17ハクション スタンドバイミー・オンザレール

 北高には2階建ての武道場がある。1階が2階よりも広い設計になっており、1階は柔道部と空手部、2階が剣道部の練習スペースとして割り当てられている。


 新学期2日目、3年生は武道場の1階に集められて正座をさせられていた。

 受験に対する意気込みを新たにしようという学年集会である。

 

「いいかお前ら! ついに3年生だ! 大学受験だ!」


 蒲ちゃんの熱量はすさまじく、北高が有数の進学校であることを物語っている。


「日々志望校合格に向けて必死に頑張っていると思う! しかしだ! そうじゃない奴もいる!」


 プリントを数枚取り出すと手のひらに打ち付けた。パンッと大きい音を出して注目させる。


「これは昨日書いて貰った進路調査だ。皆じっくり考えて書いてくれたと思う。だが残念ながら2人の生徒がふざけた事を書いた!」


 うちは進学校だから全員が志望大学を記入したハズだ。就職希望の生徒はいないとは思うが、就職だとしても蒲ちゃんはここまで怒らないだろう。よっぽどふざけた答えを書いたのだと推測される。


「晒し者にするような叱り方は本来好まないが、今回はあえて全員の前で進路調査の内容を読み上げようと思う!」


 まあ、そうなるよな。だって学年2位がふざけた事書いてるんだから。

 でも、俺は真剣だ。


「第一から第三希望まで全て同じ物が書いてあった! よりによって俺のクラスだ! 3年1組稲村春太郎! 希望進路、ミーチューバー! 舐めてんのか! 前に出てこい!」


 ミーチューバーという単語に同級生はざわめき、どよめいた。


「はい」


 返事をして立ち上がる。足が痺れてしまい若干よろめくが、花菜がそんな俺を支えてくれた。


「大丈夫だよ。私は春太郎の夢、応援してるから」


「ありがとう花菜」


 それだけで頑張れる。誰に否定されようとも、花菜が信じてくれればそれでいい。


 蒲ちゃんの前に立ち、後ろ手に手を組んで真っ直ぐに見据える。俺は何も間違っていない。


「稲村! ミーチューバーって何だ!」


「動画共有サービス上で独自に制作した動画を公開し、再生回数によって広告収入を得る職業の事です」


 火に油。既に真っ赤な蒲ちゃんの額に青筋が立った。


「んな事ァわかってんだよ! 舐めてんのか!」


「舐めてません。俺は真剣です」


 昨日の入学式のスピーチで言った花菜に相応しい男になりたいから勉強してるって話、嘘ではないが全部ではない。もう一つ、勉強する理由がある。全国上位をキープしなければならない理由があるんだ。


「マジでミーチューバーになるつもりか!?」


「はい。俺はミーチューバーになります」


 なりたいからといってなれる物ではないだろう。それはそれで険しい道のはずだ。だけど、俺の想いはもう固まっている。その為に誕生日プレゼントでカメラを貰ったんだから。


「はあ? 大学はどうするんだ!」


「行きます」


「え? 行くの?」


 進学しないつもりだと思ったのか、俺の答えに蒲ちゃんは毒気を抜かれた様に間抜けな声を出した。


「東京大学教養学部を受験します。その後は教育学部に進み基礎教育学を学ぶつもりです」


「何だ、進学はするのかよ。じゃあ書き直せ。ミーチューバーを消して第一志望を東大に書き直すんだ」

 

 進路調査の紙を押し付けてくるが、後ろ手のまま、俺は断固として受け取らない。


「いやです。俺の第一志望はミーチューバーですから」


「バカか! 東大以上に第一志望として相応しい目標なんかあるかよ! いいから書き直せ!」


 東大で教育学を勉強するのは手段だ。目的じゃない。


「書き直しません!」


「じゃあこれは受け取れねえ!」


 頑なに態度を崩さない俺に業を煮やし、ビリーッと俺の進路調査を破いてしまった。

 武道場は静まり返り、険悪な雰囲気が漂う。他の先生はオロオロとするばかりで蒲ちゃんの怒りはおさまりそうになかった。

 そんな重い空気をぶち壊してくれたのはくしゃみの音。

 俺を救ってくれるのはいつだって大好きな幼馴染みだ。


「ハッ、ハッ、『蒲ちゃんのバカ!』ハッ『理由ぐらい聞きなさいよ!』『いつも生徒と真摯に向き合うとか言ってる癖に!』」


 蒲ちゃんはくしゃみの音にハッとして、破り捨てた進路調査を拾うとまず俺に謝った。


「怒鳴ってすまない。ただ、教師としてこれをそのままハイそうですかと受け取る訳にはいかない。どうしてミーチューバーになりたいんだ?」

 

「授業を配信したいんです」

 

