第31話『試験結果発表』
この学校では中間試験・実力試験・期末試験、それぞれの試験の翌週にその総合順位を張り出される。
進学校故、順位を明確にすることで自分の現在の実力を知ると共に、ライバルと切磋琢磨して欲しいという考えらしい。
今日の昼休みに各学年の教室がある廊下に張り出されたようで、昼休みになった瞬間、皆こぞって見に行った。
とはいえ、俺はまだ高校一年。まだ将来とか、卒業後の進路というものには関心が薄い。きっと考えているヤツは今からでも真剣に考えているのだろうか、俺にはどうもその手の意識が低い。
結果にもあまり興味はない。
父さん母さんもあまり成績に色々言うタイプの人ではないので、平均以上取れていればそれで良い。
わざわざ張り出された順位を見に行く興味もなく、俺は弁当をカバンから出して机に置いた。
が、その瞬間、背後から突然両肩が掴まれる。
「っ!」
幸いみっともない悲鳴は声としては出てこなかったが、その代わりかどうかはわかならないが、俺の背後にいるヤツは地の底まで響くような低く震えた声で「柵木」と俺を呼ぶ。
それは才明寺の声だ。
その声を聞いて、俺は大体の状況を察した。
「……試験、駄目だったか」
そう呟くと背後から「う゛ー!!!」と奇妙な雄叫びをあげるが、ずるずると肩を掴んでいた手が背中の方へと落ちていくと、才明寺は項垂れたまま住人のいない前の席に後ろ向きに座って俺の机に突っ伏す。ちなみに前席の住人である細江は授業が終わって早々試験結果をそそくさと見に行ってまだ戻ってきていない。
俺は「具体的には?」と訊くと、才明寺は突っ伏したままくぐもった声で「下から十三番目」と呟く。
十三番! 何て不吉な!
というか口には出さないが、才明寺が下から数えて十三番ということは、下に十二人いるということだ。
勉強を教え始めたとき、正直才明寺の学力は学年最下位レベルだったはず。
それが答案用紙の記載ミスか、はたまた名前の記入漏れか。この中間試験では才明寺よりも総合点数の低いヤツが十二人いる。
でもこれまで才明寺ではどうあってもこの十二人には勝てなかったはず。
着実ではあるが、才明寺の学力は伸びてきている。
まだまだ先は長そうではあるし、才明寺本人はもっとできたはずと凹んでいるけれど、俺としては確実に成果が出ていると少し安心した。
「まあまあ、次の期末は中間以上に準備して挑めばもうちょっとマシになるだろ」
俺がそう言うも才明寺は悔しそうに呻くが、不意に顔をあげるとじとっとした目で俺を見る。
「柵木はどうだったの」
「何が」
「順位」
「見に行ってない。多分半分より上だろうし、今日最後のホームルームで答案返却されたら一緒に点数と順位をまとめて書いた紙もくれんだろ」
俺がそう言いながら漸く弁当に有りつけると包みを解こうとすると、再び背後から両肩を掴まれる。
「おわあ!」
二度目は流石にみっともない悲鳴が出た。
振り返ろうとすると、才明寺は「細江、お帰り」と言うものだから俺の肩を掴んでいるのが細江であると理解する。
まだ肩を掴む細江の手を叩き落とそうとするが、それよりも早く驚きに満ちた声で「えっ、柵木、何あれ、凄すぎるんだけど」と言いながら俺の肩を押したり引いたりしてくる。やめろ、頭が揺れる。
何のこっちゃい。
細江の言葉の意味を考えるが、揺らされているせいか思考も揺れる。
そもそも考えることをしなかった才明寺は間髪入れずに「何が凄いのよ」と細江に問う。すると細江は漸く俺の肩から手を離して「あれ、才明寺、さっき試験順位見に行ったんじゃないのか」とあからさまに驚いてみせる。
「見に行ったけど、流石に下から数える方が早いことは自覚してたから下から見ていったわ。そして結果はその通りだったわ」
才明寺はそう言いながらも自虐的な溜息をつく。
細江はそんな才明寺に、あーやっぱり、と言いたそうに乾いた笑いを一瞬浮かべるが声には出さなかった。代わりに「上から見ていったら引っ繰り返ったのに、絶対」と笑う。
何かそんなに面白いことがあるのか。
他人事のように細江の話を聞いていたが、好い加減弁当を前にしてこれ以上食べずに待つのは馬鹿らしいくらいの空腹感が迫ってきたので、俺は俺を前後で挟んで会話する細江と才明寺を他所に漸く弁当の包みを開こうとするが、その瞬間才明寺は勢いよく立ち上がり「えっ、何、凄く気になる」と言って何故か俺の右腕を掴む。
本当に何故。
俺は才明寺が掴む手を何とか離そうと空いている左手を伸ばすが、そちらを細江に掴まれてしまう。
「よし、じゃあ見に行こうぜ。絶対楽しいから」
「何だろ楽しみ」
才明寺と細江はまるでこれから映画館でも入ろうかという雰囲気で
