07話.[同じ反応になる]

 ずるい、と言われても困ってしまう。

 別にこそこそとそういうことをしたわけではないからだ。

 事実、口止めをしなかったからその情報が本人からいっているわけで。


「あれはお礼だったんだよ、由愛が求めてきたから付いていっただけで」

「本人から全部聞いたよ」

「それなら信じてよ、嘉代に隠そうとしたわけじゃないんだから」


 冷えてきたからタオルを貸してもらってちゃんと拭いていく。

 服を着、ズボンを履き、戻ろうと口にしてから部屋に戻る。

 今日はもう十分母と話したから大丈夫、あとはのんびりベッドの上で過ごせばいい。

 大体、嘉代や由愛が近づいてきてくれる理由はまだ分からないままだ。

 弱いからというわけではないことは分かったけど、それ以上の理由がないから。

 だって私の完全上位互換的な存在が友達で、そしてこんなに近くにいるんだよ?

 じゃあそっちを求めればいい、誰だってそういう風に行動するはずなのに何故という感じだ。


「なら一緒に寝てもいいの?」

「一緒に寝たじゃん、あのふたりに内緒で朝まで」

「ん……ごめん、疑って」

「いいから転ぼう、布団の中に入っていないとまた風邪を引いちゃうから」


 なるべく距離を感じさせないような感じで寝転ぶ。


「お姉ちゃんがいるのにいいの?」

「なんで聖のことを言うの?」

「だってさ、お姉ちゃんの方が魅力的だから」

「いいんだよそんなこと」


 これ、まだあんまり回復していないようだ。

 布団が冷たいのもあるだろうけど態度が冷たく感じる。

 今日は彼女の方が背を向けて寝始めてしまった。

 これを見つめたままというのも悲しいから私も反対を向いて寝ることに。

 こういう場合に姉のことを出すのは当然だ、こっちに来るメリットがないから。

 なのに出ていくつもりはないらしくそのまま静かな寝息を立て始めた。

 私はこの状態で寝られるようなメンタルはしていないからベッドから下りる。

 ある意味母より相手をするのが難しい、由愛だったらこの場合ストレートにぶつけてくれるんだけどな。

 なにをどうしてほしいのか、それをはっきり言ってくれないと姉と違って優秀ではないから駄目なのだ。

 一応、知り合ってからそこそこの時間を積み重ねているのに気づいてくれていないのだろうか。

 それとも期待しておけば私が姉みたいに優秀人間になるとでも考えているのか?

