16ハクション アオハルスタートアップ
「ふあ~あ」
入学式当日の朝、校門前。
大きなあくびを放つだらしない俺を、美人の後輩が咳払いをして
「コホン。ふしだら全裸郎先輩、あくびしてないで真面目に仕事してください」
昨日のキスの
「完全に変質者じゃねえか」
全裸郎なんて名前つけられたらグレるわ。ふしだらなのは認めるが、ちゃんと服着てるわ。
「昨夜も会長を裸にしていたのでしょう? ああ可哀想な花菜先輩。こんな変態さんの性欲の捌け口になって体調まで崩してしまうなんて」
「人聞きの悪い事を言うな! 告白するまで花菜とはそういう事をしないって決めたんだ」
「その決意が本物ならいいんですけどねえ。大方、雰囲気に呑まれてキスしちゃったのでしょう? ペッ、クズが。いいから仕事してください」
どうもクズです。
何も言い返せない。
雛岸は辛辣な言葉ばかりくれるが、バレンタインの時でも「さっさと一位になってください。応援してますから」と書いたメモを添えたチョコレートをくれたりと、俺の「花菜に相応しい男になる」という志だけは認めてくれている。それが誘惑に負けてキスしてしまったのだからこの態度も当然だろう。
「ああ、花菜の代わりとして仕事だけはキッチリやります」
素直に返事をして新入生名簿にマルをつけていく。
昨日、花菜は鉢植えの水撒きでびしょ濡れになってしまった。すぐに保健室に行って体を拭いたのだが結局風邪をひいたようで昨夜から熱が出てしまい寝込んでいる。本人は入学式での生徒会の仕事があるからとマスクをし、解熱剤を飲んで登校しようとしていたが、「俺が花菜の代わりに働くから」と説得して休ませた。
朝から生徒会のサポート要因として、校門前に長机を並べて入学式の受付を手伝っている。
「フハハハ! ヒナコは手厳しいな!」
受付が終わった男子の胸に新入生の証であるリボンをつけながらモモが快活に笑う。
「萌々、いきなり大きな声出したら新入生びっくりするよ」
そんなモモを同じ様に新入生の女子の胸にリボンを着けながら泰が注意する。
「おっと、これは失礼した!」
花菜の抜けた穴は大きい。俺一人では埋められないから泰とモモにも応援を頼んだ。超絶イケメンの泰とテレビにも取り上げられるような世界一の美少女空手家のモモ。俺なんかとは違って二人とも花菜に負けないぐらい人気がある。当初はセクハラを懸念して泰が男子の、モモが女子の胸にリボンを着ける予定だったがいつの間にか自然に女子は泰に、男子はモモの方にと列が出来てしまった。泰は出来るだけ胸に触れないようにそろりそろりとおっかなそうにリボンを着けていく。新入生に気を使ってるのは勿論だが、泰はモモ以外の女の子に近すぎる距離で接するのに遠慮があるのだろう。もっとも、当のモモはそんな事をいちいち気にする子ではない。素知らぬ顔で淡々とこなしていた。
「稲村先輩、えっと、
雛岸が教えてくれた名前を名簿から探しマルをつけていく。アマノアマノ……あった。
「入学おめでとうございます。えっと、天野さんは3組ですね……ん?」
パリッとした真新しい制服に身を包んだ前髪パッツンの可愛らしい女の子の後ろ。まるでSPの様に立つ同級生の姿があった。
野球部の天野だ。
背は泰と同じぐらいデカく、体つきはかなりゴツい。坊主頭で如何にも野球部のスラッガーといった容姿だ。
そして、禁忌を犯し者。
「天野の妹さんか? おめでとう」
極めて柔らかい笑みで声を掛ける。天野はバツの悪そうな顔で鼻の頭を掻いた。
「ああ、サンキュ。安藤、深雪のリボンは俺が着けるよ」
「え? ああ、わかった。はいリボン」
天野は泰からリボンを受け取る。
誰にも触れられたくないのだ。
独占欲と言っちゃえばオシマイだけど、籠の中に閉じ込めて、大切に大切に。倫理に背を向けて、世間を敵に回してでも、深雪ちゃんをヒトリジメしたいのだ。
最愛の兄にリボンを着けて貰った深雪ちゃんは恥ずかしそうに目を臥せるけど、天野は仏頂面ながら嬉しそうで。微笑ましいカップルから目が離せなかった。
「な、なんだよ稲村。なんか変かよ?」
「いや、ちっとも変なんかじゃないよ」
わかる。俺なんかに言われても嬉しくないかもしれないけど、わかるよ。
ずっと一緒にいるのが当たり前で。
自分以外の男を見て欲しくなくて。
絶対に離したくない。
ずっと一緒にいたい存在。
考えてみれば、俺は恵まれている。
思い上がりかもしれないが、周囲からは花菜と俺が結ばれる事が自然な事だと思われている。こんな情けない俺を受け入れてくれて、学校全体で見守ってくれている。
それに比べると天野という男はどうだろうか。
