第21話 せからしか!

「やっぱり母ちゃんはぼくの味方だね」

 母は、満足げに大きく頷いてくれた。わたしは、その優しい細くなった目で見つめてくれる母を見て、安心感と満足感とでいっぱいになった心でベッドの中に入った。しかしすぐに、怒りの気持ちが湧いてきた。明日の朝には[よわむしおばけ]になってしまっているのかもしれないと、眠りに入ることが怖かった。

「母ちゃん、母ちゃん」

 何度か呼びかけてみた。しかし母の返事はなかつた。急に辺りが暗くなり、わたしの廻りからすべてが消えた。母のベッドも隣のベッドとの仕切りカーテンも消えていた。いや、床そのものも消えていて、わたしのベッドは宙に浮いていた。いつの間にか病室の窓から抜け出して、漆黒の闇の中にこの宇宙の向こう側にある別世界をのぞき込める無数の星があった。その真っ黒な障子に、唾液で濡らした指で開けた穴のような星があった。のぞき込もうと思えばのぞける気がしたけれども、その穴に目を当てる事は出来なかった。もしもその穴をのぞいたが最後、もうこちらには、父や母がそして兄がいる世界には戻ってこれないような気がしたのだ。

 気付くと、わたしの隣で寝息が聞こえる。そうだ、いつものように兄が寝ている。いつものように背を向けた兄にぴったりとしがみついて、その暖かさを感じ取ろうとした。しかし、いつもは暖かく柔らかい兄の背が、その夜は、固く冷たい。そして〝ギギギ〟という音が……。

 そしてまた、その音に被さるように押し殺した声が聞こえた。父と母の声だとすぐに分かった。しかし、聞きたくない、いや聞いてはいけない声だった。

「少しはわたしの……」

「ああ、もう。せからしか!」

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せからしか! としひろ @toshi-reiwa

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