18ハクション インビジブルパーティー
放課後の教室にて。
今日はちょうど花菜の生徒会もモモの部活もなくて、皆でスイーツでも食べに行こうかと話していた。
ちなみに北高では受験の為ほとんどの部活が2年生で活動を終える。女子バスケ部もこの間の春季地区大会がラストの試合だった。泰のサッカー部も例に漏れず3月で引退。その鬱憤をフットサルで晴らしているという訳だ。
現在3年生も活動しているのは空手部の中でも成績を残したモモ一人と、昨年の都大会ベスト4になった野球部だけである。
「ヒナとフクちゃんも誘っていい?」
「そうだね、二人も誘おうか」
「じゃあ電話するね! ……もしもしヒナ?」
花菜の電話が終わるのを待っていると珍しい奴が話し掛けてきた。
「稲村、安藤、悪いが頼みがある」
「舞鶴の元帥? どうした?」
舞鶴の元帥こと笹原誠也。トレードマークの目が隠れるほどの前髪が実に鬱陶しい。
「俺に女の扱いを教えてくれ」
「は?」
そんなの俺が教えて貰いたいわ。泰はともかく、どうしたら俺が女慣れしてるように見えるんだよ。
「笹原、出来たら最初から説明してくれる?」
ポカンとした俺を見かねて泰が聞いてくれた。流石に意味がわからないからな。でも花菜とキスしたって事を舞鶴の元帥も聞いただろうし、こいつの中では俺もプレイボーイみたいに見えているのかもしれない。
「ああ、すまん。実はオンラインゲームで知り合った女の子と会うことになって……」
「提督ロワイヤル」というオンラインゲームがある。笹原はそのゲーム内でのトップランカーらしく、「舞鶴の元帥」というのもそのゲームの中で呼ばれている称号が元になっているらしい。
そのゲームの中でいつも一緒に遊んでいるプレーヤーの女性とオフ会をする事になったそうだ。しかし笹原は彼女いない歴=年齢の奥手男子。二人きりで会うのがとにかく不安でたまらないとの事。
笹原がゲーマーだとは知らなかったな。舞鶴の元帥ってのも海軍が好きなのかと思っていた。俺はゲームはほとんどやらない。ゲームって情報量が多いから、そっちにインプットを回す用量の余裕は正直ないのだ。
「へえ、笹原って『提督ロワイヤル』もランカーなんだ。『
泰はゲームにも詳しい。勉強に偏った俺と違って何でも上級レベルなのが泰だ。
「ああ。どちらもFPSだけど、『ガンドラ』の方が得意なんだ。戦艦を操作するより生身で銃を撃ち合う方がスピード感もあって、プレーヤースキルが物を言うからな」
FPS、というのはファーストパーソン・シューターの略で、直訳の通り、プレーヤー視点でキャラを操作して撃ち合いをするゲームジャンルの事らしい。最近よく話題になっているEスポーツでも取り上げられる事の多いジャンルだそうだ。
「へえ、舞鶴の元帥すげえじゃん。賞金っていくら貰ったの?」
「100万だ。国内の大会だからな。海外ならもっと高いと思う」
笹原は大したことが無いようにさらっと言う。
「ひゃくまん? 超リッチじゃん!」
「親に預けてるから好きには使えねえよ。でも多少は持ってるから、今から何か食べに行くんだろ? 奢るから俺の相談に乗ってくれよ」
「別に奢って貰わなくても相談ぐらい乗るけど、花菜とモモと、それに後輩も一緒だけどいいか?」
「ああ、女子からの意見も聞けるならありがたい。恥ずかしい話だけど女子とは緊張して上手く話せないんだ。練習させてくれると助かる」
俺なんかにアドバイスが出来るのかはわからないが断る理由もないし、2年生の二人と合流してモモお気に入りの紅茶のお店へと向かった。
◇◆◇
紅茶の
幸いな事に店は丁度空いていて、向かい合う六人掛けのボックス席を二つおさえた。店員にも許可を取って片方を笹原のトレーニング用として使わせてもらう。
「じゃあ俺がお手本を見せるよ。萌々、『待った~?』って待ち合わせ場所に来る感じでお願い」
いきなり実践では笹原もテンパるだけだろう。先ずは北高一のモテ男によるデモンストレーションだ。
泰はソファに浅く腰掛けるとアンニュイそうにグラスの氷をカランコロンと転がす。その憂いを帯びた表情が色っぽくて目が離せない。本当にイケメンって得だよな、どこを切り取っても絵になる。
「ヤスくん! 待っただろうか?」
手を振りながら彼女が到着。
ん? こんな使い古されたシチュエーション、お約束の「今来たところさ」以外に正解があるのか?
