8ハクション 僕のヒロイン
今日もバイトです。あくびをする暇もありません。
べ、勉強はしてるよ! でもしょうがないじゃないか。花菜のお父さんにどうしてもって頼まれたんだから。
近所の大型ショッピングモール内、吹き抜けになったエスカレーター脇のイベントスペース。そこで「DV戦士ダメダンナー」のヒーローショーが行われるのだが、スタッフが足りないらしい。エリアマネージャーである花菜のお父さんから臨時スタッフとしてアルバイトを頼まれたのだ。おじさんの頼みは断れないし、それに花菜も一緒だ。引き受けない選択肢はない。そんなこんなで花菜と二人でバイトに来た訳である。
前面にデフォルメされたキャラクター、背中にロゴを大きくあしらったお揃いの黒のダメダンナーTシャツを着て俺と花菜は物販スペースを任されていた。胸には小さい子供が見てもわかるように「しゅんたろう」「はな」とひらがなで大きく書かれたネームプレートをつけている。
舞台横の長机にはダメダンナーグッズがずらりと並ぶ。
ダメダンナーぐい飲みが千円。
ダメダンナー電動鼻毛切りカッターが四千円。
ダメダンナーの奥さん、由紀乃の上半身マウスパッドが二千円……。
「売れるかっ!」
つい大声で突っ込んでしまった。
「ちょっと春太郎、まだお客さんいないからいいけど、人増えてきたら私語は厳禁だよ」
「ああ、ごめん。ちゃんと仕事するよ」
ダメダンナーだって仕事してねーじゃん!
心の底から出てきた言葉を喉元で押し留める。
よくこんな番組が日曜の朝に放送しているものだ。
「DV戦士ダメダンナー」はその名の通り、奥さんに日常的に暴力を奮う無職でギャンブル好きのクズみたいな男が正義のヒーローダメダンナーに変身して、悪の組織ホワイトキギョーと戦いを繰り広げる特撮ヒーロー物だ。
「俺には家庭を守る事は出来ない、だけど代わりに地球は守る!」がキメ台詞だ。
誰が考えたんだこんなクソ番組。子供に見せていいモンじゃないだろ。家庭は守れよ。それが男だろ。あとホワイトキギョーが悪の組織だったら是非世界征服してくれ。きっとこの国も住みやすくなる。
「ちょっとちょっと! どうなってんの? まだ来てないの?」
イベント会社のお偉いさんたちが右往左往していた。どうやら司会役のお姉さんが来ていないようなのだ。
とっくにリハーサルの時間なのだが、とりあえず司会抜きの着ぐるみ組だけでアクションの確認をする。しかし、リハーサルが終わってもお姉さんはまだ来ない。
「おいおいどうすんだよ。もう20分しかないよ! 代役はいないのか?」
「そう言われても若い連中は住宅展示場のショーの方に行っててここには俺達しか……」
業界人の様にピンクのセーターを肩に掛けたプロデューサー風のお偉いさんが部下に捲し立てるが、スタッフは俺達以外にはオッサンばかりでとてもじゃないが司会のお姉さんなんて出来そうにない。
「若い女の子若い女の子若い女の子……ん? あの子は?」
お偉いさんの視線が花菜に固定される。
「あの子はクライアントのお嬢さんですよ。人手が足りないって相談したらアルバイトとして紹介してくれたんです」
「クライアントの……? いや、しかし、もうこの子しか……」
ブツブツと自問自答していたが、やがて決意した表情で物販スペースに近付いてきて、恥も外聞もなく、その場で土下座をした。
「お願いします! 司会をやってください!」
「ええっ? 私、そんなのやった事ありませんよ!」
「大丈夫、原稿を読みながらで構わない! 穴を明ける訳にはいかないんだ! お願いします!」
最初は断る花菜だったが、初めて見る大人のガチ土下座の迫力に圧倒される。
「わ、わかりました。頑張ってみます」
「ありがとうございます!」
結局押しきられて、吹き抜けのイベントスペースにお偉いさんの絶叫じみたお礼がよく響いた。
◇◆◇
「よいこのみんなー! こんにちはー!」
ショーの開演時刻になり、イベントスペースは子供たちで溢れていた。特撮ヒーロー物だから男の子が多いが、ちらほらと女の子の姿もある。
思い出すな、花菜も小さい頃は俺の影響で魔法少女アニメよりも特撮物をよく見ていた。うちの父親に連れられて一緒に遊園地のショーも見に行ったっけ。
「「こんにちはー!!」」
花菜の挨拶に子供たちは大きな声で元気よく返してくれた。始まる前から会場のボルテージは最高潮だ。
「あれ~? 元気がないな~。もう一回行くよー! こんにちはー!」
「「「「こんにちはーーーー!!!!!!」」」」
一度目の挨拶も十分大きかったのだが、恐らく台本にもう一度と書いてあるのだろう。再度の挨拶を要求し、思わず耳を塞ぎたくなるほどの子供たちの声が会場を揺らした。
「みんな元気いっぱいで嬉しいな~! 今日は家庭の嫌な事全部忘れて楽しんじゃおうね~!」
幼児が家庭内でストレス溜めるかっ! スナックのママかよ!
