそうだ。ここは知らない人の家だ。しかも男の家だ。怖くないわけがない。
高校にも行っていない。つまり中卒。しかも宿無し。彼女にとって数万人のフォロワーが唯一の救いなんだろう。
かといってフォロワーと面と向かって二人きりだったらもちろん怖いだろう。
漫画もテレビも見ないし、沈黙は気まずいし、作りながら何か話すか。
「MeIさんのコスプレって完成度凄いですよね。何のアニメですか?」
「コスプレ? いやいや、本物ですよ?」
そういえばそういう設定だった。
彼女のプロフィール欄には堂々と「私は魔法少女です。化け物と戦っています。本物です」と書いてある。
こうやって面と向かってまで貫くのならこちらも乗って差し上げないとノリが悪いだろう。
「それは御見それしました。でもその服装では戦いにくくないですか?」
「この服装で戦った方がファンが増えやすいんですよ」
と言ってくるりと回って見せた。ロングスカートが揺れていた。
パッと見た感じメイドをモチーフにした魔法少女物のアニメのキャラクターにしか見えない。
「そうですね。俺もあなたのファンですから」
「ははは」
MeIさんは棒読みで笑ったつもりなんだろうがどこか照れが漏れている。褒められたら棒読み笑いをするのが彼女の癖かもしれない。凄く可愛らしい。
「ねえ、君って中学にいたころ結構モテたでしょ」
仕返しと言わんばかりに、彼女はそんな心にも無いことを言っていた。
「はあ……心当たりがありませんね」
「君、顔は無駄にいいですよね。マナーがなってないけどその分優しいし、あ、もしかして私との待ち合わせに遅れたのも誰かを助けてきたからじゃないんですか?」
「いえいえ、そんなことはないですよ。単なる寝坊です」
嘘は何一つ言っていない。
「ふうん。で、モテてたの? 彼女は?」
「まあ……過去に一人だけ彼女がいました。もう別れちゃいましたけどね。それっきりです」
「なんで別れちゃったかきいてもいいですか?」
「喧嘩別れです。あれはあいつが悪い」
でも、後にも先にも、俺の性格を受け止めてくれる奴はあいつだけだったんだろう。
「そろそろ晩ご飯出来ますよ。肉じゃがです」
「あ、私肉じゃが好きなんですよね~」
そりゃあ、良かった。
******
飯を済ませ、風呂も済ませた。
肉じゃがは美味しいと喜んでくれた。ここ最近で一番照れた。でも一つだけ気にかかったことがある。コスプレのままで肉じゃがを食べていたことだ。服に付きますよMeIさん。
風呂は俺が先に入った。女性が入った後に入るというのもなんかアレだからだ。
風呂に入った後は流石に昼から着ていたコスプレを着るわけにもいかず、来客用のパジャマを来てもらった。
ピンクのワンピースなのだが、これもMeIさんに凄く似合っていた。コスプレを着れる人は何でも切れるんだなあとしみじみ思った次第である。
「来客用の寝室があるのでそこで寝てください。少し埃っぽいかもしれませんが」
来客なんて来ないからあまり掃除はしていない。
「あ、あの……」
頬を赤らめたMeIさんがそそくさとこちらに来た。
俺が合点がいった。なるほど、トイレか。何せ家が広いからトイレの場所も覚えておかないと少し迷うのだ。俺はトイレの場所に案内しようとリビングのドアを開けると……
「……一緒に寝ませんか?」
「…………ほほう」
彼女は青い目をさらに少しばかり震わせながら言った。
******
そんなに埃っぽいのが嫌なのか、それとも単なる寂しがりかわからない。俺は前者を希望する。MeIさんがこんな初めてあった男と布団に入るくらい貞操がない人だと思いたくないからだ。
「私にできる唯一のお礼」
とMeIさんは言っていた。どこかナルシスト染みてて普通の人が言ったらきもいだけなのだが、ここまで圧倒的美麗な人が言うと勝手に過去を想像してしまい気分が悪くなる。
「安心して、私男の人と寝るのはパパ以来だから」
どこら辺が安心できるのだろうか。
信じれねえよ。ニートの人間不信舐めんな。
