20ハクション 心葉(ここのは)色付く

「お前、ミーチューバー舐めてんだろ」


 日曜、とある撮影スタジオにて朝からこっぴどく叱られていた。プロからしたら俺なんて子供の遊びにしか見えないのかもしれない。気を付けの姿勢で叱咤を甘んじて受け止める。


「舐めてはいません。ですが、怠慢は認めます。すみません教えてください。お願いします」


 舐めてはいない。ただ、知識と経験が乏しすぎる。俺は動画配信のイロハも何も知らない。沖田さんが俺に呆れるのも無理はない。


「はあ、まあ芝社長とのどかに頼まれてるから面倒は見るけどよお。その代わり全力でやれよ。考えて行動しろ。いいか、プロの世界じゃ考えてから行動じゃ遅い。そんな時間なんてねえ。俺達の世界じゃ考動・・が基本だ」


 ライオンみたいな金髪に日焼けした黒い肌の、いかにもヤンチャしてますな感じの沖田さんに叱られるのは正直怖い。しかし、言ってる事は至極まともだ。見た目はオラオラ系なのだが性格は意外にも理論派のようである。


「はい、わかりました。お願いします」


 沖田さんは動画撮影サービスの会社を切り盛りしている「動画のプロ」だ。結婚式の撮影、編集や披露宴で使うVTRの作成の仕事が多いらしいが、インディーズのアーティストのMVなども手掛けていて、この界隈では有名な人らしい。一見チンピラの様に見える外見も、舐められない為の彼なりの武装なのだそう。

 そんな人が俺に動画のイロハを教えてくれる事になったのは完全にコネだ。

 ミーチューバーになる、と決めたは良いものの、俺は動画の作り方を知らない。勿論独学で調べてはいるが不安は募る。そこで広告代理店で働いている泰のお姉さんと、以前ヒーローショーで知り合ったイベント会社の芝社長に動画に携わる人物を紹介してほしいと頼んだ。それぞれ別にお願いしたのだが、なんと二人は同じ人物に口利きをしてくれた。それが沖田さんだ。泰のお姉さんの大学の時の先輩らしい。年齢は教えてくれなかったが、多分アラサー成り立てといった感じだろう。

 今日は花菜と若葉ちゃんを連れて沖田さんの会社のスタジオに教えて貰いにやって来たのだ。20畳程の広いスタジオの隅の編集スペースで、動画編集に特化した超ハイスペックPCを四人で囲んでいた。モニターには他のミーチューバーの授業動画が流れている。


「これ見りゃわかるだろ。今ミーチューブ上にどれだけの授業動画があると思ってる。それと同じ事やったって意味ねえだろ」


 どんな動画を撮るつもりだと聞かれて試しに沖田さんの前で授業をしたのだが、ケチョンケチョンにけなされてしまった。曰く、わかりやすい授業したって誰も見ねえよ! との事だ。

 確かにどれだけクオリティの高い物を出しても、見つけて貰わなければ見られない。現在ミーチューブにある授業動画は有名な塾の講師や有名私立中学の本物の教師の物がほとんどだ。現役高校生の俺と大手塾の講師の動画が並んでいて、誰がわざわざ俺の動画を選ぶというのだろう。

 授業の内容には自信がある。正直、有名私立中学にも負けてない。ただ、実績と肩書きが俺にはない。そしてそれは一朝一夕で手に入るものではない。


「でもお兄ちゃん現役高校生で全国模試10位でしょ? 動画あげてる人ってオジサンばっかじゃん。アピールポイントとしては十分じゃない? サムネだったっけ? 動画の表紙みたいな奴。あれにデカデカと『全国10位の秀才が教えます』みたいに書いておいたら目立つんじゃない?」


「じゅっ、10位? 北高でじゃなくて、全国?」


 若葉ちゃんの言葉に沖田さんは目を剥いた。ん? 全国模試10位ってそんなにアピールする事なのか?


