18作品目

08話.[そういうことに]

「んー……」

「楓ちゃんどうしたの？」

「あ、桜ちゃん、いやこれはちょっとねー」

　とはいえ、このままだと埒が明かないのは確か。

　あくまで自分ではないことを念押ししたうえで彼女に説明させてもらった。

「え、ふたりから告白された人がいる！？　それはなんと羨ましいことか！」

「でも、困りそうじゃない？　ふたりとも魅力的な人達だからさ」

「あー、確かにね、そうかもしれない」

　どうしたってどちらかの悲しそうな顔を見なければならなくなる。

　強そうな嘉代ならともかくとして、意外な脆さを見せつけてくれた由愛がなあ。

　だからって由愛のを受け入れるとかそんな決定方法は選ばないけど、うーん、困ったものだ。

「楓ちゃん」

「ん？　あ、由愛来たんだ」

「うん、ちょっといいかな？」

「分かった。桜ちゃん、また後でね」

「分かった」

　さて、彼女はなにを言ってくるのか。

　昨日みたいにやだとかって可愛らしいわがままを言ってくるのだろうか。

　一緒にいるぐらいならいくらでもするけどね、それがいま唯一できることだから。

「で、いきなりこれ？」

「……だって嘉代に取られたくないから」

　由愛はまだ分かるとして、嘉代はどこを好きになってくれたのかが不明だから困る。

　小さいから？　姉に少し似ているから？　でも、それなら姉本人を狙った方がいい。

　ちゃんと相手をしていたから……なんてことはないだろうし困るぞ。

「というかさ、なんで嘉代に言われたときにすぐに受け入れなかったの？」

「だって由愛から言われた後だったから、それに適当に対応しちゃったしさ」

　泣いていた彼女をそのまま放置して約束があるからと外に飛び出てしまった。

　いまだから言えるけど困惑の方が大きすぎて逃げ出したかったぐらい。

　誰かから求められたのは正直に言って初めてというのも大きかった。

「え、私のため……？」

「受け入れるかは分からないよ？　けど、あの場で出せるようなことじゃなかったんだよ」

　私は確かに嘉代に疑われたくない、信じてほしいって行動していた。

　だから聞かれたことにはちゃんと返事をしたし、求められれば一緒に寝ることだってした。

　でも、贅沢かもしれないけど好きになった理由というやつを聞いてからでなければ答えられないのだ。

「それでも嬉しいよ、一応意識してくれているってことだよね？」

「そりゃ……好きだなんて言われたらそうでしょ」

　ふたりに言われたからというのもあって朝まで寝られなかったんだから。

　いますっごく眠たい、油断しているとすぐに瞼が……すぴー。

「由愛……ちょっと寝ていい？」

「いいよ、あ、膝を貸してあげる」

「いや、ちょっと寝るだけだから」

　とにかくそういうのは由愛だと決めてからでなければ駄目だ。

　私達はそうでなくても接触が多かったから気をつけなければならない。

「こっちが頭を撫でるのはいい？」

「うん、それはいいけど」

　ふぅ、なんか最初の頃を思い出して懐かしくなるな。

　寂しさや空腹感を紛らわすために転んでいたところにふたりが来てくれたんだよなあと。

　私は敵だと考えていて疑っていたけど、最初からふたりは優しかった。

「ありがとね、私のために一生懸命になってくれて」

「話し合いもせずに出ていくのは良くないと思ったから」

　……もし断ったら家に戻ってしまうかもしれない。

　振ってきた相手なんかと一緒にいたくないもんね。

　でも、やっぱりそういうのを理由にして受け入れるのは違う。

「まさか昨日泣いちゃうなんて思わなくてさ」

「……私のせいで叩かれちゃったから」

　全く痛くはなかった。

　それどころか珍しく自分が誰かのために動けているということが嬉しかった。

　それで嬉しそうにしてくれたということが更に嬉しいという感じ。

　まあ、由愛はずっと好きだと言うまで暗かったんだけどさ。

「でもさ、なんか良くない？　それで実際に由愛はこっちに暮らせてるんだから」