「一人で寝るにしては大きいですね」
俺の気など知らず、のんきなことを言うMeIさんだった。
「ええ、このベットのおかげで人は多すぎても満ち足りないということがわかりましたよ」
十七歳にキングサイズのベットは大きすぎる。
「じゃあ今日はばっちりですね」
安心して、から始まる言葉が嘘であることがわかるくらいの妖艶な笑みを俺に見せた。
まさか本当にただ寝るだけだとは恐れ入った。
MeIさんは布団の中に潜るとすぐにすやすやと寝てしまった。随分役者だな。おい。ドギマギさせるんじゃないよまったく……。
「はあ……」
ため息を吐いた。
はたして、これがため息なのか、安息なのか、それは俺にもわからない。
まあいいや、寝よ。
いつもよりも寝る時間は何時間も早いが、今日はもう眠い。寝よう。
起きると、俺の上に黒猫が居た。
俺はこの黒猫を知っている。よく家の庭に入り込んでくる、都会には珍しい野良猫だ。俺がよく餌付けしている。
その野良猫が俺の上にいる。
「ん?」
ちょっと待て、なんで野良猫なのに家の中にいるんだ? 野良猫なら野にいろよ。
嫌な予感がした。
「まじかよ……!」
MeIさんはいなくなっていた。すやすやと気持ちよさそうに眠っていたはずなのに。
あ、そういえば。
あの人は役者だった。
人を惑わせることが出来る。さっきまで俺も惑わされっぱなしだったじゃないか……!
「くそっ!」
悪態をついて俺は貴重品を確認する。
「あれ?」
意外なことに全部あった。通帳から学生証まで全部あった。
トイレも確認するべきなんだろうが、その前に一つ気になることがあった。
玄関が開いている。
パジャマのまま出るわけにはいかなかったので、一応着替えた。
夜風はなかった。寒くもなかった。
俺は外側に手を伸ばす。感触はない。ただ俺は何かに触れたような気がした。
ニートには好奇心というものが無い。昨日のままでいい、昨日のままがいいという奴がニートになり、腐っていく。
俺は何でもできる。勉強も、スポーツも、料理も。
俺は何にもできない。早起きも、電車の切符を買うことも、時間を守ることすらも。
俺は天才じゃない。勉強もスポーツも料理も、たまたまできただけのラッキーマンだ。
だからそのツケが回ってきた。
俺にニートの才能は無かった。ニートでいる運もなかった。
「……」
俺は目的もなく外に出た。
好奇心に負けたのだ。
******
変だった。
都会の夜だ。ある程度は騒がしいに決まっている。それなのに、いやそれどころか、街灯一つ付いていない。
しかもやけに景色がはっきりしている。昼間みたいに。
カーブミラーに俺が写る。
「は?」
俺は確かに写った。間違いなく俺だ。俺なのだが……
「は、灰色……?」
写った俺は灰色だった。間違いなく、例外なく、しっかりとした灰色だった。黒と白を一対一で混ぜた色だ。
「あっ」
MeIさんを見つけた。洗濯機の中に放り込んだはずのコスプレ衣装を着ていた。
「MeIさん……」
「東雲君」
憂い。そんな言葉が俺の辞書から出しゃばった。
彼女の瞳はそう言いたげだった。
さっきの静かな都会の夜や、昼間のような夜や、灰色の鏡なんかでは比のならないほどの違和感を感じた。
憂いを抱くのはどちらかというと俺がMeIさんに抱くもので、MeIさんが俺に憂い抱くのはおかしいからだ。
逆という違和感。異常。
異常と言ったら、そもそも外の世界が退屈で引き籠った俺が目的もなく外に出ているんだから、もうその時点で異常だ。
「君まだ信じてないでしょう」
「はい?」
「私が、本物の魔法少女だってこと」
次の瞬間、目の前の空間が歪み、破られたかのように裂けた。
……そこからヘドロを固めて命を吹き込んだような、何かが出てきた。
それは化け物と言って差し支えないだろう。
俺はこんな時でも冷静になれる自分の優れた処理能力を憎んだ。
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