第6話 店を畳んだ

 翌年のことだ。

 父が、店を畳んだ。

 それこそ、肩で風を切るような人生を送ってきた父が、だ。恥辱以外の何ものでもなかったと思う。はっきりとしたことは分からないけれど、商品詐欺にやられたとも保証人になったがためとも、そのどちらもとも、色々の噂が飛び交ったらしい。わたしの入院中における交渉事で、正常な判断ができる精神状態ではない折のことで、欲に目がくらんだのさと冷たい声が飛び交った。

 慌てて金策に走ったけれども、三ヶ月もの間わたしにかまけてしまったたがために、商店街における父の存在は消えてしまっていた。故事の[驕れる平家久しからず]そのものを辿ってしまったということだった。わたしの高額な治療費を工面するために無理をしたのだろう、と結局は落ち着いたようだ。親戚一同からの支援の申し出があったらしいのだが、頭を下げることができずに店を畳まざるを得なかった。 

 その後は行商まがいの販売を細々と続けて、再起を図ったらしい。幸いにもミスコンテストの優勝者である母を前面に押し出しての、出張対面販売が当たった。当時は中学卒業後に働きに出る女子が多く、化粧方法を教えることに対する需要が多かった。

 わたしの記憶では、炭鉱地方の中学校において、学校の了解の元に化粧教室を多々開く事ができた。市街地ではそれなりに化粧の仕方を教えることができる母親が多かったのだが、炭鉱地区のような田舎では化粧をすると言った習慣がなく、母は重宝された。十四、五の垢抜けない女子を、魔法の筆を使って美少女に仕立て上げる母は、魔法使いのように見られていたのかもしれない。無論、ミスコンテストの優勝者という肩書きも、大きく寄与した。

 そんな教室の一つでした4歳だったわたしのいたずらが、緊張感が緩みだしてちらほらとあくびが出始めたときに大爆笑を呼んだ。教壇机の中に隠れていたわたしが、左目に赤い口紅で斜線を描いて「たんげさぜんだどお!」と飛び出した。歌舞伎における見栄のような仕草をとったけれども、大きな拍手を受けたものだ。それが大きな評判を呼び、何ヶ所かの場所でやらされた記憶がある。二度目三度目は面白かったものだが、四度となると飽きがきてしまった。投げやりのふてくされた態度を見せられては、女子生徒も良い迷惑だろう。結局はやめることになった。

 その頃の母は実に活き活きとしていて、わたしの記憶する中で、一番に輝いていた。毎日のように出かけていく母の後を追いかけては泣いた気がする。なので、休みの日やら、特に夏休みなどは毎日のように母とともに出かけていた。

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