自立型二足歩行機動兵器が出現するのはSFって誰が決めたの?

佐椋 岬(サクラ ミサキ)

1. 突然の弾丸《あめ》に打たれて夢中で何かを探したね

壱坂靖規いちさかやすのり、今の会社に勤めてかれこれ5年。

取り立てて突出したものもない自己紹介に困る、しがないサラリーマンそれが僕。

一応、名ばかりの芸能事務所でプロデューサーなんて肩書きがあるらしい。

実際のところは上司連中が夢物語だけ並べて無茶振りばかりするもんだから、僕の仕事は正直尻拭いがほとんど。

親戚筋には『昔に比べてこれだけ科学が発展したんだから、もっといい仕事たくさんあるだろう』とかよく言われて。

あんたらだって別にそこまで古いわけじゃないだろうに……と言いたい。

学生の頃歴史の授業で読んだ『平成』やら『令和』の頃から比べたら、そりゃ当然発展はしてる。

宇宙旅行が当たり前の時代だし、自立歩行のAI搭載家政婦ロボとか実現してるし。後者は一般人が手を出せる金額じゃないけど。

技術開発と進歩が進んだのはそういった所謂「夢」を追った、至極限定的な部分に特化したところばかりで、基本的に一般人の生活が大きく変わったわけではないし、全部雲の上の出来事でしかない。

形は変わったんだろうが、電車も新幹線も飛行機も普通に市民の足となっているし、残念ながら車も空を走ることはなく、現実的な金額で収まる相応の技術で地上を走っている。

そんな中で僕がこの仕事を選んだ理由はちゃんとあった、少なくとも入社間もない当時は。

さっきも言ったけど環境が変わっても一般人の生活が大きく変わるわけではなく、特に娯楽面で何か変わったかというとそれも同じで。

物理的なアミューズメントパークとかは技術の進歩に乗っかれただろうけど、毎日そんなところに行く人もいないので日々の生活の上でのエンターテイメントとして芸能人に頼るというのは今も昔もやっぱり優秀で。

僕もそういった『人を楽しませること』を仕事にしたいと思っていた。ただ、実際何度かやってみて、僕自身が矢面やおもてに立って活躍するタイプではないと実感したので、そういったものを作る側に回りたいと思って今の仕事に就いた。

やってみて思ったのはアイドルのプロデュースなんてのは実際センスがものすごく問われる仕事だし、何より流行を捕らえる先見の目あるいは自らが流行を生み出す力が無いと話にならない。

シンデレラストーリーの影には裏方の血が滲むような努力が必須だ。

その僕らの努力のバトンを渡して、今度はアイドル自身が努力して、それで成功したときお互いに喜びを噛み締めあう。

そんな信頼で結ばれる関係がすごくいいな、って思って裏に回ることを選んだ。

僕ら裏方は影であることに喜びを感じられるタイプじゃないとまず上手くいかない。なのに上司たちは誰が主役なんだか判らない、私腹を肥やすことしか考えてないヤツらばかり。

……そりゃ上手く行くわけ無いわな、こんな事務所。

判っていながら尻拭いしてたらいつの間にやら5年も経っていたわけだ。

気がつけば年齢的にも転職が少しずつ難しくなり、まして次の仕事を探す時間も中々無い。負のスパイラルまっしぐらだ。

気づけば今日もすでに空は黒く染まり、作業と終電の間でせめぎ合いをする頃合。

僕は相変わらずオフィス内にある自分のデスクでパソコンに向かっている。

どうせいた所で何の役にも立たない上司は今日も定時で早々に退散している。いつものことなので今更気にしない。

「はぁ、どこかにいいこと無いかな。無いよな……帰ろ」

あまりに脱力したので、今日はもう切り上げて帰ることにする。

コンビニにでも寄って惣菜でも買ってビールでも飲んで寝よう……と思い、僕はオフィスの戸締りを確認して外へ出た。

あちこち塗装の剥げた、古びた鉄の螺旋階段を降りて数分。駅へ向かう途中にある会社最寄のコンビニは昼間もよくお世話になるので、店員さんともすっかり顔なじみだ。

「あ、壱坂さん!いらっしゃいませー!」

入り口をくぐると、弾んだ声で笑顔を振りまく女の子が出迎えてくれた。

河内さとみさんと言って、僕がこの会社に勤め始めた頃からここで働いている。

見た目だとまだ二十歳そこそこに見えるけど、そういえば実年齢は聞いたことがない。

「お疲れさん、河内さんは今日も元気だね?」

「はい!さっき駐車場で酔っ払いが粗相してくれやがったので、掃除直後の私は今日もカラ元気です!もう帰りたいです!」

「うん、目が笑ってないから恐いよ?」

愛想の奥からだだ漏れの感情はさらりと流して、ビールと適当にツマミを取ってレジへ向かう。

「晩酌ですかー、そうですよね、今のご時勢飲まないとやってられませんよねー。さっき粗相してくれた酔っ払いにはいい年こいたジジィが吐くまで飲むなよと声を大にして言いたいとこですが」

