MeIさんは時間に厳しいが、優しい人だった。会計払うって言ったら許してくれた。


 「あ、私のことはMeIじゃなくて芽目野愛めめのあいって呼んでくださいね」

 「わかりました」


 流石に身バレは不味いのか。


 「君が東雲迷路しののめめいろ君ですよね、今日はよろしく」


 芽目野さんは太陽のような笑顔を見せた。

 コスプレをしているからか、いやしていなくても、その笑顔を見ただけで家から出た甲斐があったと思った。

 魔法少女のコスプレといっても、実際にはメイドに近い服装で、フリルがそこら中についているロングスカート姿で、黒色である。


 「迷路君?」

 「…………あぁ、あ、すいません。見惚れてました!」

 「あはは……照れるなあ」


 芽目野さんは頬を赤らめて笑った。

 か、可愛い……!

 敬語とため口が入り混じってるのがさらに可愛い。


 「いやでも、芽目野さんなら高校とかでも結構言い寄られるんじゃないんですか? お世辞でもなんでもなくて、普通に」

 「あー、うん。私高校行ってないんですよね」


 やばい、地雷踏んだ。

 プロフィール欄の17歳って部分だけ見て高校生なのかと思ってしまってた。


 「頭悪すぎて高校に行けなかったんですよ……」

 「あ、……そうなんですか……」


 地雷の次は魚雷が飛んできた。

 芽目野さんはうつむいて、何かを哀れむようにそう言った。


 「その、……パフェでも食べて元気出してください」

 「……ありがとう。フルーツソーストッピングしてもいいですか?」

 「……どうぞ」


 芽目野さんはパフェ大盛りトッピングフルーツソース(税別千三百円)を頼んだ。

 俺はコーヒーを頼んだ。



 結果から言って、オフ会は成功だった。

 落ち込んでいた雰囲気だったMeIさんこと芽目野愛さんはパフェが来た途端に機嫌がよくなり、そこからは会話が弾んだ。

 さすが何万人ものフォロワーを抱える人気コスプレイヤーである。人の喜ばせ方をわかっていらっしゃる。

 話すときはこちらが気になりそうな話を、こちらが話している時はしっかり聞きにまわる話し上手に聞き上手。凄く楽しい会話になった。

 そんな会話の途中、MeIさんはこんなことを言った。


 「今日さ……家に泊めてくれない?」


 俺は二つ返事で承諾した。

 一つ勘違いしないでほしいことがある。

 別に俺が調子に乗ってオーケーしたわけではないということだ。

 俺はここに来るまでに多くの失態と間抜けを晒してきた。が、流石に今日初めてあった人を家に泊めるのが不味いことくらいわかっている。

 俺はそういう線引きはしっかりしているつもりだ。

 ならなぜか、もちろん理由はある。

 寂しいからだ。

 俺の親は仕事の関係上もう五年は家に帰ってきておらず、あの豪邸に一人ぼっち。寂しくて寂しくてしょうがない。


 「うわ……凄い豪邸ですね……」

 「まあ、親が凄いので」


 俺の家の前に立ったMeIさんは驚嘆した。正確には俺の、ではなく親の。


 「何の仕事をしているんですか」


 当然だが親がという意味だろう。


 「警察の特殊部隊です」


 「えっ?」という声をMeIさんは心の中でしたつもりなのだろうが口に出ていた。


 「それ……私に言っていいんですか?」

 「まあ、俺が調べたらわかったすぐわかったくらいのことなのでそんなに大したもんじゃないんでしょう」


 少しばかり法を犯したが、調べたらすぐに出てきた。こんなに簡単に出てくるならちゃんと言えよ。

 あの親はいつもそうだった。教えてくれたのは勉強かスポーツくらいだ。大事なことは教えてくれないどころか聞いても答えない。

 話題を変えようとしてくれたのか、少し明るい調子でMeIさんは話し出した。


 「あの、高校はどんな感じですか?」

 「ああ、自分学校行ってないんですよ」

 「? 不登校って本当だったんですか?」

 「ええ、そうでもなきゃ平日の昼間から遊んだりできませんよ」

 「……てっきり校立記念日なのかと……」


 MeIさんはばつが悪そうにしていた。

 申し訳ないことしちゃったな。


 「ああ、別に気にしなくていいですよ。別に学校に行ってないだけで不登校ってわけじゃないですから」

 「どういうこと?」

 「少し特殊でしてね、自由登校なんですよ、うちの学校。テストの点さえよければ進級も卒業もできるし落第もしません」

 「……もしかして天武高校てんぶこうこう?」

 「よく知ってますね」

 

 と言っても、自由登校なんて日本に天武高校くらいしかないのだけれど。


 「名門じゃん」


 俺が通う東京都立天武高等学校とうきょうとりつてんぶこうとうがっこうは日本で一番の実力主義高校で、不登校でも点数さえ取れていればいいという異端な高校である。


 「……頭いいんですね」

 「遺伝です」

 「学校に行ってない割には、コミュニケーション能力ありますね。私と話してる時も物怖じしてなかったし」

 「まあ、人なんて基本的に親切なんで、俺なんかとオフ会してくれる人は優しいだろうなって思っただけです」

 「……学校には、色んな人がいるんでしょう? みんな親切ってわけじゃないでしょう?」


 何より不登校な人に。そう言いたげな顔だった。


 「色んなって言っても色で表せるくらいきらびびやかな奴なんてそうそういませんよ。みんな黒とも白ともつかない灰色です」


 少しの間、沈黙が続いた。

 その沈黙は世界一意味がないもので、不毛で、気持ちが悪かった。

 初めて面を合わせた人に心配されていたから気がしたからだ。

 まさか、そんなの妄想だ。

 俺のことを気に掛ける奴など、この世にいてたまるか。


 「もったいないとは思っていますよ」


 沈黙は俺が破った。


 「入試は一年生合計三百人の中で五位でした。今は授業を受けていないから二百位台です。残念です。きっと俺と友人になってくれる人ようなもいたんでしょう。勉強を教えてくれる人がいたかもしれません。もしかしたら俺のことを愛してくれる人もいたかもしれません。定期テストで一位を取れたかもしれません。生徒会長になれたかもしれません。購買に好きなパンが売っていたかもしれません。転校生が来たかもしれません。リレーの選手に選ばれたかもしれません。文化祭でステージに立って歌を歌ったかもしれません。部活で全国大会に行けたかもしれません。幼馴染に告白されたかもしれません。俺の高校生活は充実していたかもしれません」


 「じゃあ……なんで? なんで不登校なの?」


 少し引きながらMeIさんは言う。


 「その程度だからですよ」

 「え?」


 「その程度、退屈だからです」


 退屈になったのではない。

 退屈に戻ったからだ。

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