第17話 涙で濡らしてみたが

 大人たちですら尻込みをする場所なのだ。しかしだからこそ肝試しと称して、少年たちの絶好の遊び場になっている。無論、そこでの飛び込みは厳禁とされている。立て札が何ヶ所にも建ててあり、時折地元の大人たちが見回りに来るらしい。しかしその時間帯は子どもたちに知られている。なのでその時間帯には岩陰に隠れてやり過ごす。

 少年は兄をそこに連れ出したいのだ。そして自分の勇気を、ヒーロー然とした自分を見せたいのだ。兄にしても興味はある。あるけれども、父に、わたしをひとりにするなと厳命されている。そしてもしもそこにわたしを連れて行けば、必ず父の耳に入ってしまう。その時の怒る父の顔を思い浮かべるだけで身体が震えてしまう。だから、その誘いには乗れない。少年がどんなに兄を「弟のせいじゃない。怖いんだと」と腰抜け呼ばわりしても、兄は行かないと断り続けている。

 以来、わたしはその少年に意地悪をされ始めた。家から持ってきたお菓子類を兄には食べさせても、わたしには一切手を出させなかった。兄が自分の分だからとわたしに渡そうとすると「なら、やらない!」と、毎回取り上げてしまう。そして必ず言う言葉があった。「こんなチビには辛すぎる。きっと泣くに決まってる!」そして「そうかも……」 と、兄も納得してしまった。

(そうじゃない、きっと美味しいんだ。二人だけで食べたいんだ。ぼくが、やっぱりじゃまなんだ。いいさ、父ちゃんに言いつけてやるから)。

 しかし結局は何も言わなかった。子ども心に、男らしくないと思ったのだ。そのくせその夜、寝床の中で泣いていた。悔しくて悔しくて、父に言いつけなかったことが後悔されて。「悪かったな。父ちゃんに言いつけないでくれて、ありがとうな」。兄にはそう言って欲しかった。そうすれば、きっとわたしは泣くことをやめられたはずだ。そして自分を褒めていたはずだ。しかし兄は軽い寝息を立てて、わたしの横で眠っている。その兄の肩を、わたしの涙で濡らしてみたが、兄が起きることはなかった。


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