第7話 ミス日本

 小学三年か四年のことだと記憶している。

 現在のわたしを決定づけるような事件が起きた。わたしにすれば、大げさではなく、殺人未遂だと思える事柄だ。夏休みのことだが、県外に出張することになり長期間一箇所に留まることになった。海水浴場の海の家の一角を借り受けることになり、そこを生活の基盤とすることになった。国道横に防風林としての松がたくさん植わっており、そこを通り抜けていくと、遠浅の砂地がある。そうだった、松林の手前に店が並んでいた。八百屋に駄菓子屋、そして記憶にあるのが散髪店だ。

 国道に出るまでの道沿いにそれらの店はあったけれども、砂地の道であり店の中は砂だらけだった。床そのものが砂地だったのかどうか、そこまでは覚えていない。なので、しっかりと踏みしめて歩かなければ滑り転ぶ恐れがあった。散髪店もまた然りで、風が強い日などはしっかり戸を閉めていても砂が舞ってしまったこともあった気がする。大鏡の縁には砂が入り込んでいたし、鏡面も小さな傷だらけだった。誰だったかが、「こんな鏡じゃ、俺のいかす顔が見えないじゃないか」と、大真面目にこぼしていた場面に出くわした覚えがある。

 所々が剥げかかった長椅子に座って順番待ちをしていたが、壁に貼ってあるポスターに見入っていると、横に居た大人にからかわれた。

「坊や。あの姉ちゃん、誰か知ってるのか? えらく真剣に見てるけど」

「うん、しってる。ぼくの母ちゃん」

 そこには、何かを持ってにっこりと微笑むミス日本に選ばれた山本富士子がいた。わたしの母もまた地方ではあったけれども、ミスコンテストの優勝者だと教えられていたので、そう答えたのだと思う。勿論大笑いとなったけれども、なぜ大人たちが笑うのかは分からなかった。

 一度しか入ったことがないはずなのに、よくもこれだけのエピソードを覚えているものだと自分でも感心するけれども、テレビなどというものを初めて観たということからも、より記憶を高めたのだと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る