外出をしたのは一か月ぶりくらいだった。近場のコンビニに課金用のカードとコーラを買いに行った時以来である。

 ちょうど一か月前が季節の変わり目だったらしく、前の前外出した時とは季節が変わっていた。


 「寒っ……冬かよ」


 冬になっていた。

 スマホを見る。十月だった。

 ニートは寒さにも弱い。

 冬じゃなかくて秋だった。

 秋は過ごしやすい気温で、スポーツをするにも、読書をするにも、勉強に励むのも秋が良いとよく言う。いわゆる○○の秋ってやつだ。この〇の中にはなんだって入る。まあ人によるだろうけど。

 ところで、俺は秋が嫌いである。

 秋なんて花粉が飛ぶし、実は梅雨の時期より雨が多い(今日は晴れているが)。何より秋には秋休みというものがない。桜が咲く春にも、海が青い夏にも、サンタクロースが不法侵入をかましまくる冬にも、休みがあるというのに秋はなんだ。休みねえじゃねえか。

 学校、学校、学校尽くし。

 なんで秋だけ休みねえんだよ。虐められてんのか。

 なんでもこの時期がこれをやるのにちょうどいいと大人が決めつけて押し付けるのは逆効果だ。楽しくても楽しいって記憶が残らない。やらされている感じが心に残る。

 だから秋は嫌いだ。

 まあ、不登校ニートだから関係ないけど。

 ちなみに俺は高校に今も在籍している。俺が通う学校は特殊で、不登校でも進級できるし落第しない。


 キーンコーンカーンコーン。


 と、どこかの学校の鐘がなった。小学校か、中学校か、はたまた高校か。


 「学校か」


 もう何か月も行ってないな。

 そういえば、なんで皆学校に行ってるんだろ。なんか夢でもあんのかな。

 まあ、夢がある人の方が少なそうだが。

 大体高校に行く理由なんて、なんとなくがほとんどだろう。大学も同じ、義務教育の延長線。自由になっただけバカな奴が多そうだが。


 「医者だっけな、俺の夢」


 俺の夢は何だっけなと思ったときに最初に出てきたのが医者だった。

 うん、多分違うわ。

 なんで医者だと思ったんだろう。給料が高いからかな。

 医者なんて絶対にやりたくない。病気の人の前に出て仕事するなんてやだわ。風邪嫌いだし。


 「あれ?」


 医者の話をしてたからだろうか。それとも久しぶりの外出だから迷ってしまったのだろうか。


 「こんなところに廃病院とかあったんだ」


 『超絶地獄病院ちょうぜつじごくびょういん』なんちゅー名前だ……。スマホで検索しても出てこない。

 こういうのって、田舎の特権じゃないすかね。ここ都会なんですけど。東京なんですけど。

 廃病院はバリケードが張り巡らされている。よどんだ空気をまとうような、ホラーの中から出てきましたみたいな、いかにもな廃病院である。

 不気味と言えば不気味だが、いや、だからこそ気味が悪い。

 廃病院にしては随分と小奇麗だな。遠目で見た限り、掃除が行き届いている。いかにもホラーに出てきそうと言ったけれど、どちらかと言ったらミステリーの方が適切かもしれなかった。

 TUMILTUTA《つみったー》でバズるかもしれないので写真を一枚とって俺は駅に向かった。

 道はネットで調べた。


 ******


 駅に着いた。

 目的地の喫茶店まで二駅跨ふたえきまたぐので電車に乗らなくてはならない。

 電車に乗るのは久しぶりだった。なので定期券なんて持っているわけもなく、切符を買わなくてはならない。切符を買うのはもっと久しぶりだった。どうやって買うのか覚えていない。でも買わないと喫茶店までたどり着かないので、切符を買わなければならない。まあ、切符くらい買えるだろう。俺は販売機に向かった。販売機は光りながら俺にこう告げた。


 『おとな』 『こども』


 !?!?!?

 なんてこった。こんな難題があるなんて、聞いてなかったぞ。

 永遠の難題、人の数だけ理屈がありそうな問題である。

 ……高校生は、果たして『おとな』か『こども』か……。

 俺達高校生はよく大人たちから、「もう高校生」と「まだ高校生」という言葉を兼用される年齢である。都合と調子のいい大人たちはそうやって高校生を大人扱いしたり子ども扱いしたりする。

 半端な年なんだ。

 俺自身でも自分が大人だとは言い切れない。でも子供だとも言えない。

 さあ、どうするか。

 冗談はさておいて、俺は『おとな』に手を伸ばす。

 ずっと一人でいるとこういう一人漫才が捗るんだなこれが。

 ここから先の操作がわからなかったので俺は駅員さんを呼び、切符を買ってもらった。



 駅員さんの微笑をスルーし、改札を通った。

 この駅は改札からホームまで五十段程の階段がある。俺は昔から階段を登るのが好きで、エスカレーターやエレベーターを使わずに階段を上るという、もはや性癖に近いこだわりがある。

