ノンハクション!! ~恩人の口調がござるからすごく真面目な口調になってしまった件 なお、それでもカッコよさは変わらない模様~


 北高を出て少し歩いたところにあるスクラップ工場の敷地内。巨大なパイプや廃棄コンクリートが無造作に積まれている。

 そしてそんな荒れ果てた場所でコンクリート製の巨大な柱を前に拳を構える空手着姿のポニーテール美少女。


皇覇滅裂拳カイザーフィストォ!!」


 裂帛れっぱくの気合いと共にその拳を真っ直ぐと振り抜く。

 ドゴォォンとダイナマイトが爆発した様な音と共に10メートルはあろうかという巨大な柱が爆散した。

 

「すごーい! 見ましたか皆さん! あんなに大きなコンクリートの塊が木っ端微塵! さすが空手世界チャンピオンですね!」


 北高の体操服に着替えたリポーターの清川つぼみがカメラに向かって大はしゃぎするが、萌々は何でもないように淡々と言う。


「これぐらい空手をやっていれば造作もないことだ。大騒ぎすることではない」


(空手やってればコンクリート粉砕出来るなら今頃日本人が世界征服してるよ!)


 同じく体操服姿の笹原が全力で脳内ツッコミをするが、彼は春太郎と違ってツッコミ職人ではない。反射的に声を荒げるような真似はしない。どちらかと言えば他人にさえ無慈悲にツッコめる春太郎が異常なのだ。


「へえ~! 私にも出来ますか?」


「ああ。大事なのは力の強さじゃない、気持ちだ。どれ、小さいのを見繕ってみよう」


 萌々は瓦礫がれきの山からA4サイズの鉄の板を引っ張り出した。それを笹原に持たせて胸の高さで固定させると、つぼみを前に立たせて目を閉じるように指示した。 


「気持ちには正と負の2種類がある。パワーに転換しやすいのは負の感情だ。暗黒面に堕ちてしまうリスクもあるから程々にしないといけないが、瞬間的パワーは凄まじいものになる。ツボコよ、最近ストレスは溜まってないか?」


(ツボ子ってダサすぎる! むしろその呼び名がストレスだよ!)


 笹原が脳内で全力ツッコミを入れるが、何度も言うがTPOを弁えずに声を張り上げる春太郎が異常なのだ。


「いえ、そんなに」


 仕事は殺人的スケジュールで休みもほとんどないが、寝る前には笹原と通話しているし、今日なんて仕事にも関わらず想い人と一緒にいられるのだ。ストレスどころか心は満たされている。萌々の質問に首を振った。


「そうか。じゃあ好きな人の事でも思い浮かべようか」


「好きな人、ですか?」


 チラリと笹原の顔を覗き見るが、やはり彼の表情は長い前髪のせいで伺い知る事が出来ない。


「正の感情は爆発力こそ劣るが、持続性がある。人でなくても何でもいい。好きな食べ物でも、好きな曲を頭に流すのもいいな。幸せな気持ちが満タンになったら拳を振り抜くといい。きっと容易く割れる」


「好きな曲……」


 つぼみは笹原が作ってくれた曲を心にそっと響かせた。昔はアップテンポで背中を押してくれる様な元気な曲や歌詞が多かったが、オフ会で直接会ってからはラブバラードのしっとりとした曲も作るようになった。それはきっと私のせいなのだと調子に乗ってみる。


「フフン♪……フフフン♪」


 なんだか楽しくなってきて思わず鼻歌がこぼれた。自然に口角が上がってしまいにやけるのを止められない。


「きよ、かわさん?」


 突然ニヤニヤしだしたつぼみを不思議がる笹原だったが、聞こえてきた鼻歌に思わず胸をキュッと締め付けられる。それは延田つぼみを想って作った、人生初のラブソング。


「す」


「す?」


「すきぃぃぃぃぃ!!!」


 パキン。


 甲高いアニメ声と共に真っ直ぐに突き出された拳は見事に鉄板を真っ二つに割った。

 

「やったあ! 割れました!」


「うむ。言っただろう? 誰にだって出来る事だと」


(出来ねえよ! ……糞人くそんちゅさんを怒らせない様にしよう)