河内さんの口からは呪詛が次々と発射されるが、手の動きは止まらずにスムーズに会計と袋詰めを済ませてくれる。

……仕事はできるんだけどな、この子。

「お疲れさん……頑張れ」

「はーい、ありがとうございます!」

とりあえずねぎらいの言葉だけかけて、商品を受け取ってコンビニを後にする。

ビニール袋を引っさげてしばらく歩き、駅の改札へ着くとそこには平日の終電付近であるにもかかわらず人波が溢れていた。

嫌な予感を感じながらディスプレイに目をやると案の定そこは無常な光景、時刻が表示されていない。

いわゆるアレだ、動いていない的なヤツだ。

「マジですか……」

思わずもれたため息。原因は何かと周囲に注意を向け、構内に設置された大きな液晶に目を向けるとちょうどニュースが流れていた。

『臨時ニュースをお伝えします。本日倉松市に出現した謎の機動兵器は現在も街中を闊歩しており、破壊活動は一旦休止しているものの今後も充分な警戒が必要です』

……何だ、ドラマか何かか。アニメの実写化も多いもんな。あのニュースキャスターはアレか、人類を代弁して喋っているのか。

そう思い他に電車遅延のソースが無いかと再びディスプレイに視線を戻すと、テロップが流れていた。今の臨時ニュースの内容と同じものが。

【本日出現した謎の機動兵器による破壊活動の影響を受けまして、全線運休とさせて頂いております。御迷惑をお掛けいたしますが……】

「いや、そういうドッキリはいいからさ……」

思わずもれたため息。二度目。そういや確かにさっきの臨時ニュースで倉松市とか言ってたことを思い出す。

僕が現在居住及び勤務している倉松市は一言で言うと中途半端だ。

オフィス街といえばオフィス街だが外れのほうは住宅街。田舎ではないしそこそこ大きいが決して大都会とは言えない規模。そんな市が最近微妙に町興しとか企画しているものだから、何かアニメ作品と市がコラボしてイベントでもやっているのだろう。

駅まで協力して参加するのはいいことだが一般市民の足に影響を与えないでくれ。僕は明日も早いんだ。

人波を掻き分けとりあえず改札をくぐりホームへ向かう。いくら何でもホームまで行けばちゃんとした情報があるだろう。

―――そんな浅はかな僕の目論見が崩れるまであと3分。

この後、できれば遭遇したくなかった事実にホームで間抜け面を晒した僕を待ち受けていたのは絵空事より陳腐な現実だった。



「OK、まずは状況を整理しようか」

「だから、さっきから何度も説明してるじゃない!私一人じゃ無理だから協力してって!!」

僕は誰に言うでもなくひとりごちた。少なくとも僕はそのつもりだ。

―――状況。

電車が動いていないから帰れない、これはOK。

仕方ないから会社近くにある徹夜仕事御用達のビジネスホテルへ、これもOK。漫画喫茶やカプセルホテルの選択肢もあるが疲れがたまっている時は奮発して使うこともある。今日はこれだ、OKOK。

目の前にはセミダブルベッドに腰掛ける美少女、容姿的には10代半ば~後半。部屋はシングルルーム。

「これはアウトだと思うんだ」

「何がよ」

―――状況続き。

往生際悪く、先ほどホームに行ったらやっぱり『謎の機動兵器が~』的報道が流れており電車はリアルに動いていない。何の冗談かと思ったが動いていないものは仕方ないと踵を返したその時。件の『謎の機動兵器』とやらと思わしき物体が空を駆けていったんだ。僕の目の前で。

