第15話 お姉さんが現れた
舟の櫓の幅がどの程度のものだったか、子どもの手には余るほどだったと思う。厚みにしても数センチはあったろうと思うし、その表面はぬるぬるとしており、まともに掴もうとしても中々簡単なことではない。もう一度捕まえるべく手を動かすと、舟が少し動きわたしから離れた。ほんの少しのことなのだが、それが何を意味するのか理解ができなかった。捕まえやすい位置に動いたのかと思い、必死の思いで再度腕を伸ばして捕まえようとした。しかしまた、少し舟が動いている。
もうだめだ、いや、もう一度だ、やっぱりだめだ、でももう一度だ。しかしなにをやっても、何度やっても櫓を掴むことはできない。掴めなければ身体が沈んでいくしかない。そんなことを何度繰り返したことか。その間にも、体力がどんどん失われていく。次第に、絶望感に襲われ始めた。諦めかけたとき、身体が静かに海の中に吸い込まれ始めたとき、なにやら足の裏に触れるものを感じた。そして「もうすこしがんばって」という声が聞こえてきた。そうだ。そう言えば、あの自動車事故のときにも聞こえた。てっきり母の声だと思っていたが、今は傍に母は居ない。
(違うんだ、母ちゃんじゃなかったんだ。そうか、ぼくはこのまま死んじゃうのか。きっと天使なんだ、ぼくを迎えに来てくれたんだ)。
(死ぬって、どんなことだろう。いなくなるってことなんだろうな。もう、父ちゃんにも母ちゃんにもあえなくなるんだ。お兄ちゃんともあそべないんだ。そうか、学校のみんなにもあえないんだ)。
そんな思いに囚われたとき、目の前にきれいなお姉さんが現れた。静かな目でわたしをじっと見つめ、やさしく微笑んでくれた。そしてもう一度「もうすこしがんばって」ということばが聞こえた。
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