「はい。といっても、本物の化け物、いわゆるIQオバケみたいな奴は俺の歳で大学行ってたり起業してたりするから、数字通りに俺が10番目かって言ったら違うと思いますよ。それに花菜は4位ですし」


「4位も10位も変わらないって」


 謙遜するが、花菜は余裕で化け物の中に入ると思う。生徒会とか部活の助っ人とかやってなければ飛び級で大学に行ってたとしても全然おかしくない。

 

「そういう事は先に言えよ! だとしたら話は違ってくる。少なくとも目にはつくな。だけど、更に動画のハードルは上がる」


 若葉ちゃんも沖田さんも、「全国10位」を前面に出せばとりあえず見て貰えるのではないかとの事。しかし、その中身がオジサン連中と同じ感じだったらすぐに見るのを止めてしまうかもしれない。

 考えろ。俺の目指す動画は不登校の子達が学校に行く代わりに見る為のものだ。分かりやすいだけじゃダメだ。俺にしか出来ない事。歳が近いのを武器にしろ。


「弱みを見せます。動画の先生って、完璧タイプの人が多いです。だから取っ付きにくいっていうか、親しみは湧きません。壁を感じます」


 まして俺は全国上位の成績で、ただでさえお高く止まりやがってと思われるかもしれない。不登校の子達は大小あると思うが劣等感を持っているはずだ。完璧な講師に引け目を感じてしまうだろう。

 俺が理想とする蒲ちゃんだって完璧とは程遠い。不器用ながら生徒に真摯に向き合うその姿勢に心をうたれるのだ。


「そうだな。信頼出来るいい先生ってダメな所が憎めない部分あるからな。で、例えばどんな事が苦手なんだ?」


「ハッ、ハッ、『春太郎は完璧にカッコいいよ!』」


「……絵と運動です」


 花菜のくしゃみをスルーして答える。恋は盲目というが、どうしたら俺が完璧に見えるんだよ。完璧なのは花菜の方だ。


「美術と体育って事?」


 運動が苦手だとは前に述べたが、実は絵心もない。壊滅的レベルでない。


「あ、覚えてる。保育園行ってた頃、お兄ちゃんにマジピュアの妖精を描いて貰ったら変なピーマンのお化けみたいの出てきて怖くて泣いちゃった事」


 マジピュアとは日曜朝に放送している女児向けの魔法少女アニメだ。耳の長い猫みたいな妖精も、俺にかかればピーマンのお化けに大変身する。


「幼児が泣くレベルって何だよ。ちょっと何か描いてみろ」


 3人が見守る中、紙にペンを走らせていった。



 ◇



「ブハハハ! やめて! 何で足が5万本あるんだよ!」


 国民的アニメ「野良えもん」の犬型ロボットを描いてみたのだが、沖田さんのツボに入ってしまったらしい。


「プ……お兄ちゃん……才能あるよ」


「笑ってんじゃねえか」


 自分で見ても酷い。犬というより葬式帰りのオッサンみたいだし、何故か目が4つ、足が5万本ある。


「美術と体育の動画も配信する事にします」


 はじめは悩んでいた。俺に体育なんて教えられないだろうと。動画である以上、見本を見せなければ成り立たないからだ。だから5教科だけを教えるつもりだったが、これだけウケるのなら喜んで道化になろうじゃないか。


「じゃあさ、体育はダンスにしようよ!」


 球技がダメだから当然リズム感もない。中学の体育の授業では稲村のダンスを見ると精神を削られるなんて言われていた。って誰が呪いの人形やねん。


「よし。じゃあ今日の所は四時限分の授業を撮っていくか」


「はい。お願いします」


 お試しに体育、国語、数学、英語の授業を撮って公開してみる事にした。その反応を見つつ、中間テストが終わったら本格的に活動していくつもりだ。


「よーし、出来れば一発で終わらせるぞ。編集の事も教えなくちゃいけないからな」


 撮影の為に黒板や机等のセットを配置していく。わざわざ今日の為に沖田さんが用意してくれたらしい。


「沖田さん、あの、本当に今日の撮影はタダでいいんですか?」


 チラッと会社のホームページを見たが、結婚式の動画撮影は一日15万円からだった。今日はスタッフこそ沖田さん一人とは言え、スタジオだって借りているし正式に依頼したらかなりの金額になるだろう。