 ありえない、両親にすら愛想尽かされた人間なんだから。


「楓」

「えっ」


 まさかのまさか、突っ立って考え事をしていたら話しかけられてしまった。

 物理的接触をしたというわけでもないのに心臓が口から飛び出そうになって慌てて押さえる。


「……由愛のことが好きなの?」

「そもそも私達はまだそういう領域にすら……」

「聖が好きなの?」

「お姉ちゃんのことは前よりは好きだよ」

「じゃああたしは?」


 嘉代は最初から一緒にいてくれた。

 多分、可哀相とかそういうのが多く占めていたんだろうけど、そうじゃないって分かった。

 でも、いきなり聞かれても困ってしまう。

 だってさ、仮にここで好きだと言っても受け入れてくれるとは思わないもん。


「いいから寝なよ、私はトイレに行こうとしていただけだから」

「……逃げないのよね?」

「逃げないよ、私は嘉代達から逃げない」


 両親からも逃げない、真っ直ぐにぶつかる。

 もう少し前までの自分とは違うのだから。




「え、お母さんに怒られた?」

「うん……本当にむかつくあいつっ」


 珍しく放課後に残って話をしていたらそんな話題に変わった。

 専業主婦の母に困ってしまっているらしい。

 あと、そのままこっちの家に住むとか言い出して彼女の家に行くことになった。


「ちょっと、出ていくつもりなの?」

「そうだよっ、あんたがうるさいから出ていってやるのっ」


 怖い顔の彼女を見たのは久しぶりだ。

 でも、見ていて気持ちのいい感じではない。


「あの、少しいいですか?」


 彼女が荷物をまとめている間に話をさせてもらうことに。


「とりあえず、1ヶ月ぐらいそっとしてあげてくれませんかね」

「1ヶ月って簡単に言うけど食費とかはどうするの? そもそも住めるところなんてあるの?」

「許可をしてくれれば私の家なら大丈夫ですから」


 最近はそれなりの態度で接してくれるようになったから頼み込めば大丈夫なはずだ。

 それになにより、姉だってこの状況であれば同じように動くに違いないから。


「子どもだから分かってないだけ、色々な費用だってかかるんだから!」

「そ、それでも一緒にいてくれている由愛さんが楽しそうにしてくれている方がいいですから!」

「……ここじゃ楽しく生きられないって言いたいの?」

「いえ……そういうわけでは」

「あなたの言っていることはつまりそういうことでしょ!」


 もう由愛が準備を終えて玄関にいることは分かっている。

 恐らくこういうときのためにある程度はしていたんだろう、だからこんなに早くに下りてきたわけだ。


「いえ、やっぱりそうです、ここでは息苦しかったんだと思います」

「勝手なこと言わないで! 大体、あなたはなんなのよ!」

「由愛さんのただの後輩です、だけど由愛さんはこんな私にも優しくしてくれました、だからこそ困っているようなら私がなにかをしてあげたいって考えるのはおかしいことですか?」


 ここで感情的になってはいけない、勢いだけで片付けるのもいけない。

 ちゃんともやもやが残らない形で終わらせなければ駄目なんだ。


「由愛さんのことは任せてください、私だけでなく姉や両親だって――」

「馬鹿! もう勝手にしなさい!」


 由愛のお母さんはこちらを叩いてから反対を向いてしまった。

 痛みとかどうでも良かった、ちゃんと言いたいことを言ってからじゃないと駄目だから。


「えっと……姉や両親だっていてくれますから」

「勝手にしなさいって言ってるでしょ!」

「それじゃ……し、失礼します、由愛さんのことは任せてください」


 自分にできることをなんでもすれば両親も許してくれることだろう。

 困っているということだったら姉だって一緒になって説得してくれるはずだ。

 だって友達だもん、見捨てられないよねという話で。

 玄関のところにいた由愛の腕を掴んで外に出る。


「ごめん、なんか余計に悪化させちゃったかも」


 歩きながら謝った、ずるいけど自分のために謝罪をさせてもらった。

 彼女はなにも言わなかった、それは家に着いてからも同じことで。


「――というわけなんだけど、いいかな?」

「はぁ……そういうことなら先に連絡しなさいよ」

「ご、ごめんなさい……私もこうなるとは思わなくて」


 母の呆れたような顔が正直に言って最高に怖い。


「けど、後悔はしていないよ、由愛は私とちょっと似ているから」

「まあいいわ、お父さんには私から話しておくから」

「ありがとう!」


 なんかスムーズにいきすぎで逆に怖いけど結果オーライ。

 求められていないだろうけど由愛の代わりに定期的に池田家には行くつもりだから大丈夫なはずだ。

 とりあえず黙ったままの由愛は部屋にでも入れておきたいと思う。

 んー、私が姉だったらもっと明るいまま終われたんだけどなあ。


「ほら、座って」


 幸い、言うことを聞いてくれるのはありがたい。


「由愛も住むの?」

「うん、そういうことになったよ」

「その割には由愛は固まっているようだけれど」

「あー、私が下手くそだったからさ、余計に親子関係が悪化したかもしれないからさ」

「でも、友達のために動けたのは素晴らしいわ」


 昔は困っていたときに誰も助けてくれなかった。

 最初はなんでって、薄情だって考えていたけど、その考えも変わって。

 私なんか助けてもらえるはずない、資格がないとそういう風に片付けて。

 実際、そのときは期待なんてしてないからいいだなんて言えるけど、ひとりを感じるとどうしようもなくて。

 でもだからこそ、困っている人がいたらなにかしてあげたかったんだ。

 相手が両親や姉でどうしようもなかったから同じような問題で悩んでいる由愛にはね。


「ご飯が出来たら呼ぶわ」

「うん、お願いね」


 けどこれって同情とかそういうのなのかな。

 自分がされたくないことを今回はしてしまったのかもしれない。

 勝手に1ヶ月なんて期間に設定してしまったのは自分だからだ。

 いや、何回も言うけど別に後悔はしていない!