 鉄板の綺麗な切断面を見てそう決意する笹原と、しきりに頷いて見せる萌々、ピョンピョンと跳び跳ねて喜ぶつぼみ。そしてそんな若者の楽しそうな様子を眺めるスタッフ達の優しい眼差し。


「つぼみちゃんてあんな風に笑えるんですね」


 天の川銀河太陽系第3惑星地球日本テレビの平日の夜に毎日放送しているスポーツ番組「スポーツ熱中症!!」。その撮影班の一つ、ロケ隊の青山組、通称「ブルマ班」の若い女性AD伴野ばんのがポツリとこぼした。その呟きにピシッとしたパンツスーツに眼鏡姿という如何いかにもお堅そうなつぼみのマネージャー、小山内おさないかえでが反応する。


「そうね。同年代の子達とふれ合うのがいい息抜きになってるんじゃないかしら」


 ブルマ班は主に「清川つぼみの『うん!この人すごいんです!』」という、スポーツ選手へ突撃取材するコーナーを担当しており、つぼみとの付き合いも3ヶ月ほどになる。彼女つぼみはいつも忙しそく眠そうにしており、遊びたい盛りの年頃だろうに毎日仕事に明け暮れている。


「いつも大人に囲まれてばかりですからねえ。でもつぼみちゃんが楽しそうで何よりです。無理矢理この企画を通した甲斐がありました!」


 実は今回の杏萌々の取材企画、当初はリポーターを起用しない予定だった。しかし高校生の制服を着るのが夢だったとつぼみから聞いていた伴野が清川つぼみの密着取材を提案。年も近く、今度生中継する空手日本選手権のテーマソングがUNKユーエヌケー09+31フォーティーのニューシングルに決まっていた事も材料となり、清川つぼみによる密着取材となったのである。


「ありがとね伴野ちゃん。それにオリンピックのリポーターも今日の縁でうちのつぼみに決まりそうだし、本当に感謝してるわ」


 恐らく萌々は金メダルを取るだろう。そんな有力選手のリポート担当の仕事が決まれば清川つぼみとしても大きい。精神面だけでなく、仕事の面としても今回の密着取材は得るものが多かった。


「つぼみちゃんあってのブルマ班ですから!」


 にこやかに返す伴野にディレクターの青山が水を差す。


「おい伴野! 無駄話してないで移動するぞ! ボサッとするな!」


 この青山、撮影班結成の自己紹介の時に「どうも。ブルーマウンテンです」と挨拶してしまったが為に班員達からブルマと呼ばれる様になってしまった、可哀想な中間管理職である。


「ちっ、ブルマの癖に。はーい! わかりましたぁ!」


 悪態を付きながら次の現場に向かう準備を急いだ。



 ◇◆◇


 スクラップ工場から少し距離を置いた住宅街にひっそりと佇む喫茶店、牛沢珈琲店。ここはドッグランが併設されており、犬好きが集まる店としても有名だ。萌々は最近この店に特訓をしにやって来ている。

 というのも、広いドッグランが暴れ牛の相手をするのに丁度いいのだ。


「ンモォォォォ……」


「今日も頼むぞアンジェリーク嬢」


 牛沢珈琲店のマスター牛沢さんは黒毛和牛を飼いアンジェリークと名付け可愛がっている。飼い牛の逃げ出し癖に困っていたが、ある日萌々がアンジェリークの遊び相手をしたいと訪ねて来た。暴れられずにストレスが溜まっていたのか、萌々とバトルするようになってから脱走する事もなくなり牛沢さんも入院する回数が減ったと喜んでいる。


「か、杏選手? いつも牛相手に練習しているんですか?」


 土を蹴り今にも突進してきそうなアンジェリークの興奮した様子につぼみもスタッフも腰が引けてしまっていた。笹原は萌々の破天荒ぶりに慣れてきたのか気にしていない風だ。


「ああ。避けてくれない無機物ばかりを叩いていても強くはならん。実戦経験を積むのが一番だ。アンジェリーク嬢は毎回全力で来てくれるからスパーリングの相手としては最高なんだ」


 型の演武に意味がないとは思っていないが、やはり組手の練習は実際に組手をするに限る。今まで萌々相手に名乗り出てくれるような練習パートナーは滅多にいなかったから、萌々にとってもアンジェリークの存在はありがたい。