「ああ、今回だけだぞ。だから全部今日だけで覚えていけ。あとはお前らだけでやるんだからな。うちの撮影が無い時なら一日千円でスタジオ使わせてやるよ」


 一日千円ってカラオケボックスでももっと金を取るぞ。


「千円? その、安いのは嬉しいんですけど、何でそこまでしてくれるんですか?」


のどかには何の恩もねえけど、芝社長にはまだウチが出来たばっかの頃に仕事いっぱい回して貰ったんだ。頭が上がらねえんだよ。それに」


 泰から聞いた話だとお姉さんは元カノというか、くっついたり離れたりを繰り返してる関係だそうだ。きっと芝社長だけでなく、お姉さんにも頭が上がらないんだろうと推測される。

 

「それに?」


「俺の甥っ子も不登校で引きこもりなんだ。お前には期待してる」


 ああ、俺はやっぱり出会いに恵まれている。巡り会う誰もがいい人ばかりだ。


「はい。頑張ります」


 そうして実際に動画を撮りながら、撮影の基本を教えて貰った。カメラの扱いなんかは花菜や若葉ちゃんにも覚えて貰う。一人で出来ない事もないが、花菜も若葉ちゃんも手伝いたいと言ってくれているから、遠慮なくその言葉に甘えておく。



 昼を過ぎた頃、俺の不思議なおどりに花菜以外の2人が爆笑してしまい撮影が何度かストップするというハプニングもあったが、何とか四時限分の動画を撮影する事が出来た。


「さて、これからが一番大変なんだよ。撮影より編集の方が時間かかるからな」


 授業動画の強みはテロップを入れて重要な内容を強調したり、解説を挿入したり出来る事だ。実際の授業と違って生徒の反応を見れないから、色んな事を取り入れて最大限わかりやすく作る必要がある。その為に必要なのが編集だ。


「ま、こればっかりは経験だからな。触りながら覚えなきゃ始まらねえ」


 動画編集にはセンスもいる。絵心が無い俺には少し難しかった。ウェブデザイナーとかそういうのには向いてないっぽい。パッと華やかで見易い画面を作るというのはそれだけで高度な技術だ。

 意外にもそういうセンスがあったのは若葉ちゃんだった。沖田さんに教えられている途中でもバンバンとアイディアを出していく。


「ここさ、画面分割してポイント抜き出した方がいいんじゃないかなあ?」


「へえ、嬢ちゃんやるじゃねえか。おい稲村。編集はこの子に任せろ。お前は企画と演者に集中するんだ。絶対この子のセンスに任せた方が良くなる」


「へ? 私? でいいの?」


 そりゃあ俺としては渡りに船だ。受験勉強だってある程度はしなくちゃならないから、編集作業の負担が減るのは助かる。何より、動画のクオリティが上がるのならそれ以上に嬉しい事はない。