「先にお風呂に入っちゃ――どうしたの?」


 そんな頬に触れたってぷにぷにしてないけど。

 しかも割とすぐに「うぅ……」って泣き始めてしまったではないか。

 嬉し泣き……ではないよね、ぷにぷにしていなくて泣いているというわけでもないだろうし。


「ぐすっ……私のせいで楓ちゃんが叩かれちゃった……」

「ああ、気にしなくていいんだよ、これまでの方が辛かったしね」


 毎日夜遅くまで外で時間をつぶして、ご飯とかも全部自分で作って食べて。

 追い焚きなんかは禁止されていたから冷たいお風呂に入って、寒いから布団にこもって寝ていた。

 部屋についてはなにも禁止されていなかったから良かった、流石になにもかもを利用させないというのは親の立場として気が引けたんだろう。それかもしくは、単なる法律で虐待が禁止されていたからかもしれない。

 まあどっちかは分からないからともかくとして、私は今日もこうして元気に過ごせている。

 だからこそ私のために動いてくれた友達のために動けたんだ、やっぱり感謝しかないな。


「お風呂に行こ」

「うん……」


 少し前までの自分と彼女が逆になったみたいだ。

 動こうとしないから髪を洗ったり体を洗ったりは勝手にやらせてもらう。

 湯船に入ってもらっている間に自分のも洗って温かい湯船に私も入った。

 幸せだ、ただ温かいというだけで本当に最高だ。

 隣にはちょっと暗いままだけど由愛がいて……あ。


「出るね、由愛はゆっくり入ってて」

「うん……」


 今日は適当に拭いて部屋に戻る。


「もしもし?」

「嘉代、今日から由愛が住むことになったよ」

「え……」


 こそこそしたいわけじゃない、いらないだろうけど報告が必要だと思ったんだ。

 色々と矢継ぎ早に聞いてきたからひとつひとつ逃げずに答えていく。

 疑ってほしくない、信じていてほしい。


「そうなんだ」

「うん、言わなきゃいけないなって思ったの」

「教えてくれてありがとう」

「うん」


 やましいことはなにもしていないんだからいいよね。

 どうせ情報はすぐにいく、姉もいるし由愛だっているんだから。

 そのふたりと友達である嘉代の耳に入るのも時間の問題なんだから教えてしまえばいい。


「楓のベッドで寝るの?」

「ど、どうだろうね……」

「ははは、どうせ楓のベッドで寝るんでしょ」


 まあ、お客さんを床で寝かせたりなんかできないし。

 しかも季節が悪い、夏とかならまだしもね。


「いまから行っていい? テントで寝ようよ」

「あれ、実際は凄く寒いよ?」


 寝袋はふたつあるから問題もない。

 それに実際そうしてみたかったから悪くない提案だった。


「それでもいいよ、したことがないからさ」

「分かった、じゃあまたあの公園でね」

「駄目、あたしが家に行くからそれまで出ないで、あと通話は続けたままにして」

「わ、分かった、気をつけてね」

「うん、じゃあいまから行くよ」


 逆らう必要もないからと通話状態のままポケットにしまう。

 で、下に行こうとしたら由愛が丁度上がってくるところだった。


「……どこかに行くの?」

「うん、嘉代とテントで寝ようって」

「え……じゃあ私ひとり?」

「お姉ちゃんと寝てくれないかな、さっきといいごめんね」

「やだ、楓ちゃんといたいもん」


 困ったぞ、寝袋はふたつしかないしこのまま彼女を放っておくわけにも……。

 でも、嘉代と約束がある、それにあの家からこっちに来られただけで今日は満足してほしい。


「嘉代と約束が――」

「好きっ」


 これまでの中で1番強く抱きしめつつ……好きなんて言うなんて。


「そ、それでも約束をしたからっ」