開いた口が塞がらないってこういうことかーと思ったのもつかの間、もう一台『謎の機動兵器』らしきものが間を空けずに追随していた。

見た感じではいわゆるドンパチ的な、テレビやパソコンの画面の中で見るようなアレを行っていたりしたようで。

「そりゃ夢かと思うじゃないか。あーヤバい、また僕PC開きながら作業中に寝落ちしてたかはっはっはーとか思うじゃないか」

「……話の脈絡が全然判らないんだけど、人の話聞いてる?」

そう言うと彼女は腕を組んで、意思の強そうな瞳で僕を見据えた。

目の前の美少女さんがご立腹している様子なので紛れも無い現実だったらしい。まだ受け入れきれてないけども。

かいつまんで3行で説明すると。

①ドンパチやってた『謎の機動兵器』とやらの片方が劣勢になって撤退。何故か倉松駅ホームへ降りてきた。

②そこから今目の前にいる謎の美少女さんが現れ「助けて!」と言われ、周囲に人がいない所で話したいと言われる。(言い回しが微妙に援助なんたらくさかった)

③とりあえず買ったビールが温くなるので何処かに移動しようと決心。美少女、ついてくる。

④俺氏、結果的とはいえ10代後半の少女をビジネスホテルに連れ込む。

……4行になったがこんな感じだ。後は空気で察してほしい。巻き込まれ系主人公の典型パターンだ。

「……あれ?もしかして僕意外と精神に余裕あります?」

「知らないわよ!やっぱり聞いてないじゃない!!!」

……仕方ないじゃないか。現状を認識するにもあまりに非日常すぎて流石に頭がついていかなかったんだから。

こうしていても仕方ないので、目の前の美少女さんとコンタクトを取ってみることにした。

「えーっと、お嬢さんお名前は?」

「……そこまで戻るのね。私散々名乗ったのに」

彼女は大仰に肩を竦めて見せる。そんな仕種も絵になるのは美少女の特権だよなぁ……なんてぼんやり考えてるあたり、やっぱりまだ脳が現実を受け入れきれていないのかもしれない。