「授業?」


「中学生の家庭教師のバイトをしていまして」


「バイトぉ?」


 一応バイトは禁止されていないが、進学校の北高でバイトしてる生徒は滅多にいない。


「その子は学校に行けない事情があって不登校です。それでも俺の授業をちゃんと聞いてくれて予習も復習も俺の言った通りにやってくれます。不登校だけど、本当は勉強がしたいんだと言っています」


 若葉ちゃんは苦しんでる。彼女に出会うまでは不登校なんて甘えだと思っていた。学校へ行った方が絶対に本人の為だと思っていた。でも、そんなに単純な話じゃないんだ。


「俺はその子の他にも、世界にいる全ての不登校の子達に授業を受けて欲しいんです」


 それは無料であるべきだ。誰でも、好きなときに、何度でも受けられる授業。それには動画サイトが適していると思う。登録数が増えて収益化が見込めば動画数だって増やせる。動画を作ることに専念出来る。

 家にいながら中学校生活を送られる様な、そんな動画を配信するのが俺の目標だ。


「その為に、きちんと大学で教育学を勉強したいんです。教員免許も取ります。でも、それはミーチューバーとして成功する為です」


 幸い俺に苦手な科目はない。嘘だ、体育以外に苦手な科目はない。だからほとんどの科目を教えられる。


「稲村は教師になりたかったのか」


 蒲ちゃんはショックを受けたようだ。さっきまで怒っていたのを後悔してるような、眉も下がって情けない表情。


「ミーチューバーを教師と言えるのかはわかりませんけど」


「学校で働いているかは関係ない。生徒の為に授業をするというなら、それは教師だ」


 蒲ちゃんは破いた進路調査のプリントを拾い上げて持っていたクリアファイルに挟んだ。受け取ってくれるという事だろう。


「家庭教師の件もありますが、蒲田先生の影響もあります」


「は? 俺の?」


「俺の夢はミーチューバーになる事じゃありません。それは通過点でしかない」


 男相手にキザな台詞を吐くなんてそんな趣味はないけど、ま、たまにはいいだろう。


「俺の夢は蒲田先生みたいな先生になる事です」


 まるで告白みたいだな。

 でも、本当の事だ。

 いつだって生徒思いで、熱血で、真摯に向き合ってくれる。

 俺は蒲ちゃんみたいな先生になりたい。


「う、あ、お……」


 どうやら不意打ちはクリティカルヒットしたらしい。

 見事に蒲ちゃんから言葉を奪い取って、原始人みたいな呻き声をあげるだけになった。

 そして、いつもの様に大声を挙げて走り出した。


「俺は! 俺は! 幸せ者だぁぁああああ!!!」


 うおおおおおおお!!! と叫びながら開け放たれた窓から外へ飛び出していった。ノルマ達成だ。

 後には蒲ちゃんが投げ捨てていったクリアファイルが残る。


 そう言えば俺の他にももう一人ふざけた事書いたって言ってたな。

 拾い上げ、中身をそっと覗いてみる。


 3年1組杉野花菜

 第一志望 お嫁さん(カリフォルニアの海の見える教会で挙式)

 第二志望 お嫁さん(出来れば早めに、少なくとも22歳までには) 

 第三志望 お嫁さん(誰のかはナイショ)


 ……。


 おい学年1位の生徒会長。



 ◇◆◇◆◇



「蒲ちゃんもわかってくれて良かったね春太郎!」


 帰り道、いつもの様に花菜と並んで歩いていた。


 蒲ちゃんが俺の話を聴いてくれたのも花菜のくしゃみのおかげだ。

 でもそう言える訳もなくて、代わりに俺は花菜をからかってみる。


「うん、皆にも夢のことバレちゃったから頑張らないとね。それはそうと、花菜は何て書いたの?」


「え? な、内緒!」


 俺の問いにそっぽを向いて、それ以上聞くなオーラを展開する。

 だけど、俺は更につっこんでみる。


「花菜の事だから東大理科Ⅲかな? それとも法学部?」


 そういえば花菜の進路って聞いた事なかったな。まさか就職しないつもりでもないだろうし、何になりたいんだろう。


「わ、私は、まだ何にも決まってないの」


 珍しく弱々しい声でポツリ。

 花菜は何でも出来る。だからこそこれがしたい! っていう特定の物を決められないのかもしれない。


「別に恥ずかしい事じゃないよ。何になりたいかわからない高校3年生なんて世の中にいっぱいいるし」


「そうかな?」


「そうだよ。だから花菜の夢が見つかるまで俺の夢を手伝ってくれたら嬉しいなあ」


 多分、きっと、そばにいてくれたら、花菜の夢は俺が叶えられる。


「ほんと? 迷惑じゃない?」


 迷惑なもんか。


 君がいてくれたら、俺はそれだけで頑張れる。強くなれる。


「迷惑じゃないよ。だから、花菜の夢が見つかるまで」


 出来れば期限なんか決めないで、これからずっと。


「俺のそばにいてよ」


 花菜の永久就職先として立派な物件になろう。そう思った。


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