 押したりなんかはしない、あくまで情に訴えるという感じで頑張る。


「嘉代が好きなの?」

「約束があるから」

「……分かった、でも、必ず答えは聞かせてほしい」

「うん、分かった」


 とりあえずこちらは姉や母に事情を説明してからテント設営を開始。

 すっごくでかいというわけでもないから嘉代が来る前に終えることができた。


「あ、中で待っていれば良かったのに」

「ううん、いまテントを設営したところだったから」


 ふたりぐらいは寝られる大きさがある。

 寝袋を家の中から持ってきて、飲み物とかお菓子とか持ってくれば準備完了。


「あ、通話を切らなきゃ」

「あ、そういえばそうだね」


 にしても好きって……いやでも今回はちょっと役に立てたからな。

 単純とは言えない、単純なのは寧ろ自分の方だし。


「はい、ポッチー」

「あむ――うん、美味しい」


 もちろん、好かれたくてやったわけではない。

 支えてくれたから私もって行動しただけだった。

 この嘉代の反応を見るに、聞こえなかったのかな。

 まあでもいいや、これは私だけが知っていればいいことなんだから。


「寒くない?」

「もう寝袋に入ろうか」

「うん、そうだね」


 ちなみに何気に電気もあるから相手の顔がよく見える。

 彼女は寒い中歩いてきたからなのか耳が赤かった。

 だから冷たいかもしれないと言ってから両手で両耳に触れる。


「楓の手は冷たいし逆効果じゃないこれ」

「大丈夫、すぐに暖かくなるよ」


 このタイミングだからこそなのかな。

 私が嘉代とそれこそこそこそとやり取りをしているから焦ったのかな。

 嘉代も嘉代でこの前の雰囲気はおかしかったからなにもないとは言えない。

 しかも自分の意思で言わなければならないと、この人にだけは信じていてほしいって行動してしまった。

 いまだって好きって言ってくれたのに嘉代と約束があるからと大して考えず……。


「由愛のこと考えているわよね」

「あ……」

「聞こえていたわ」


 要所で喋り方を変えるのも気持ちが込められている気がする。


「あたしは由愛にも聖にも桜にも楓を取ってほしくないわ」

「え、それって……」

「あたしも好きよ」


 それこそなにもしてあげれていないのに?

 彼女には支えられてばかりだった、最初から、そしていまもそう。

 でもそれを言ったら「いてくれればいい」と答えられて両頬を両手で挟まれしまう。

 彼女の手は限りなく温かった、なんだか凄くほっとする感じ。


「幸い、まだ時間は沢山あるわ、いっぱい考えてくれればいいから」

「うん……」

「今日はもう寝よう」


 相変わらず彼女はすぐに寝られて羨ましかった。

 けど、ふたりから告白された自分としては当然すぐには寝れずにほぼ徹夜状態になったのは言うまでもなく。


「おはよ……」

「ふっ、なにその顔」

「うん……先に中に行ってるね」


 そうしたら玄関のところで由愛と出くわした。


「お、おはよっ」

「うん、おはよう由愛」

「あ、ご飯、作ってくれているからみんなで食べよ」

「うん、食べよ」


 そういえば当たり前のように嘉代と寝ることになったな。

 そして当たり前のようにこちらは朝まで寝られなかったんだけど。


「……昨日、どうだった?」

「告白された」

「え……」


 どうしても同じ反応になるよなあ。

 嘉代が来たから話を終えることにして洗面所に直行。

 顔を洗ったら少し眠気がすっきりしたし、歯を磨いたらかなり気持ちが楽になった。

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