「さあ来いアンジェリーク嬢」


 クイクイッと指で挑発すると、アンジェリークは目を真っ赤にして角を向けて突進してきた。

 ドドドドと土煙をあげながら猛スピードで迫ってくる巨体をぎりぎりまで引き付けて、ギリギリで半身をずらし避ける。


「中々のスピードだがただの突進をくらう訳には……しまった!」


 いつもは一人でアンジェリークと相対しているから周りに人がいることをつい失念してしまった。萌々にかわされたアンジェリークはその後ろにいた清川つぼみ目掛けて一直線。その鋭利な角がつぼみを襲う。


糞人くそんちゅさん!」


 間一髪、笹原が清川つぼみを抱き抱えるが、代わりに直撃をくらってしまった。


「くっ、アンジェリーク嬢! 手荒な真似をするが許せ!」


 ブオン!と風を切って萌々の体が宙を飛んだ。縦回転のままその左足がアンジェリークの首筋を捉えると、巨体が一瞬で地面に沈む。


「笹原さん! 大丈夫ですか?!」


 つぼみに体重をかけたまま崩れかけるが、その体をつぼみが抱き締めてつなぎ止める。


「……糞人さんは? 怪我ない?」


「私は大丈夫です! でも笹原さんが!」


「そっか、良かった……」


 ガクリ、と力なく首が折れて笹原は意識を手放した。


 

 ◇◆



(あれ……なんだこれ。柔らかいな……それにいい匂いがする……うわっ!)


 清川つぼみの膝枕の上で目を覚ました。丁度笹原の顔を覗き込んでいたつぼみの顔が近くにあってあわてふためくが、背中の鈍い痛みが起き上がるのを躊躇わせた。


「あ、起きました?」


「糞人さん? ここは喫茶店の中ですか? アイドルがこんな人前で膝枕なんて……」


 萌々によって店内の奥の和室へと運ばれた笹原はつぼみに介抱されていた。部屋の入り口ではマネージャーの小山内が人が入ってこないように目を光らせている。


「大丈夫、マネージャーは私と元帥さんの関係を知っていますから。撮影班と杏選手は外で練習の様子を撮影してますから安心して休んでください。怪我はどうですか? 痛みますか?」


「は、はい。背中が少し痛みますけど、ただ打っただけなんですぐ治ると思います」


 確かに痛みはあるが、正直痛みどころではなかった。今まで彼女なんていた事もないからこんな近くに女の子がいるだけでもドキドキするのに、膝枕なんてされて今にも心臓が飛び出しそうだ。


「良かった。助けてくれてありがとうございます」


「いや、男なら当たり前の事です。稲村だって安藤だって、杉野や杏には同じ事をします」


 男なら女の子を守って当然、という意味ではなく、好きな女の子の為なら身を投げ出して当然。つぼみは笹原の言葉をそう受け取った。思わず頬が弛む。「私だから元帥さんは庇ってくれたのだ」と浮わついてしまう。ニヤニヤが止まりそうになくて、たまらず話題を逸らした。


「そうそう、稲村さんと杉野さんって面白いですね! 元帥さんの言った通り」


「ああ、あれで付き合ってないんだからおかしいでしょう? 心の声で気持ちダダ漏れなのに、いつも杉野は顔を真っ赤にして否定してるんです」


 さっさと付き合えばいいのに。相手に相応しくないとかまだ資格がないから努力してから、なんて今時ナンセンスだ。


「今日もお弁当の時必死に否定してましたね。可愛かったなあ杉野さん」


「糞人さ……つぼみさんも可愛いですよ。いや、杉野よりも、クラスメイトなんて目じゃない。やっぱりアイドルなんだなあって感心しました」


 初めて名前で呼んでみる。まだ好きだと伝えてはないが、お互いに好意があるのは心の声くしゃみなんかなくても火を見るより明らかだ。距離を縮めたくて、まずは下の名前で呼んでみた。