「ほう、いいじゃないか。容姿も抜群だし、代役と言わずうちの会社に欲しいぐらいだ」
花菜が抜けた代わりに、物販スペースにはあのお偉いさんが入った。胸のネームプレートには「しゃちょ~」と書いてある。本当に人手が足りないようだ。花菜の司会っぷりに満足そうに頷いている。
「じゃあ皆でダメダンナーを呼んでみよう! せーの、の後に大きな声で呼んでね! いい? せーの、の後だよ? お姉さんがせーの、って言ったら皆も言うんだからね。よーし、今からせーのって言うからねー!」
はよ言えや!
「さんはい! ダメダンナー!」
せーのじゃないんかい!
「「「ダメダンナー!!!」」」
…………。
子供達が声を揃えて呼ぶが、ダメダンナーは出てこない。
花菜がわざとらしく「あれ? あれ?」と首を傾げながらスマホをいじる。
「あ、ダメダンナーからメールだ! 今お馬さんを見てるからちょっと遅れるんだって!」
それ競馬だろ。本当にクズだな。
「フハハハハ! ダメダンナーは来ないようだな! このイベント会場は我らホワイトキギョーが占拠する!」
「ノーザンギョ!」
高笑いをしながらお供の戦闘員を連れてホワイトキギョーの幹部、有休取得推進委員長が颯爽とステージに現れた。
有休取得推進委員長は白いスーツに白いハットを被ってステッキを持ち、バタフライの仮面をつけた怪しいマジシャンの様な怪人だ。しかしその心は社員への愛で満ち溢れている。
ちなみに「ノーザンギョ!」は黒タイツに身を包んだ戦闘員の掛け声である。
「イヤァァァァァアアアアアア!! ホワイトキギョーよ!!」
絶叫しすぎだろ。
「ワハハハ! 我らがこの星を征服した暁には無償残業のない世界にしてやるわ! 覚悟しておけ!」
覚悟どころか期待に胸が膨らむわ。
「助けて……! イヤよ、近くに来ないでええええ!」
鬼気迫る表情で首を振りイヤイヤする花菜。演技が迫真過ぎる。
「貴様も我がホワイトキギョーの軍門に下るがいい! 正規社員にしてやるぞ! 有休も年20日だ! どうだ!」
ホワイトキギョーに非正規の社員はいない。非正規社員を増やして利益を得た所で、庶民の所得が下がればやがて景気も下がる。景気が下がればいずれ世の全ての会社は潰れる。ホワイトキギョーは未来を見据える事が出来る悪の組織なのだ。
「イヤ! だって正規社員なんて責任が伴うじゃない! ある程度のお金でほんの少しの責任、それぐらいが丁度いいのよ!」
社会風刺が過ぎる。最近の幼児向け番組は言葉やテーマが難しいなあと感じてはいたが、まさかこんなに深い話だとは。ダメダンナーは意外に真面目な作品なのかもしれない。
「これからの社会を担う若者がそんな事でどうする! その性根を叩き直してやる! 戦闘員よ、やってしまえ!」
「ノーザンギョ!」
戦闘員が特徴的な掛け声と共に花菜に襲い掛かる。
花菜はたまらずヒーローの名前を叫んだ。
「イヤァ! 助けて! ダ……ハッ、ハッ、『私のヒーロー春太郎!』」
「春太郎……?」
有休取得推進委員長が間の抜けた声で花菜のくしゃみの音をオウム返しした。
「ハッ、ハッ、『助けて春太郎!』」
「ザ、ザンギョ?」
本来ならここで特撮ヒーローの名前を呼び満を持してダメダンナーが登場するのだが、さすがにこの状況でダメダンナーが出てくるわけにはいかない。
お陰で会場の時間は止まってしまう。
「あ、しゅんたろうだ!」
物販スペースの近くにいた男の子が俺のネームプレートを見て言った。
「ホントだ! しゅんたろうだー!」
「しゅんたろー! お姉ちゃんを助けて!」
は? 何でそうなるんだよ!