「私はリオナ。リオナ・イリエラ・ミセリーペス。これで3回目だけどいい加減覚えて貰えたかしら」

やれやれ、といった様相で彼女は嘆息した。ツインテールに結った黄金色の髪がその疲労感を表すかのように小さく揺れる。

「すいません」

正直初耳です、気持ち的には。

「それで、乗ってもらえるのかしら?」

「何にですか」

「……呆れた、ほんっとうに何一つ聞いてなかったのね」

「そこは察して頂けるとありがたいのですけど……如何せん今起こった出来事を現実と認識するにはいささか無理があったもので」

とりあえず気を落ち着かせようとビールを一口あおる。

「流れから察するとアレですよね、助けを求められた上からの『乗れ』なのであの自立型二足歩行タイプの機械に乗れってことですよね」

「聞いてたのか聞いてなかったのかハッキリしてよね……そうよ、乗って頂戴」

脳裏に思い浮かべてみる。幼少の頃好きで見てたSFアニメのコックピットを想像し、その想像の中に自分を座らせてみる。

……シュールだ。とてもシュールだ。

「……あれに、僕が乗れと?まだ自分の車も買えてないのに?」

「知らないわよそんなの!」

……怒られました。知らないと言われても僕から言わせれば貴女達の方がよっぽど不可解な存在なんですけど。

「いい?もう一回だけ説明してあげるからよーく聞きなさい」

「拒否権あります?」

「ない」

「なんでですか!たまたま僕がそこに居ちゃっただけで僕以外でも良かったでしょ!」

「たまたま居たから悪いんじゃない!必要以上に見られたくなかったのよ!余計な人数増やせないのよ!」

「そうですか……」

しょんぼり項垂れる僕を構うことなく、リオナさんとやらは一気にまくし立てた。

冗談でもなんでもなく、あの機動兵器に日本が狙われていること。

詳しくは判らないがそれらを司っている組織があるということ。

その組織がどうやら地球の外から来訪しているらしいこと。

自分はどうにかそれを阻止しようと単身日本に来たところを襲撃されたこと。

「最後のちょっと怪しい……」

「何でよ、何か文句でもあるワケ?」

どうしてもスルーできなかったのでつい口から零してしまった言葉を彼女は耳ざとく拾い、怒りを顕にする。

「いや、普通そういうの直接来ないでしょ。いきなり来たって何のこっちゃって思うし、そもそも誰に伝えようとしたんですか」

「うっ」

動揺を隠せない様子で彼女はたじろぐ……予想してたけど判りやすい子だな。

「そんな国家レベルの話なら、普通お偉いさんが出てきてお偉いさんのとこに行くもんでしょ」

「あ、あああ、アンタ中々洞察力あるじゃない?き、気に入ったわ!私のことリオナって呼んでいいわよ?」

脈絡のない流れでどうにか誤魔化そうとした彼女は、これまた判りやすく大きな汗を浮かべる。

「いや、うん、何か大体察したんでいいです判りました。何言っても巻き込まれるヤツだこれ」

「ずいぶん物分りいいのね?」

「無謀に巻き込まれるのは残念ながらここ5年ですっかり慣れたんで。詳しい話は後でちゃんと話してくださいね」

僕の言葉に言い知れぬ何かを感じ取ったらしい彼女は一瞬苦笑いを浮かべたが、誤魔化すようにその四肢を腰掛けていたベッドに投げ出した。

「さ、そうとなったらまずは体力回復させなくっちゃ。ねぇ、私もここで寝ていい?」

「いやダメでしょ。お嬢さん見たとこ若いんだし親御さんとかいるでしょ帰りなさい」

「リオナ!名前で呼んでいいってさっき言ったでしょ」

むくれてみせたその表情はやっぱり年相応にあどけないもので。状況には非常に相応しくないわけで。

「んじゃリオナさんや、帰りなさい。ここに居られると色々マズいから。場合によって僕が社会的にマズくなるから」

「いいじゃない別に、どうせ移動できないんでしょ?さっき言ってたじゃない、電車が動いてないから帰れないって」

言いながら彼女は靴を脱ぎ始める。帰る気ゼロだ。

「誰のせいだと思ってるんですかねぇ……」

「この国を狙ってるヤツらのせいでしょ?」

「サラっと言ったね!?」

……話が通じない人って厄介だよね。ウチの上司もそうだけど。

処置なし、と肩をすくめて見せるとそれを了承のサインと受け取ったようで、彼女は悪戯な笑顔を見せる。

「決まりっ!じゃあよろしくね? あ、名前教えてよ。」

その笑顔は一瞬目が奪われるくらい無邪気で。日々くたびれた生活を送っていた僕には眩しくて。ウチの事務所に所属してるアイドルより輝きを見せた。

「……あー、大概単純だな僕も」

「え?何が?」

「何でもないです。壱坂靖規、芸能事務所で働いてます、好きに呼んでください」

「ん、おやすみヤスノリ」

どうやら彼女は彼女なりに無理していたようで、さっさと寝息を立て始めてしまった。

とりあえず起こさないように注意しながら残った缶ビールを手に取り、一息にあおる。

「お嬢さんみたいな子、ウチの事務所にも居たら何か変わってたのかね……」

誰に言うでもなく零すと僕は座っていた椅子ごと机へ向き直り、部屋の照明を落としてパソコンを起動させる。

「プロデュースするにはまずその業界の動向調査から……ってか。検索の得意な先生方に聞いても何が判るとも思えませんが」

妙なテンションで検索エンジンを開き、とりあえず今日の臨時ニュースを片っ端からチェックし始める。

どうやら今日も徹夜作業になりそうだ。



さっきまで静かだった部屋に小鳥の囀りが聞こえ始めた。

ふとカーテンのかかった窓に目を向けると、隙間から朝日が覗き込んでいる。