「あ……仮に振られたとしてもいさせてもらうからね」

「え、そうなの？　私はいてくれればいいけどね」

　じゃあそういうことはとりあえず意識から外せばいいのか。

　由愛の笑った顔も嘉代の笑った顔もどっちも好きなんだよなあ。

　怖い一面もあれはただ強がっているだけというか、装っているだけだと私は気づいた。

　……昨日の泣き顔は本当にインパクトがあったな、可愛らしい顔だから尚更かもしれない。

　嘉代はどちらかと言うと綺麗な顔をしているから柔らかい表情のときは本当に魅力的だし、怖い表情のときは少しだけ話しかけにくくなるぐらいの迫力がある。

　やっぱりどっちも魅力的なんだよなあ、なんでそんなふたりが求めてくるのかって言いたくなるな。

　って、全然寝られんぞ、なんのために転がっているのかが分からなくなってくるぞ。

「あ、ここにいたのね」

「聖」

　姉がやって来た。

　姉は私の横に座ると同じように頭を撫でてくる。

　ハーレムか？　ハーレムなのか？　……いいことばかりでもないって今回初めて知ったからあれだけど。

「あなた昨日寝られなかったのでしょう？　隠しても無駄よ」

「うん、ふたりから告白されてさ」

　嘉代の真剣な感じの顔もあれなんだよなあ。

　いつも通りだったからこそ、余計に印象に残ったというかなんというか。

「すごい話ね、私だって同時にふたりから求められたことはないわよ」

　どうせ他の人とは違って間隔は空いていても何度も告白されているのだと思う。

　そういうのも余裕そうな感じに見える理由のひとつなんだろうと考えていた。

「膝を貸してあげるわ、そのままだと痛いでしょう？」

「じゃあお願いしようかな」

　体重を預けさせてもらったらその柔らかさを前にすぐに負けそうになった。

　瞼がいよいよくっつきそうになって、頭を撫でられているのもあって流れに任せて。

　予鈴がなるまで寝ていた、これからも引き続き契約したいぐらいの最高級枕だった。

「ふぁぁ……」

「続きは放課後にしましょう」

「それなら家に帰ってすぐに寝るよ」

「ふふ、そうね、その方がいいわね」

　いきなりの変化すぎて脳が追いついていない。

　これまで誰からも求められてこなかった人生だ。

　だからこそ時間だけは沢山あって、色々と工夫して毎日を過ごしていた。

　けれどいまは違う、ふたりの魅力的な人から求められて、しかも自分が選ぶ立場でいる。

　これまでが微妙すぎたから神様が優しくしてくれたかなと考えてしまうぐらいには意外な結果だった。

「か、嘉代、もう帰って寝たいんだけど……」

「まだいいでしょ、聞けば由愛の相手ばっかりしていたって言うし」

　だ、誰から聞いたんだその情報は。

　ま、まあいい、急いで帰っても確かになにかがあるというわけでもないからしょうがない。

「それに寝ればいいよ」

「あ、じゃあちょっと寝させてもらおうかな」

　ジャージの上着をかけて寝ていれば風邪を引くこともない。

　にしても、冗談とかじゃやっぱりないようだ。

　彼女がこちらを見るときの顔はとても柔らかい感じ。

　笑みを浮かべているわけではないけどとっつきづらくはない。

「あたしを好きになって」

「嘉代はどこを好きになってくれたの？」

「健気なところ、誰かを馬鹿にしたりしないで力になってあげられるところ」

　け、健気かあ？　それに誰かを馬鹿にしないなんて姉も由愛も嘉代も同じことだ。

　けど、彼女にとってはそういうところをいいと感じてくれたってことなんだよね。

「あたしをがっかりさせないために聖にお金を借りてきたりしてくれたでしょ、そういうのが好印象」

「甘いものを食べたいって嘉代は言っていたから」

「うん、その後に苦い思いを味わわせてくれたのも楓だけどね」

　あまりに良すぎる人だったから私のことで時間を無駄に使ってほしくなかった。

　けれど由愛や姉が多くいてくれるようになって、嘉代だけ遠ざけるのは違うと考え直した結果がこれだ。