後ろ指をさされ、失笑を買い、決して受け入れられる事などない。
それでも妹さんを愛するのだ。
なんと強い男なのだろう。
俺なんかがどうして天野の事を変だなんて言えるんだ。
「じゃあな」
リボンを着け終えるとまた妹さんの後ろにピタリと付いて校内へと入っていった。
昨日の準備の時に三沢さんから妹さんと付き合ってるなんて聞いた時は反射的に拒否反応を起こしてしまったけど、幸せそうな二人を見てたら兄妹とかどうでもよくなってきたな。世間がなんと言おうと俺は応援したいなと思う。
しばらくして受付も落ち着いてきた頃、蒲ちゃんが様子を見に来た。生徒会の顧問は蒲ちゃんなのだ。
「みんなご苦労。手伝いの3人もありがとうな」
先月までは会計と庶務には同級生の双子の兄弟が
「新学期になったら役員の募集をかけるつもりだから、それまで雛岸とフクちゃんには負担が大きいけど頑張ってくれ」
「私は別に会長と二人きりでも構いませんけどね。って、フクちゃん大丈夫?」
副会長のフクちゃんはずっと俺達と一緒に校門にいたが、受付の仕事はせずに難しい顔でブツブツと入学式での「新入生歓迎の言葉」の練習をしていた。花菜が休んだ代わりにフクちゃんが生徒代表として演台に上がる事になったからだ。
フクちゃんはカワイイ。正真正銘の男子だけどまるで女の子みたいな顔をしていて、生徒会のアイドル副会長として男子からも女子からも絶大な支持を受けている。しかし実は人前に出たりするのが苦手で副会長になったのも立候補ではなく他薦で持ち上げられて断れなかっただけらしい。花菜の欠席を聞いてからその可愛らしい顔をずっと青ざめさせている。
ちなみにフクちゃん、
「だ、大丈夫。物凄く胃が痛くて倒れそうなだけ」
それは大丈夫とは言わない。
原稿は花菜が書いた物があるからそれを読むだけなのだが、それでもフクちゃんには荷が重いようだ。しかしフクちゃんには花菜の後の生徒会長という大役が期待されている。これは逆に慣れるチャンスなのだ。
「雛岸、気分悪いみたいだからフクちゃんの背中さすってあげて」
「稲村先輩? なっ、何言うんですか! ヒ、ヒナちゃんボクは大丈夫だから」
「そんな顔色悪くしてたら説得力ないよ。ほら、大丈夫?」
雛岸の手がフクちゃんの背中で優しく上下すると、みるみる内にその青い顔に赤みが差していく。
恐らく、フクちゃんは雛岸に気がある。
内緒だが、花菜は密かにどうしたら二人をくっつけられるかいつも考えていて俺に相談してきたりする。
ま、雛岸はお子ちゃまだからな。コイツが恋愛に興味持ってからじゃないと始まらないだろう。
「あ、ありがとうヒナちゃん」
「フクちゃんには頑張って貰わないといけないからね。何たって会長の代理なんだから、フクちゃんがヘマしたら会長の名前に傷がつくんだからね。いい? わかった? 絶対に失敗しちゃダメだからね」
おいやめろ。
「う……」
顔色が良くなったのも束の間、雛岸のかける執拗なプレッシャーにフクちゃんはたまらず口を押さえる。
「それにね、会長の崇高な原稿を読めるんだから本当に光栄な事だよ。もし噛んだりしたら稲村先輩と一緒の穴に埋めるからね。いい? わかった?」
それでも雛岸は更に追い討ちをかけて、フクちゃんの只でさえ弱い胃は限界に来たようだ。
「オロオロオロオロオロ!」
胃の中身を盛大にリバース。原稿にもぶちまけてフクちゃんを保健室へと運ぶ羽目になった。
◇◆◇
「上級生代表、稲村春太郎!」
結局フクちゃんはダウン。花菜に風邪を引かせた責任を取らされて俺が代表として喋る事になった。
「はい」
蒲ちゃんの紹介に声を張り上げる事もなく、やる気がなさそうに返事をして舞台上に上がる。
だってなあ、俺は花菜と比べると真面目でもなく生徒思いでもない。勉強するのもあくまで自分の為。それも恋愛だなんて極めて個人的な理由だ。おまけに帰宅部で学校にも貢献していない。あ、偏差値は多少上げてるか。
だから自分を尊敬すべき先輩だなんて、まさか微塵も思ってない。
そう、悪い見本。それが俺だ。
「ふあ~あ」
だからマイクに向かってあくびだってする。
チラリと蒲ちゃんを見るが、やれやれといった表情。怒って無さそうでホッとする。
「失礼しました。昨夜も遅くまで勉強をしていまして。私は頭の出来が良くないので、必死に勉強しないと全国統一模試10位が維持できないのです」
この後の話の説得力を増すために少しだけ自慢しておく。ま、花菜はこの間の模試で4位だったから全然威張る事じゃないんだけど。
「入学おめでとうございます。桜の花もちょうど満開で、とても晴れ晴れとした気持ちで校門を通られた事と思います」