「若葉ちゃんがいいなら是非お願いしたいんだけど、負担にならない?」


「若葉は春太郎の役に立ちたいんだよ。だからやらせてあげて」 


 うーん、ありがたい事だけど、若葉ちゃんの為の動画でもあるのに丸投げしてしまっていいのだろうか。


「やる! 私やるよ! なんたって暇だし!」


 本人がやる気ならお願いしてみようか。若葉ちゃんにとってもいい経験になるだろうし。


「わかった、お願いするよ」


 パソコンは家に予備があるし、それを貸せばいいだろう。編集ソフトも2台までインストール可能の物を買ったし、ちょうど良かった。


「うん! 私頑張る!」


 思いがけず専属の編集スタッフも決定し、若葉ちゃんも交えて沖田さんから編集作業を教えて貰った。



 ◇◆◇



「スタジオすごかったね! 機材もいっぱいあって、職人の世界って感じだった!」


 夕方。最寄り駅からの家路を歩いていた。若葉ちゃんはスタジオを出た時から、いや、沖田さんに編集作業を教えてもらってる時からずっとゴキゲンだった。


「でも若葉ちゃん、本当に編集を任しちゃっていいの?」


「うん! 沖田さんも才能あるって言ってくれたしね」


「若葉も春太郎の為に何かしたいんだよ。なんか、私が一番役に立たないみたい」


「そんな事ないよ。花菜だって生徒役で出てくれてるんだし」


 一人で映るのも寂しいから、花菜を相手に授業をするスタイルの動画にした。俺が用意した台本の通りに質問を適度に挟み、わかりやすい動画になるように文字通り花を添えてくれている。


「そうだ、お姉ちゃんお兄ちゃん。寄りたい所があるんだけどいい?」


「若葉? 構わないけど、どこに行くの?」


「ナイショ! ついてきて」


 花菜と俺は顔を見合わせるがピンと来ない。素直に若葉ちゃんの後をついていく。


「私ね、目標が出来たの」


 俺と花菜の前を歩きながら、若葉ちゃんはハッキリとした口調で話し始める。


「目標?」


「北高に行きたいなって。お姉ちゃんとお兄ちゃんの通ってる学校に行きたいの」


 若葉ちゃんの学力ならちゃんと勉強していけば問題なく入れるだろう。彼女は俺と同じで努力が出来る子だ。


「だからね、そろそろ練習しとかないとって」


 そう言うと、歩みを止めて振り向いた。

 北部中学校の校門の前で、彼女は微笑みながら振り向いたんだ。


「学校の先生に相談したらね、最低でも3年生の1年間はちゃんと学校に行ってないと進学出来ないかもって。でもその前に2年生の3学期のテストを受けないと3年生にもしてあげられないって。だから、今年中に学校に行ける様にならないと駄目なの」


 俺も、実は調べていた。不登校の子でも進級出来るのか、卒業出来るのか。進学には影響しないのか。

 答えは自治体によってそれぞれ異なる。出席日数を明確に決めている所もあれば、個人が希望すれば同じ学年をやり直せる所もある。


「今日は第一歩を踏み出そうと思って。そこで見守っててくれる?」


「む、無理しないでいいんだよ若葉。大体、それなら私はいない方が……」


 若葉ちゃんが不登校になったのは花菜と比べられたせいだ。自分が側にいたら余計に思い出してしまうんじゃないか、花菜はそう思ったようだ。


「私は春太郎先生と花菜先生の生徒第一号だからね。恥ずかしくない様に頑張らなくちゃ。生徒の門出なんだから、先生が見てくれなきゃ駄目だよ」


 そう答えて校門に向き直る。彼女は真っ直ぐ前を見て、大きく息を吸い込むと一歩を踏み出した。


 グッと地面を踏みしめる。吐き気が襲ってきたのか途中で立ち止まって口をおさえるけど、首を大きく振って顔を上げる。そして再び前を見据え、赤茶色に塗装された校舎への道を一歩、また一歩と進んでいく。


 未来へと進んでいく。


「若葉……!」


 花菜の頬をホロリと涙が落ちた。それは一筋の流れとなって止まらなくなる。

 ハンカチを差し出すと花菜は慌てて涙をぬぐった。


「ありがと。泣くの早すぎだよね。若葉がちゃんと学校に通えるようになるまで涙はとっておかないと」


「ううん、今泣いておけばいいよ」


 だって、喜ぶ時に相応しいのは涙じゃないから。


「若葉ちゃんが学校に行ける様になった時にはさ、一緒に笑ってあげよう。笑顔で、頑張ったねって言ってあげよう」


「春太郎……うん、そうだね。じゃあ今は泣く」


 流れる涙もそのままにして、目をしっかりと開いて若葉ちゃんの背中を二人で見守り続けた。








 

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