「待ったよ。ずいぶんと」
てっきり愛しい恋人の到着に笑顔を見せるかと思われたが、泰は眉間に皺を寄せて不機嫌そうに一言。モモの顔も曇る。
「え? で、でもまだ待ち合わせ時間の5分前で……」
慌てて弁明をするモモにイケメンは立ち上がると、その唇に人差し指をちょこんと当てて黙らせた。
「前世から萌々と巡り会えるのを待ってた」
バカかよ。
「素敵! 抱いて!」
「はいカットー!」
パンッと手を叩いて強制終了させる。
「バカか! 初対面だって言ってんだろ! ばりくそ口説いてんじゃねーよ! モモも目をハートマークにさせてんじゃねえ!」
モモは目をトロンと蕩けさせてうっとりとしている。正直そういうのは家でやれ。
「む、確かに今のはヤスくん以外には難しいかもしれないな。しかし効果は絶大だぞ」
「それが出来たら俺らに相談なんかしてこねーよ!」
「ふむふむ、なるほど。『前世から巡り会えるのを待ってた』か……。参考になるな」
笹原はしきりにうんうんと頷きながらメモを取っていた。真面目かっ!
「参考にするな! 選手交代! 相手役に雛岸! 男役はフクちゃん!」
「わかりました。笹原先輩の恋路の為ならムラムラする太郎先輩の指示であろうと素直に従いましょうとも」
減らず口を叩きながらもソファに腰掛ける後輩。くそっ、相変わらず俺を舐めてやがる。
「全くムラムラしてねえよ。むしろノロケを見せられてイライラしてる太郎だよ」
「ちょ、ちょっと稲村先輩? ボクには無理ですって」
フクちゃんが耳打ちで弱音を溢すが、背中を叩いて小声で発破をかける。
「いい機会だ、フクちゃんも練習しとこうぜ。雛岸とデートのつもりで口説いてみよう」
女の子みたいな顔でも、それは美形だという証。そういう男が好きな女性だって世の中にはたくさんいるはずだ。それに顔は美少女だけど、背は低すぎる事もなく170無いぐらいで雛岸よりも少し高い。コンプレックスを感じる事なく胸を張って想いを伝えればいいのだ。雛岸みたいな恋したことも無いようなお子ちゃまにはいきなり告白して意識させた方が上手くいくかもしれない。
「ええっ! 急に言われても……」
「はいスタートぉ!」
有無を言わさずに合図を出す。渋々フクちゃんは雛岸の対面に腰を下ろし、緊張した面持ちで肘をついて手を組んだ。真剣な眼差しで雛岸を捉えると、その瑞々しい唇を震わせて愛の言葉を紡ぐ。
「なあ、スケベしようや」
「はいカットおお!!」
だから初対面だっつってんだろ! せめて段階を踏めよ! ABCでステップアップしろよ!
「やりたい盛りかよ! ちょっとはオブラートに包め!」
それが言えるなら入学式のスピーチぐらい楽勝だろ。
「Hの次に
「その次のJKをちゃんと考慮しろよ! 不純異性交遊ダメ! 絶対!」
俺を困らせる好機と見たのか、雛岸も立ち上がってボケを被せてくる。
「素敵! 抱いて!」
「うるせええええ! もっと自分を大切にしろ! だああああ! お前らええ加減にせえよ! もうええわ!」
「あの、お客様」
「あ、すみません。静かにします」
大声を出しすぎてウェイトレスさんに注意されてしまった。素直に頭を下げる。
ってか俺が悪いのか?