……本当に、何故だ。
***
一年の廊下の端には階段と掲示板がある。
掲示板には学内のおしらせや委員会からのポスターが貼られている。
その掲示板の隣りに中間試験の順位が並ぶ。昼休みが始まってから少し時間が過ぎているせいか、やや生徒の数は減っているのかもしれないが、それでもまだ大勢が壁を作っている状態だった。
一位から五十位までそこそこ大きな文字で、それ以下は細かい字でびっちりと並んでいる。
五十位以下が探すの大変だろうな。
とはいえ、まだずっしりと残っている人の壁を掻き分けて自分の名前を探しに行くのは面倒だった。やっぱり、もうホームルームのときに貰う結果で確認するんで良いんじゃないのか、と思わずには居られない。
だけど才明寺はそんな人垣を掻き分けて順位の紙の前まで行ってしまう。その背中を見送る細江はニヤニヤと笑っている。一体どんな面白いものがあるというのか。
「柵木は前に行かないのか?」
「壁が厚すぎる。無理」
素っ気なく細江に呟くと、細江は「見に行ったら絶対驚くぜ」と才明寺を見送った時同様ニヤニヤ笑っている。
そうしている間に才明寺は再び人垣を掻き分けて戻ってくる。
するとどういう理由か俺を見て何故か興奮気味に腕をぺしぺしと叩いてくる。
えっ、何、怖。
才明寺の謎の行動にただただ引いていると、事情がわかっている細江は「なあ、面白かっただろ」と得意気に笑い才明寺はそれに勢いよく何度も頷く。
「ビックリしたわ。凄くビックリした」
「そうだろ、俺も二度見した」
何かよくわからないが、二人は共に感動を分かち合ったようだった。
……俺、教室帰っていい? 好い加減腹減った。
まるで、何となく点けていたテレビから流れてくるドラマを横目で見ているような気分だ。でも空腹感が俺を現実に引き戻そうと腹の中で畝ねる。
もう一人で帰ろうか。そう思った瞬間、才明寺は俺の腕を掴んだ。
「行こう、柵木」
才明寺は高揚した表情で俺を見るとそのまま俺の腕を引っ張ってまたも人垣を掻き分ける。「ごめん、通して。まだ見てない人がいるの」と言いながら前へ前へと進む。俺はただ才明寺に引っ張られるだけだが、そんな俺を押すように細江も一緒に人垣を進んでいく。
人垣の前へ出ると、才明寺は興奮気味に順位の一覧の、その一番上を指差す、
その最初に連ねる名前を。
『柵木 秀生』の名前を。
俺は思わずその名前に釘付けになる。
人生で一番見覚えのある名前が、一位の座に横たわっていた。
「え」
思わず驚きの声が出る。
いや、その可能性を考えていなかったわけではない。でも、今回の試験は才明寺にかかりきりだったから、必死だった高校入試の時とは違って、点数を少し落としてしまうかもしれないと思ってた。
だからこの結果には純粋に驚いた。
呆然と順位を見つめる俺に、隣りにいた才明寺はまた俺の腕をぺしぺしと叩きながら「柵木、スゴいじゃん!!」と興奮気味に言う。
そんな才明寺の声に周囲が少し騒めく。
「一位の柵木ってアイツ?」
「誰?」
「二組って書いてるけど、あんなヤツいた?」
「印象にないね」
口々に小声で囁く。
その声に俺は萎縮する。
これまで如何に目立たないようにしてきた俺にとって、人から注目されるなんてことはなかった。いや、昔の『お化け騒ぎ』で白い目は向けられていたが。それからできる限り頭を低くして生きてきた。
高校からはそういう自分を変えたいと思っていたものの、実際は今までと対して変わっていない気もしていた。
教室で頻繁に話すのは結局才明寺や細江くらいだし、クラスでも俺の名前を覚えていないヤツは絶対にいるはずだ。
それくらい俺は目立たない存在だった。
その俺が、今、一年生六クラスの生徒の中で一番になった。
努力が目に見えた成果として出されたことは喜ばしいことではあるけれど、それに対する好奇な視線に晒されることに恐怖を感じた。
俺は背後の人垣がひそひそと囁く声に、徐々に血の気が引くような最悪な気分になる。
だけどそのとき。
「ウチの柵木くんは出来るコだなー」
「ホントスゴい! おめでとう!!」
俺の隣りにいた細江と才明寺には周囲の会話なんて聞こえてもいないのか、順位を見ながら興奮気味に俺の腕を叩く。
二人の他意のない祝福に俺は少し俯く。何となく、緩んだ顔を見られるのが恥ずかしかったから。
俺は照れ隠しのように「痛いって。止めろよ」と呟くけれど二人はそんな俺を無視して「記念に写真撮るか」「いいね!」なんて言い出すので、俺は慌てて教室へ逃げ帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます