4ハクション 仰げば恥ずかし

 眠……くない!


 今日は先輩方の卒業式だ。

 さすがに大あくびをする訳にもいかない。昨日は10時には布団に潜り込んでたっぷり9時間寝た。お陰で目もパッチリだ。


 静かに厳粛に、式は始まった。


 在校生の生徒達の先頭には愛しい幼馴染みの姿。送辞は勿論生徒会長の花菜が任されている。今日ばかりは彼女も顔にクリームを塗って、一枚500円もするぴったりフィットの高級マスクをつけて花粉対策も万全だ。


 中学の卒業式は本当に酷かったからな。もうあんな式はごめんだ。俺達の物ならともかく、先輩の晴れ舞台を思い出したくない黒歴史にはしたくない。



 俺達が主役の、中学の時の卒業式。

 3月の始め。まだまだ肌寒かったあの日。


 うっ、頭が……。

 未だに思い出すとトラウマだ。ま、恥ずかしい思いをしたのは他の誰でもない俺ただ一人だからいいんだけどさ。


 中学の卒業式では卒業生が在校生や先生、学校にお別れを言う「呼び掛け」が行われた。いわゆる、「僕達」「私達は」「卒業します!」みたいな、全員で言う部分もあったりソロパートもあったりという卒業式では定番のやつだ。


 もうお察しだろう。


 タイミング良く花菜のくしゃみが炸裂しまくったのだ。


 以下はそんな史上で最も壮大な愛の告白の想い出である。



 ◇◆◇◆◇



「僕達」

「私達は」

「今日」


「「卒業します」」


 中学校最後の日、俺は花菜の最後のセーラー服姿を目に焼き付けていた。同時に、北高のブレザーに身を包み今よりもグッと短くなったスカートの花菜を想像してにやけてしまう。呼び掛けでは俺もソロパートがある。緩んだ頬を軽く叩いて気を引き締める。


「春、ドキドキしながら校門をくぐった」


「「入学式!」」


 中学の入学式は花菜の方が背が高くて、一緒にいるとよく弟に間違われたりした。その度に花菜が全力で否定していたのを思い出す。あの頃はまだくしゃみも好きな食べ物を言ったりとかで、俺の事は何も言ってなかったんだよなあ。


「夏、みんなで囲んだ」


「「キャンプファイヤー!」」


 2年生の夏のキャンプ。夜の肝試しで花菜と一緒のペアになって、ビビりまくっていた花菜を落ち着かせようと手を繋いで暗い道を歩いた。思えばこの頃からお互い異性としてしか見えなくなっていたのだと思う。くしゃみも俺への想いを告げるようになっていた。


「秋、クラス一丸となって競った」


「「体育祭!」」「ハッ、ハッ……『春太郎祭り!』」


 いや何だよ春太郎祭りって。確かに3年の体育祭の借り物競争で、「大事なもの」というお題を引いた俺は他のものが浮かばなくて、つい花菜の手を引っ張ってゴールした。今思えばあの時に告白してれば良かったのかもしれないが、花菜にとっては体育祭というより春太郎祭りだったに違いない。


「冬、白い息を吐いてかよった」


「「登下校!」」「ハッ、『毎日春太郎と歩いた通学路!』」


 待て待て待て。

 まず原文がおかしい。冬の想い出が登下校って、何か他に無かったんかい。

 でもまあ、毎日花菜と通った通学路にも想い出が詰まっている。タバコ屋の前によくいる野良猫を撫でようとしたけど結局最後まで懐かなかったとか、台風の時に二人とも暴風警報が出てるの知らなくて横殴りの雨にびしょびしょになりながら行ったのに学校についたら誰もいなくて花菜と大笑いした事とか。そんな他愛もない、大切な想い出がいっぱい詰まっている。


「後輩達と過ごした」


「「一年間!」」


「更に後輩達と過ごした」


「「もう一年間!」」


 いやいやおかしいおかしい。これ考えた奴誰だよ。


「後輩達に伝えたい」


「「感謝の気持ち!」」「ハッ、ハッ、『春太郎の魅力!』」


 ただのノロケ話だよそれは。


「先生方に伝えたい」


「「感謝の気持ち!」」「ハッ、『春太郎は指が長くてセクシーなの!』」


「両親に伝えたい」


「「感謝の気持ち!」」「ハッ、『首の下の方に一本だけ生えてるはぐれ髭がスッゴいキュートなんだよ!』」


 流石に恥ずかしくなってきた。こういう細かい好きな所を挙げられるのはとても嬉しいけど、人の前で話す事かと言えばそうではない。大体これが男女逆で俺が花菜の魅力だと言って「右の脇腹に燦然と輝く、オリオンと名付けた3連黒子ぼくろ!」とか言ったら確実に事案だ。可愛い女の子が言うから許されるのであって、俺なんかが口にしたらキモいだけだ。え? 好きな女の子の黒子にオリオンとか名前つけるのは普通にキモいって? ほっといてくれ。


「私達の胸は希望で満ち溢れています」「ハッ、『胸だけは自信がないの! 春太郎に触って貰ったら大きくなるかなあ?』」


 ちょっとやめて。花菜さん下ネタはやめて。顔からは火が出そうになる。貧血持ちではないが、急に頭に血が上って血圧が下がったのかもしれない。なんだかクラクラしてきた。


「新しいステージでも、この学校で学んだ事を忘れません」


「「忘れません!」」


「どんな時も」


「決して諦めない事を」「ハッ、『春太郎を愛し続けることを』」


「「ここに誓います!」」


 もう殺してくれ。

 花菜のプロポーズみたいな愛の言葉に完全にのぼせてしまいフラフラと目眩がして、俺はその場に倒れてしまった。後の事はよく覚えていない。花菜が「春太郎? 春太郎大丈夫?」と大声で心配してくれたので保護者や来賓の人達にも俺が春太郎であると知れ渡り、花菜の両親がウチの両親に平謝りだったらしいとのちに聞いた。



 ◇◆◇◆◇



 花菜は両親からこっぴどく怒られたらしい。勿論くしゃみの内容については伏せて、「卒業式であんなにくしゃみをするもんじゃない!」と叱ったそうだ。

 あれ以来、静かにしなければならない式典では今日の様に伊達メガネとマスクの完全防備で臨む事にしているようだ。


「送辞。在校生代表、杉野花菜」


「はい!」


 スッと立ち上がり、演台へと歩いていく。

 歩く姿は百合の花なんて言葉があるけど、花菜はまさしくそれで、背筋はピンと伸びて、真っ直ぐ前を見据え、美しかった。

 演台の前に立ち、深々と頭を下げて、流石に失礼だと思ったのかマスクを外した。


「冬の厳しさは春のひだまりに姿を変えて、キラキラと、今日という日を照らしています。先輩方、そして保護者の皆様、卒業おめでとうございます」


 凛々しい幼馴染みの姿に思わず溜め息が出そうになった。カリスマの放つ声は耳に心地好くて、それこそ春の陽光の様だった。

 

 来年、俺達が卒業する時、幼馴染みの関係も卒業出来てるといいな、そう思った。

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