 平日の昼間だからか、階段だからか、どっちだかわからないが都会にもかかわらず人が少なかった。

 だから目についた。


 「こんにちは」


 おばあさんが階段を登りずらそうにしながら登っていた。

 エレベーターとエスカレーターあるんだからそっち使えよと思ったが、まあ気持ちはわかる。階段っていいよなあ……。

 そんな老いた体でも階段を登るおばあさんに敬意を表し、俺はおばあさんと共に階段を登ることにした。


 「ええぇ、こんにちはぁ……」


 しわがれたハスキーボイスが聞こえた。

 ロックンロールとは程遠いその声を聴いた時、俺は確信した。

 このばばあ、階段を愛していない。

 階段を登ることに喜びを生み出していない。生み出しているのは疲れだけだ。

 こんなばばあ、階段を上る資格はない。


 「はい」

 「?」


 俺はしゃがんでばばあに背中を向けた。

 ばばあは不思議そうな顔をした。


 「おぶります。乗ってください」

 「まあぁ!」


 ばばあは感嘆の声を出した。なぜだ。


 「ありがとうね~」


 軽っ、四十キロくらいか。

 俺はばばあを乗せて階段を上り始めた。


 「都会は、冷たいって聞いたけど、全然、違うみたいね~」


 やたら句読点が多い言葉を聞きながら、なるほどと思った。このばばあ、田舎から来たのか。だからエスカレーターとエレベーターを使わずに使い慣れていた階段を使ったのか。


 「いえ、冷たいですよ。今日なんか十五度ですよ」


 ニートジョークを言うと、ばばあは「ふふふ」と微笑んだ。


 「男の人に背負ってもらうなんて、とても久しぶりだわぁ……、高校以来かしら……」


 ええ、俺も久しぶりですよ。女性を背負うのは。


 「それにしても、結構筋肉、ついているのねぇ……」

 「まあ、筋トレくらいしますよ。暇なので」


 俺はニートだが、運動は出来る。おまけに筋肉もある。

 ニートは本当に暇なので、筋トレする暇もある。しかもうちは結構な豪邸なので筋トレルームがある。

 中学の頃、俺は陸上部で毎日腕立てをしていたら親が筋トレルームを作ってくれた。

 筋肉が付くと病気にかかりにくくなる。親が家にいない俺は病気にかかると面倒なので筋トレをして食生活をしっかりすることくらいはやっている。


 「私はね、昔夫とここに、来たことがあるの」


 ばばあが話し出した。


 「初めての都会で、私ははしゃいでたのよ、高校生にもかかわらずね、ではしゃぎすぎて転んじゃったの、そこで運が悪いことに足くじいちゃって歩けなくなっちゃったの、その時に夫が私のことをおんぶしてくれたのよ、私は感動して、プロポーズを彼の背中でしたわ」

 「それは素敵ですね」


 率直な感想だった。


 「七年前に死別しちゃったんだけどねえ」

 「それは……ご愁傷様です」


 階段を上り終えた。

 ばばあになぜかお礼を言われ、俺は念のためにばばあの乗る電車を調べて教えた。

 俺も自分の乗る電車に乗った。


 ******


 平日の昼間だからか、電車の中は誰もいなかった。

 どうせ誰に迷惑をかけるつもりもない、俺は手前の窓を開けた。心地よい秋の風が流れ込んでくる。


 「不思議だ。さっきまで煩わしいと思っていたのに」


 さっきまで寒いだの冷たいだの言っていた秋の風が心地よかった。

 久しぶりに外出したからだろうか、非日常を楽しんでいる自分が居るのかもしれない。


 「非日常か……」


 非日常ほど、楽しいものはない。無計画であればあるほど、予想を超えていけばいくほど、人生は楽しくなる。

 でもそれで楽しく生きれるのは天才だけで、俺は天才じゃない。

 無才凡人の俺は計画を立てて生きるしかない。

 ひとまず高校を卒業したら、そこそこの大学に行って、単位だけ取って、できれば家でできる仕事を探して、そんで死ぬ。これでいいさ。

 

 「あ」


 考え事にふけるのはまあまあ楽しかった。普段何も考えていないからだろうか。

 そんな俺が何かを考えているだけ偉いと思う。自己評価だけども。

 だからきっとプラマイゼロだろう。


 「降りる駅すぎちゃった……」


 ******


 そのあと俺は、電車を乗り換え何とか目的の駅にたどり着いた。

 いやマジ大冒険。

 改札を出た。目的の喫茶店まであともう少しだ。インターネットマップを使い、喫茶店の場所を調べる。

 右往左往しながらなんとかMeIさんが指定した喫茶店『極楽浄土ごくらくじょうど』に辿り着いた。

 ……なんか風俗店みたいな名前の喫茶店だな。

 そんなことを思いながら店に入った。

 その瞬間、俺は思った。


 …………MeIさんが私服で来てたらわかんなくね?


 久しぶりに外に出たから、正直誰が誰だかわかんねえ。写真撮るときだって流石に化粧してるだろうし、なんなら金髪碧眼だってかつらとカラコンかもしれない。

 仮に黒目黒髪だったとして、俺は彼女をわかるだろうか? 顔の印象のほとんどは髪であると聞いたことがある。

 悩む、悩む、ニートは悩む。

 しかし、そんな不安を蹴散らすかのような現実が俺の目に入ってきた。


 「す、すげええ……、本物だ……!」


 着てやがった。着てらっしゃったのだ……!

 コスプレを……! しかも金髪碧眼のまま……!

 平日の昼間に喫茶店で……!

 あと店に全然人がいねえ……!

 「あ、あの……MeIさんですか……?」

 とこんな風に言うのは失礼極まりないことだろう。一発で誰だか分かる格好をしているのに「ですか?」なんて言い方で聞くのは失礼だ。わざわざ平日の昼間にコスプレまでしているのだ。彼女は常に本気である。まったく、俺じゃなかったらデリヘルの待ち合わせにしか見えねえな。

 ここは元気に話しかけるというのが最低限出来る礼儀というものだろう。


 「こんにちは! うわぁ、ネットで見た通り凄い美人ですね! 今日はよろしくお願いします!」


 「よろしくお願いしますじゃないよ! 一時間も遅刻しないでよ! 一時間だよ! い! ち! じ! か! ん!」


 時間に厳しい人だった。

 怒られちゃった。

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