第9話 ヒーローだったはずだ
そういえば、こんなこともあった。
どこの地でいつのことだったかは思い出せないけれども、いやそのこと自体がわたしの記憶にはないのだけれども。顔の、然も目のすぐ縁にある傷跡がその事故を雄弁に語っているのだ。
その顛末はこういうことらしい。
その場所は小部屋が並んだ長方形の古びた建物だった。勿論のこと入り口に鍵は付いているのだが、侵入するところなどあちこちにあった。そもそも窓自体が窓としての機能を果たしていない。窓は割れガラス戸も破れている。何のための建物だったかは実際のところ判然としないけれども、子どもたちの間では結核の療養所だったという噂が流れていた。まだ不治の病だという観念が強く、罹患すれば一生療養所生活を送り、二度と親元には帰ることができないと思っていた。にも関わらず子どもたちはそこで遊ぶのが一番のことだった。
建物の中央に土間の廊下があり、各小部屋への出入りは障子戸となっていた。そこでチャンバラ遊びをするのが、常になっていた。プラスチック製の刀を使って、障子を突いたり横子を叩き破いては悦に入っていた。日頃からそこでの遊びは禁じられていたが、多くの子どもたちが集まり、格好の遊び場となっていた。しかしさほどにきつくは言われない。なので結核療養所であるサナトリウムではなかったのだろう。実際、特段に空気が良いとかいった高原や海岸ベリでもないのだ。
誰が持ち出したのかは分からないけれども――子どもだけでのことで、一番の年長者は中学生だということだった――空気銃を持ち出して遊んでいた。勿論弾丸は入っていない。玩具の銃では、プラスチック製の弾が飛び出る本格的なものから、形だけの物もあった。しかし本物の銃など、誰もが見てはいない。持ちだした子どもは鼻高々で、間違いなくその日のヒーローだったはずだ。
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