「あぁ……もう朝か」

結局大した情報は得られず、芳しくない戦果に僕はため息を漏らす。そりゃそうだ、昨日今日突然現れた謎の機動兵器の情報を検索したって出てくるわけもない。

自分以外の情報でお手軽に金稼ぎするまとめサイトでもこの速度では無理だろう。

正直その辺は最初から期待してない、リオナお嬢さんに直接聞いた方がよっぽど早いのは判ってた。

調べてたのは昨今だと当たり前になった自立歩行のAI搭載家政婦ロボとかの情報。

サイズが大きくなっても自立型二足歩行タイプの機械なら構造はそこまで違わないと推測して、動きを止めるにはどうするかとかそういった類の話だ。

結局人体をベースにした構造だから、間接の結合部を狙うのがセオリーだっていう基礎は変わらない様子だ。

「まぁ気休め程度にはなりましたかね……」

ポツリと漏らしてカーテンを開けると、ベッドでお休み中のお姫様が小さく身じろぎをした。

「んっ……」

「おはようさん、お目覚めですか」

声をかけると、少しまだ気だるそうな顔で返事が返ってきた。目は覚めたけど脳が起きるまでもう少しといったところだろうか。

「んー……おはよう」

「起きて早速で申し訳ないけど、リオナの言う『敵』とやらについて聞きたいんだけど……」

―――ぐーっ

僕の言葉の続きは彼女の空腹を知らせる音にかき消され、赤面した彼女の表情はその先を続ける空気を霧散させた。

「……朝メシ食べながら話しますか」

リオナを連れて連れていつものコンビニに向かう。レジには河内さん、彼女昨日の夜もシフトだった筈だけどしんどくないんだろうか……いや、しんどいよな、そこには触れないようにしよう。

「いらっしゃいませー!あ、壱坂さん、今日は早いですねさてはまたホテルで残業……」

途中で河内さんの目線がリオナお嬢さんの姿を捉えた瞬間、言葉が止まる。

リオナの頭からつま先までを一通り眺め、河内さんは頤に指を当てて視線を宙に這わせた。

「……壱坂さん、差し出がましいようですが、彼女おいくらだったんですか?」

「うん、そういうんじゃないから下衆い発想やめようね頼むから。ウチ事務所の新しい子だから。これから事務所に連れてくだけだから」

仕方ない、三十路のオッサンが早朝にどう見ても10代の美少女連れてコンビニ来たらいかがわしい匂いしかしないのは百も承知だ。嘘くさい言い訳を並べる僕に気付かなかったのか、あるいは気を利かせてこれ以上の詮索をやめてくれたのか、河内さんはいつもの笑顔に戻る。

「即採用ですか、いいですねー。やっぱり若くて可愛い子は違いますね、就職の決まらない私なんて学生時代のバイトを卒業してから続けてはや5年ですからねふふふふふ……なのに未だに正社員にならないかとかのお誘いも頂けませんし私なんて売価変動の期限切れ惣菜片手に部屋で一人寂しく焼酎をロックで飲むのがお似合いなんですよぉぉぉ」

……いつもの、目が笑っていない笑顔。

「……ヤスノリ、この人事務所で採用してあげないの?」

「残念ながら僕に人事権は無いので」

仕事はできるんだけどね、河内さん……相変わらず手際よくホットスナックの処理と袋詰めとレジ操作捌いているし。目だけが死んだ魚なのが少々玉に瑕なだけで。

これ以上彼女の地雷を踏み抜いても不味いので、会計の終わった商品を受け取って早々に退散した。

数分歩いて古びた鉄の螺旋階段を昇り、鍵を開けて事務所に入る。

「……私、入ってもいいの?」

「全く問題ないです、朝どころか午前中は誰も来やしないので」

リオナに好き勝手にしていい旨を伝え、事務所常備の飲み物を勝手に拝借する。……発注してるの僕だし、何なら僕以外そもそも会社に来ないクソ上司しかいないし、これくらいはね。

デスクに戻ると、リオナは朝食に手をつけず律儀に僕が戻ってくるのを待っていた様子だった。

「先に食べててくれて良かったのに」

「そういうワケにもいかないでしょ、買ってもらったものだもん」

さっき事務所に入るときに許可を待ったのもそうだけど、こういう所を見る分には育ちが良さそうなんだよなこの子。押しの強さは別としてですが。

「じゃあどうぞ、お好きなもの選んでもらって構わないので」

「うん、いただきます」

ちゃんと手を合わせてお辞儀しつつ、彼女は『贅沢チーズと黒毛和牛100%の逸品バーガー(\550)』を手に取る。河内さん曰く「私が言うのも何ですがコンビニレベルの味じゃないですホント美味しいです」らしい。

開封と共に漏れる湯気と溢れ出る芳しいチーズの香りと、どう控えめに言っても相性が悪いわけがない芳醇なデミグラスソースのハーモニーが実際に齧り付いたワケでもない僕にも伝わる。

リオナのいい笑顔がその想像が正鵠であることを確信させてくれる。

「美味しい!食べ応えのある厚さで濃厚なお肉の味が口いっぱいに広がるの!しっかりと煮込んだデミソースのほろ苦さととろけるチーズの相性が抜群!」

「……食レポ系の仕事も出来そうだな」

彼女が本当にウチ所属のアイドルだったら、だけど。

「さて、食べ終わったらでいいんだけど改めてリオナの言う『敵』とやらについて聞かせてくれませんかね」

幸せそうに一通り咀嚼したのち、リオナが語り出す。

「奴等の名前は『存在すべき不可能』《イクジスタンス・ブルーローズ》、通称『青薔薇アオバラ』よ」

「またエラく14歳くらいが好きそうな名前付けちゃいましたね……」

だって青い薔薇が不可能だったのって相当昔じゃなかったか?確か2002年くらいに実現して、花言葉が『不可能』から『夢は叶う』に変わったんじゃなかったか?