「いえ、私が気になったのは最後の関西弁です」
「は?」
「確かに関西弁で
「笑いを取ろうとしてねえええ!!!」
別に笑って欲しい訳じゃねえよ! 周りがボケ倒すからだよ!
「それです。その声の張り。そして的確な言葉のチョイス。それこそが貴方の持ち味です。応援してます、頑張ってくださいツッコミ職人」
ファンにダメ出しを食らってしまった。って誰がツッコミ職人やねん。
「なるほど、安易な関西弁は逆効果と……参考になるなあ」
フムフムとメモを取る笹原。って真面目なのか不真面目なのかどっちだよお前は。
「参考にするな! お前までボケるな!」
ツッコミが足りねえ。まさか笹原までボケ要員に回るとは思わなかった。
「もういいよ、俺がやる。花菜、相手役やってくれる?」
「はーい」
可愛らしく返事をしてちょこんと座る花菜。まるで西洋のお人形みたいで、アンティークのソファに溶け込んで1枚の絵画のようだ。
対面に座り、花菜と目が合う。よし、気の利いた台詞だ。気の利いた台詞気の利いた台詞……。
「いい天気ですね」
なんだそりゃ。
「はいカットー! 稲村先輩! 人にはあれだけ偉そうな事言っておいて『いい天気ですね』って何ですか! お見合いで話題がなくなった人じゃないんだから」
「き、緊張したんだよ! もう一回やらしてくれ!」
花菜があんまりに可愛いから言葉が見つからなかったんだよ。コホン、気を取り直して再チャレンジ。
「杉野さんすみません、待ちました?」
笹原の参考になるように初対面の男女を演じる。
「いえ、私も今来たところです」
「それはホッとしました。お腹空いてます?」
やはりモテるのは細かい気配りが出来る男だろう。さりげなく腹具合を確認しておく。
「いえ、大丈夫です。稲村さんは?」
互いに気を使う会話のキャッチボール、さすが花菜だ。これが雛岸だったら「うるせーぶっ殺すぞ!」で終了、モモだったら「
「俺も大丈夫です。今日はわざわざお会いくださってありがとうございます。彼氏さんとか怒ったりしませんか?」
必殺「気を使ったフリして恋人の有無を探っちゃう俺マジ卍」作戦を発動。
いきなり「彼氏いるんですか?」とは聞けないからな。恋愛に関して小細工するのはあまり好きではないが、時にはこういうテクニックも必要である。
「彼氏なんていませんよ」
「え? 杉野さんモテそうなのに。じゃあ、好きな人は?」
「出会いがなくて。好きな人もいませ……ハッ、ハッ、『稲村春太郎が好きです!』」
出た。花菜の
「そうなんですね。杉野さん素敵なのにもったいない」
そう。俺にはもったいないぐらいの素敵な女の子だ。
「稲村さんは?」
「え?」
「彼女とか好きな人とかいないんですか?」
これは芝居だ。笹原に初対面のアレコレをレクチャーするための芝居。だから「いないんです。絶賛募集中なんですよ」というのが正解だ。
だけど、俺は。
「好きな人はいます」
花菜の必殺技の破壊力の前には嘘なんてつけない。
「どんな人なんですか?」
演技を忘れて、花菜もどこか期待してるような、少し浮わついた声色と、表情。
「菜の花みたいに可憐な女性です。摘み取りたいけど、やっぱりそこでシャンと咲いていて欲しいから摘み取りたくないような、そんな女性」
ポッ、と、赤くなった。
俺の言葉に照れてしまって、菜の花って言ったそばからカーネーションになる。確かに母の日に花菜を母さんにプレゼントしたら喜ぶだろうな。
「そ、その人の名前は、何て言うんですか?」
反撃。
俺の一方的な攻撃がクリーンヒット、かと思われたが幼馴染みが反撃に出た。
しかも今の局面では最善手だ。
「は……」
「は?」
「は……」
「はいカットぉぉおお!! 二人でいちゃついてんじゃねーよ周り見ろよ! って周りもニヤニヤしてんじゃねーよ! お待たせしました、ダージリンとシフォンケーキのお客様」
「あ、私です」
我に帰った花菜が恥ずかしそうに手を挙げた。
ってウェイトレスさんもツッコミ職人かよ!
