第14話 かなづちだったわたしだが

 そもそもはかなづちだったわたしだが、この夏休みの間に随分と泳げるようになっていた。何度か海水を飲む羽目にもなったけれども、少しでも溺れかけると周囲に居る大人たちが助けてくれて、「がんばれ、がんばれ」と応援の言葉をかけてくれたものだ。そしてほんの1メートルでも泳ぐと「すごい、すごい」と褒めてくれた。2メートルも進むことが出来れば「天才だね、ボクは」と大げさに、手を叩いてくれる。小鼻をぷっくりと膨らませて、どんなもんだいとばかりに、またひとかきふたかきと頑張ったものだ。

 大丈夫だ、このままがんばって泳げばきっと戻れる。そんな自信が芽生えてきた。しかし、そんな強気の気持ちも、ものの5分程度で萎え始めた。次第に体力が奪われて、浮いていた背中が下へ下へと下がり始めた。そうなると、足を蹴る割に進まないように感じてきた。焦れば焦るほど身体が沈み始めた。

 涙が出てきた。泣いちゃだめだ、泣いても誰も助けてくれない。そう思えば思うほど、涙が溢れてくる。ふっとおかしな感覚が襲ってきた。いまの自分は自分じゃない。ほんとの自分は、あの海の家に居てスイカを食べている。そんな感覚に襲われた。

「疲れたら仰向けになるんだ。鼻を指でつまんで、一度海中に沈むことだ。大丈夫、すぐに浮くから。身体から力を抜いて、じっとしているんだぞ」

 父に聞かされていたことを忘れた。いや、思い出せなかった。海に入るときには、しっかりと思い出して自分に言い聞かせていたというのに、今は頭が真っ白になっていた。バシャバシャと両腕を動かして、なんとか口だけでも海面上にと顔を左右に動かして、必死にもがいた。そのとき、舟の櫓が見えた。そしてその舟には、あのいつも兄とつるんでいる少年が居た。助かった、と思った。嬉しかった。これでもう泳がなくてすむ、そう思うと、また涙が出てきた。

 舟から突き出ている櫓に手を伸ばして捕まろうとした。と、信じられぬことが起きた。櫓に触れた途端に、くるりと櫓が廻り、わたしの手を拒否したのだ。何かの間違いだ、わたしが掴もうとした瞬間と少年が捕まえやすいようにと動かした瞬間が、たまたまタイミングが合ってしまったのだ、そう思った。

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