花菜の書いた原稿はフクちゃんがダメにしてしまった。だからほとんどアドリブだ。
「本校は先輩方のご活躍のおかげで有数の進学校として名を馳せており、入学された皆様、また保護者の皆様におかれましても期待に胸を膨らませておられる事でしょう。また、先程の世界選手権で優勝した空手の
こういう堅苦しいのは苦手だ。大体そんなキャラじゃない。
「さて、今日から3年間、この学校で共に学んで行く訳ですが、先輩として皆さんにお願いがあります。それは頑張る理由を見つけて欲しいという事です」
勉強が好きな奴もたまにいる。まあ、実は俺も勉強自体が結構好きだったりするけど、何時間も机に向かっているのはやっぱりキツい。
「勉強というのは孤独で辛いものです。原動力がないと続けられません。新入生の皆には是非『理由』を見つけて欲しい。何でも構いません。立派な理由でも、人に言えない様な少々恥ずかしい理由でもいいと思います。医者になって人の命を救いたいとか省庁に入って国を動かしたいとかそういう立派な夢でもいい。はたまた、好きな女の子に振り向いてもらうなんてのでも、立派な『理由』です」
なんだ、これじゃ自分を正当化してるみたいだな。
「私が勉強している理由ってのはまさにそれでして、特になりたい物がある訳じゃなくて、ただ、好きな女の子に相応しくなりたいから必死に勉強をしてきました。これを不純と言うでしょうか?
ちっとも恥ずかしくなんかない。
誰にもバカになんてさせない。花菜への想いを不純だなんて言わせない。
「
結局、勉強なんて自分の為にするものだ。人に言われてやるものじゃない。
「真っ直ぐな思いは、きっとこれからの高校生活を照らしてくれる灯台の光となるでしょう。夢でもいい、恋でもいい。是非『理由』を見つけてください。その為に上級生446人一同、全力で応援します。共に、一緒に高校生活を楽しみましょう!」
最後にブレザーの襟を正し、申し訳程度にペコリと頭を下げて壇上を後にす……あ、忘れてた。
「すみません。最後に一つ、個人的なお願いを」
ここからは本当に個人的なお願いだ。演台の前に戻って再度口を開く。
「えーと、本来ここに立って挨拶をするハズだったのは杉野生徒会長という3年生の女子です。風邪を引いて欠席していますが、スーパーウーマンという呼び名がピッタリの成績も一番で運動も出来て人望もある女の子で、先程述べた私が勉強をする『理由』でもあります」
なんで入学式で全校生徒を前に好きな女の子が誰かを暴露してんだよ俺は。
「ふあ~あ」
照れ隠しにあくびを一つ挟む。なんか急に恥ずかしくなってきた。
「北部中学の卒業生はご存知かと思いますが、彼女はくしゃみが独特というか、初めて聞くときっと驚くと思います。だけど彼女自身はその事を知りません。だからどうか、そっと見守ってくださるようお願いします。苦情などありましたら3年1組稲村春太郎までお願いします」
新入生の後ろ、上級生達は皆ニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべていた。見守ってくれって言ったんだよ、ニラヲチしろとは言ってねえよ。
「えーと、以上です。本日は誠におめでとうございます」
改めて深くお辞儀をして自分の席に戻る。
蒲ちゃんの後ろを通った時、「ったくしょうがねえ奴だなお前は」なんて声がして内心ベロを出した。
◇◆◇◆◇
「はいあーん」
「あーん! パクッ、おーいし~!」
花菜の部屋。お見舞いに買ってきたふわとろプリンを花菜に食べさせてあげる。
ベッドの中で上半身を起こした花菜はほっぺが落ちそうになって、幸せそうな笑顔を俺にくれた。
熱はほとんど下がったみたいで食欲もあるらしい。
「ありがとね春太郎! ヒナからメール来てた。春太郎のスピーチがカッコ良かったって」
む、アイツどんなスピーチをしたか言ってないだろうな。
「どうだろう? 花菜の代わりが務まったかは疑問だけど」
「ううん、生徒目線で気持ちの伝わるスピーチをしてくれたと思う。私が喋るとガチガチのお堅い話になっちゃうから」
柔らかすぎるのも問題だと思うが、ま、たまにはあんな挨拶もいいだろ。
「生徒会長モードの花菜はカッコいいからね」
でも今、俺の前ではパジャマ姿で、世界一可愛い、幼馴染みモード。
「フフ、ありがと。ハッ、ハッ、『春太郎もカッコいいよ!』ハッ、『大好き!』」
特徴的なくしゃみの音。俺だけが嬉しくなる、俺の頑張る理由。今年こそ決めなきゃ。そう決意を新たにした、そんな春の日。
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