「ツッコミが足りないようでしたので失礼を承知でツッコませて頂きました。ごゆっくりどうぞ」
正直助かった。ツッコミが無かったら告白してしまう所だった。どこに誘惑が潜んでいるかわからない、気を引き締めよう。
「さ、笹原! 今みたいにサラッと彼氏がいるかを聞き出すんだよ」
誤魔化すように声を張り上げる。俺の持ち味は声の張りらしいからな。
「ああ、理解はできたが、実践出来るかは自信がないな」
デモンストレーションが終わった所で一旦休憩にして各々ケーキと紅茶にて一息つく。
まだ笹原の練習が終わってないのにクソ疲れた。後半もモモや雛岸が暴走するだろうし、ウェイトレスさんに応援を頼むべきだろうか。
「でも、本当に女の子なんですか? ほら、ネットだとネカマも多いって言うじゃないですか」
雛岸の懸念も
「いや、それはない。『提督ロワイヤル』はインカムを着けて自分の声でやり取りするんだ。糞人さんの声は本当に可愛らしくて……そうだ、証拠がある」
糞人って酷すぎる名前だな。沖縄の人に怒られるぞ。
「証拠?」
「皆に聞かせるのは恥ずかしいが、俺はアイドロイドで作詞作曲していてな。それに糞人さんが歌を入れてくれたんだ。ほら」
スマホを操作してスピーカーモードで曲をかける。店内だから控え目の音で、全員スマホに頭を近付けておしくらまんじゅうみたいに聴いた。
「スゴい! カッコいい!」
フクちゃんが感嘆の声を挙げる。フクちゃんだけじゃない。俺も皆も夢中になって耳を傾けた。
アップテンポの明るい曲。雨上がりのワクワク感を詰め込んだような心の弾む曲に、深みのあるハスキーボイスがマッチして、何というか、無敵な感じ。王道じゃないけと、近道。人の心に最短で届くような、説得力の塊の様な曲と歌だった。
曲の終了と共に沸き上がる拍手。
笹原はスゴいな。ゲームも作曲も、どちらもスゴい。誰だよ特徴がないクラスメイトだなんて言ったの。ただ知らなかっただけじゃないか。
「なるほどね。笹原君が会ってもないのに恋しちゃったっていう理由がわかった気がする」
花菜の言葉に俺も賛成だ。
アイドロイドバージョンを聴いた訳じゃないけど、きっと元の曲はここまでスゴくないと思う。糞人さんは笹原にとって運命の人なんじゃないか、この曲を聴くとそう思ってしまう。
「んー、この人の声、聴いた事ある気がするんですよねえ」
「雛岸ちゃんもそう? 俺もこのハスキーボイス、最近聞きまくってるような……」
雛岸と泰は首を傾げるが、二人以外には俺も含めてピンと来ない。こんなに特徴的な声、聴いたら忘れないだろう。
「あと、会った事ないっていうのもちょっと違う。昨日写メを交換したんだ」
ちょっと躊躇ってから、スマホのフォルダを開いて俺達に見せてくれた。
「何ていうか、可愛すぎてビビってんだ。そりゃ、恋もするだろって」
はっきり言うと下手な自撮りだった。証明写真みたいにクソ真面目な表情で、全体的に暗くて肌の色も良くない。
だけどスゲー可愛かった。
サイドテールと言うのだろうか、長い髪を纏めて左から一本にして垂らしている。眉は細いけどキリッとしてて、少しボーイッシュな感じの女の子だ。
「綺麗な子だね。芸能人みたい」
俺も花菜も高校に入ってからあまりテレビは見なくなったから最近は詳しくないが、確かに芸能人と比べても遜色ないように見える。
「そうだな、芸能人と言われても信じてしまい……おい、どうした?」
雛岸と泰が目を見開いてプルプルと震えている。
「き、清川つぼみ……」
「泰? 知り合い?」
俺が聞くと泰は信じられないといった顔で逆に聞いてきた。
「マジで知らねえの? 今大ブレイク中のアイドルグループ『
は? この子がアイドル?
「へ、へえ。すごいじゃん」
さすがの俺もツッコミきれない。素っ頓狂な声が出ただけだった。
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