「「しゅんたろー! しゅんたろー!」」
巻き起こるしゅんたろうコール。会場のボルテージはマックスだ。
「イヤァァァァァ! 出来る訳ないじゃん!」
青ざめる俺の肩を社長がポンと叩いた。
「頼むよ春太郎君。子供達が望んでいる。私には舞台を守る事は出来ない、だけど子供達の夢は守りたいんだ!」
ダメダンナーのキメ台詞をもじって俺の背中を強く押した。勢いよくステージ上に飛び出す。
クソ! こうなりゃヤケだ。
「花菜から離れろホワイトキギョー! 有休取ってもやる事ねーんだよ!」
ビシッ! と人差し指をホワイトキギョーに向けて宣戦布告だ。
「春太郎? 何で春太郎が?」
くしゃみで俺に助けを求めた事に気が付いていない花菜にはどうして俺が舞台に上がってきたかがわからない。
しかし、もうどうにもならない。ホワイトキギョーの面々も俺に襲い掛かってくる。
見よう見まねでアクションの真似をする。
「春太郎パンチ! 春太郎キック!」
戦闘員をバッタバッタと倒していく。さすがプロだ。俺の何の変哲もないただのパンチでも一回転して派手にぶっ飛んでいくもんだから、さも俺がすごいように見える。
「すげーしゅんたろう!」
「いいぞしゅんたろう!」
しかし俺は一般人。有休取得推進委員長に視線を送り、どうにかアイコンタクトで狙いを伝える。
「あとは有休取得推進委員長、お前を倒すだけだ! 春太郎アターック!」
必殺技を叫びながら特攻する。俺の考えを読み取ってくれたのか、有休取得推進委員長はスッと俺の体当たりを避けると腹部に強烈な蹴りを放つ。
俺は腹部を押さえ悶絶し、たまらず助けを呼んだ。
「助けてくれ! ダメダンナー!!」
ここで流れる主題歌。
熱い歌をバックに
「よく耐えたな少年! あとは任せろ! DV戦士! ダメダンナーー!!」
本物のヒーローに後を託して舞台袖にハケる。何とか軌道修正に成功し、物販スペースから俺もヒーローの勇姿を応援するのだった。
◇◆◇◆◇
「はあ~疲れた」
帰りのバスの車内、花菜と並んでシートに体を預けて深いため息を吐いた。
「お疲れ様。フフ、大人気だったね春太郎」
ショーが終わった後、物販スペースにはグッズを求める列、というか俺に握手を求める子供達で大変な事になった。おかげであんなゴミグッズも完売、社長からもアルバイト代を大奮発され、これからもよろしくと名刺まで貰ってしまった。
「まさかあんな事になるとは思わなかったよ。まあ、楽しかったけどさ」
「私も楽しかった。本当に、まさか春太郎が10年前と同じ事するなんてね」
思い出した。そういえば怪人から花菜を助けるのは2回目だ。
「よく覚えてるな」
父親に連れてって貰ったショーで、怪人が観客の子供をランダムに選んで舞台上に拐うという演出があった。花菜が選ばれてしまって、怪人が花菜を抱き抱えようとしたのを俺が飛びついて止めたのだ。
「忘れる訳ないよ。あんなに必死になった春太郎初めてだったもん。嬉しかった。だからね、私にとってのヒーローはずっと春太郎なんだよ」
俺も同じだ。あの頃から、いや、初めて会った時から俺のヒロインは花菜だ。
「ねえ春太郎。これからも守ってくれる?」
花菜はいたずらっぽく微笑む。だから俺は真面目腐って、真剣な眼差しで答えた。
「守るよ。一生」
一瞬目を丸くして、すぐに花菜は噴き出した。
「プッ、そんなカッコつけないでよ。本気にしちゃうじゃない。私も疲れちゃった、ちょっと寝るね」
花菜は照れて、窓ガラスの方を向いて寝た振りをする。
だけどガラスに映った顔は真っ赤で、全然隠せてなかった。
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