第4話 ソフトクリームを食する
わたしが父にとっての疫病神だと知ったのは、いつだったのか。そして誰からか告げられたことだったのか、正直のところ判然としない。あるいは誰かから言われたということではなく、勝手なわたし自身の思い込みに過ぎないのかもしれない。ただ、あの自動車事故以来、父が私にべったりとなったことを記憶している。
どこに行くにも、それが便所であろうと裏庭であろうと、そして外へ向かうときなどは、抱きかかえられてのことだった。仕事関係者の来訪時ですら、わたしを傍らに置いてのことだった。「跡継ぎはご次男さんですか」などと冗談にもつかぬことを口にされて「いやいや」と、笑っていたと叔父に聞いた。
食事どきなどは、必ず父のあぐら座りの中にすっぽりと収まっての食事だったことを、これまたおぼろげに記憶している。「鯛々ご飯だよ」と、ほぐしてくれた身と米飯をよくかき混ぜて口に入れてくれたものだ。
夜は夜とて、父の布団の中で物語りを聞かせてくれた。それは絵本やら読みものを読み聞かせるものではなく、父の創作だった気がする。毎夜必ずと言っていいほど中近東の物語りで、アラビアンナイト風の内容だった。必ず盗賊とお姫さまの恋物語りだった。先妻を想ってのことかもしれない。母には残酷なことだけれども、離縁をして十年が経つというのに、父の心の奥底には未だに先妻が居座り続けていたのかもしれない。
それにしても、なぜにこれほどにわたしをかまい、跡継ぎである兄を遠ざけていたのか。いやあるいはわたしの知らぬところで、兄を溺愛していたかもしれない。兄が跡継ぎであることは周知のことであり、動かしようのない決定事だったのだから。
こんなことがあった。
夏の暑い日に、ソフトクリームを食することになった。兄のコーンには、エッフェル塔のごとくにそびえ立つクリームがたっぷりだった。それに引きかえわたしのそれは、日本の神社仏閣のように平な屋根だった。
「ずるい!」そんな不平をもらした折に「お兄ちゃんのは後ろ側にはないんだよ」と返された。子ども心には分からない大人の分別ゆえのことであり、跡継ぎである兄に対する気遣いだったろう。そしてまた、たっぷりの冷菓によってわたしがお腹をくだそうものならどういうことになっていたか。父の烈火のごとくに怒る姿は、誰にも想像できるものだ。
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