「元帥……誠也さんのお陰です。あなたの曲が無かったら、私は今も部屋から出られないまま」


 負けじと初めて名前で呼んでみる。好きだと伝える前に、言わば通過儀礼のようなもの。


「つぼみさん」


「はい」


「好きです」


「私も、好きです」


 嬉しそうに微笑むつぼみと、相変わらず前髪のせいで表情がわからない笹原。つぼみはなんだか不公平な気がして彼の鬱陶しい前髪をかき揚げる。


「キレイな目……」


 意外にも美しい目をしていた。睫毛も長く、ぱっちりとしたアーモンド型。ややワイルド系の泰と違って純美男子系。隠してくれていて良かったとつぼみは内心思う。だって、ライバルなんか出来て欲しくないもの。


「キレイじゃないですよ。いつも年上の従姉に馬鹿にされてたんです。気持ち悪い、見ると吐き気がするって」


 従姉妹からしたら美形の従弟がコンプレックスとなり、親からいつも誠也と比べられた末での八つ当たりだったのだが、執拗な罵倒は彼にトラウマを植え付けてしまった。


「だから隠してるんですか?」


「そうです。出来れば見てほしくなかった。つぼみさんに気持ち悪いと思われたら俺は立ち直れない」


「好きですよ。あなたの全部。あのござる口調も。作る曲も。うんと優しいとこも。このキレイな瞳も」


「あ、ありがとうございます」


「フフ、どういたしまして」


 目をそらして照れる笹原の様子に更につぼみは表情を崩した。なんて幸せな時間なんだろうか。わかってはいたものの、ちゃんと両想いだと確認出来て舞い上がりそうになる。更に愛しさが込み上げてくる。


 でも、まだ両想いなだけ。


 付き合ってください、はい、のやり取りがなければ恋人同士ではないのが高校生だ。


 さっさと付き合えばいいのに。


 でも、彼女はアイドルな訳で。


――付き合ってください――


 その一言が言えない。


「つ、つぼみさん。2年後はどうするんですか?」


 UNKユーエヌケー09+31フォーティーは40人体制になった時、2年間の活動期間を定めた。2年後に解散しメンバーはそれぞれソロとして活動することになっている。代わりに2年の間は一切のソロ活動を禁止し、また恋愛もご法度としている。


「うーん、今が忙しすぎて考える余裕がないんですよねぇ。歌のお仕事は続けたいと思ってるんですけど」


「じゃあ、予約していいですか?」


「予約?」


「俺、大学受験をしないつもりです」


「え? 何でですか勿体無い!」


「作曲に時間を割きたいんです。ゲームも賞金が出る『ガンドラ』だけに絞って、『提督ロワイヤル』は止めるつもりです」


 「提督ロワイヤル」が無ければつぼみとも出会えなかった。止めるのは寂しいが、目的のためには仕方がない。


「作曲を頑張って、アイドロイドPとして有名になって、音楽クリエイターになります」


 親からは反対されるだろうが、もう決めた事だ。


「つぼみさんのソロデビュー曲は俺が作ります。だから、他と契約しないでください」


 契約、という言葉にマネージャーの小山内の耳がピクリと反応するが、彼女もつぼみから笹原の曲を聞かされてその実力は知っていた。芸能界をやめないでいてくれるならそれでいい。彼とつぼみのタッグなら絶対に売れる。


「私のソロデビュー曲を、誠也さんが?」


 2年後、誠也の作った曲を歌う。想像するだけで胸が震えてくる。

 UNKユーエヌケー09+31フォーティーの曲もキャッチーで大衆受けする素晴らしいものばかりだが、メンバーでもある作詩担当の祭田茉梨果まつりだまつりかが書く詞はいささかブッ飛んでおり、つぼみがソロで歌うには似つかわしくない。


「うん。だから、2年後、俺の曲でソロデビューしたその時は」


 自分が相手に相応しくなるまでは付き合えないなんて下らない決意、先月までは馬鹿にしてた。だけど今なら春太郎の気持ちもわかる。


「俺と付き合ってください」


 膝枕されたままの告白なんてカッコつかないけど、たまにはこんな告白があってもいいだろ、笹原はそう自分に言い聞かせた。だってつぼみは顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうで、嬉しそうだ。


「はい、よろしくお願いします」


 つぼみはハッキリとした声で返事をすると、笹原のおでこにチュッと口づけをした。


「つ、つぼみさん?」


 慌てる笹原につぼみは照れ隠しの言い訳をする。


「に、2年間頑張る事のご、ご褒美の前払いです!」


 自分への、と続く言葉は恥ずかしくて言えなかった。


 

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