僕の呟きにリオナはよく判らなそうに首を傾げて説明を続けた。

「奴等の目的は日本を足掛かりに世界の政治と経済と娯楽を支配する事、その手段は―――悪の巨大破壊ロボットでの日本侵攻よ!」

「手段の有無はさておき簡潔に言うと『世界征服』か……いやまぁ、うん、何て言うか……」

「何て言うか?」

「……いや、何でもない」

荒唐無稽って言ったら怒るんだろうな。だって歴史の教科書で遡っても令和・平成レベルじゃないぞ。流石に昭和臭がするぞその流れ。ウチの使えない上司が考え付きそうな古き良き時代のストーリーだよ。

「奴等は『高度に発達した科学技術はもはや魔法と見分けがつかない』っていうスローガンを掲げて、自分たちの行動を最早エンターテイメントだとすら考えているわ」

「『A・C・クラーク』か、また意味深な……それだと単純に世界征服が目的ってワケでもなさそうだな」

わざわざ巨匠の三原則を用いて指針に掲げるくらいだ、伊達や酔狂で世界征服しようってんじゃないだろう、『経済と娯楽を支配する』って辺りはいかにも裏がありそうな匂わせ行為だし。世が世ならSNSで炎上してるぞ。

「……ヤスノリ?」

考え込んでいた僕の顔をリオナが上目遣いで覗き込んでくる。そんな顔すんの反則とでも言えばよいだろうか。

「あぁいや、何だか単純に力を誇示したいが為に世界征服を企んでる古の存在じゃなさそうだなって」

「何かトゲがあるわね……」

若干不満そうな表情のリオナを他所に、僕は食べかけのサンドイッチを「だってそのままだと化石レベルのお話だし」と言いたい気持ちと共に飲み込む。

このサンドイッチはきっちりと端までハムが存在しているからいいけど、某コンビニチェーンのあまりにも酷い具の偏ったサンドイッチみたいに中身がスッカスカで外側しか無かったら無味にも程があるし。

―――そんな中。BGM代わりにと流していたラジオから深刻なトーンの声が流れる。

『臨時ニュースをお伝えします。昨日倉松市に出現した謎の機動兵器が破壊活動を再開した模様です』

内容の割に一定調子で話すアナウンサーの声とは正反対に、リオナがもの凄い勢いで立ち上がった。

「敵が現れたわ!出撃よ!」

そう言うと僕の腕をしっかりと掴み、今にも駆け出そうとする彼女を僕は制止する。残念なお知らせがあるんだ。

「……や、これからお仕事なんですけど僕」

淡々と答える。社会人はツラいんですよ、軽率に旅立てたりしないんですよ。トラックに轢かれたりして所謂アレなソレで生活の心配がどこかに吹っ飛べば別かもしれませんが。

「はぁ?地球の平和と仕事とどっちが大事なのよ!」

当然、リオナは怒る。だけど申し訳ない、これは言わせてくれ大事なことなんだ。

「でも世界救っても誰も僕にお給料くれないですし……怪我しても労災とか無いだろうし」

残念ながらファンタジーじゃない僕の生活、家賃水道光熱費は待ってくれない。社会人の厳しい現実を漏らしながらリオナを説得しようと表情を見る。

「(´・ω・`)」

「あぁもう、判りましたから泣きそうな顔しないでくださいよ」

典型的巻き込まれ型主人公への道を歩み始めたくはなかったが致し方ない。

これから待ち受ける自分の運命とかを自分の手で切り開くとかそういった熱血は持ち合わせていないけど、今現在ウチの事務所に所属するどの子よりも可能性があるこの子をプロデュースするのも悪くないだろう。

「これ片付いたら僕の仕事手伝って下さいね」

肩を竦めて、僕は上司の机にそっと有給届を残して事務所を後にした。

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自立型二足歩行機動兵器が出現するのはSFって誰が決めたの? 佐椋 岬(サクラ ミサキ) @citrus-to-283

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