「やっぱりいまからまたパフェを食べに行こ」

「あー……お金がなくて」

「大丈夫、あたしが家にあるやつで作ってあげるから」

　そんなことをしたら由愛や姉及び母にちくりと言葉で刺されてしまう。

　それでもこちらの腕を掴んでもう連れて行く気満々だったし、なんなら泊めるつもりなのがすぐに分かる。

　それならばと着替えを持ってからじゃないと駄目だ、最低でも下着がないと困ってしまうから。

「それなら私も行くっ」

「駄目だよ、由愛は最近楓を独占しすぎっ」

「昨日は我慢したからっ」

「はぁ、それでも駄目、ここに住ませてもらっているんだから」

　ああ……由愛のあの悲しそうな顔を見ていると強気には出られなくなる。

　だからここは変に口を挟まないことにした。

「楓ちゃん……」

「あー、嘉代、こっちで作ることってできる？」

「はぁ……分かった、じゃあ材料を持ってくるよ」

　危ないから付いていくことに。

「由愛に甘すぎ、由愛が好きなの？」

「由愛のあの泣きそうな顔を見るとね……」

　結局のところ私にとってはふたりのどちらを選んでもいい生活が始まるわけだ。

　でも、由愛の方は振られた後にやけになって家に帰るとか言い出しかねない。

「受け入れるつもりならそれでいいんだけどね」

「んー……だからってそれで判断するのもね」

「あたしだって嫌よ、そこで判断されてしまうのはね」

　いまでも手を繋ぐことには変わらなかった。

　彼女の手は昨日と同じですっごく温かい。

「あのさっ」

「アイスとか取ってくるわ」

「あ、うん」

　もし由愛の告白を受け入れるって言ったら嘉代はどうするんだろう。

　もうこれ以上は来てくれなくなっちゃうのかな？

　なら大丈夫だと判断して他の子のために使おうとするかもしれない。

「戻ろっか」

「ねえっ」

「なに？」

　言いづらいぞこれ……だって試すようなことをしているのと同じだし。

「もし私が受け入れられないって言ったらどこかに行っちゃうの？」

「別にそんなことはしないわ、聖や楓とは友達なんだから」

「そ、そっか」

　ふぅ、これなら後は私が受け入れたい方に返事をすればいいと。

　こういうときに姉だったらすぱっと決めてあげられるんだけどね。

「ただ、由愛を恨むかもしれないわね」

「え」

「あははっ、冗談！」

　とりあえずいまはパフェだ、甘いものを食べてお風呂に入って早く寝たい。

　いまのまま考え続けてもきっと出ない、睡眠不足で風邪を引いても馬鹿らしいし。

「おぉ、手作りパフェ！」

「はぁ、なんで夜ご飯の前に食べようとするのよ」

「あ、聖の言う通りか……」

　そういうことでご飯を食べた後に食べることになった。

　で、実際姉が作ってくれたご飯の後に食べていたんだけど。

「うんま～いっ」

「ふふ、少し大袈裟だけど由愛と同意見だわ」

　……可愛い、幸せそうに味わっているところがいい。

　嘉代は嘉代で満足そうな顔でそんな由愛達を見ていた。

　とりあえず夜ご飯を食べたことで眠気がＭＡＸになったからささっと入浴を済ませてもらう。

　今日はとにかく早く部屋に戻って布団にこもった、そしてあっという間に寝たと思う。

「楓ちゃん入るよ～……」

　何時間ぐらい経った頃だろうか、横にいい匂いの由愛が来たのは。

　彼女はゆっくりとした動作で布団の中に入ってくる。

　こちらが寝ていると思っているのか、そもそもなにもしないと決めているのか反対側を向いてしまった。

　さっきの笑顔を思い出して、今度はもっと近くで見たいと考えてしまう自分。

　そのためにはまずこちらを向いてもらわなければならない、ここは偶然を装ってしまおう。

「わっ、か、楓ちゃん……？」

「……さっきの笑顔、もっと見せて」

「さ、さっきの笑顔？」

「嘉代が作ってくれたパフェを食べていたときの笑顔」

　背後から抱きしめたままだと不可能だから離す。

　彼女はぎこちなかったもののこちらを向いてくれた。

「えーっと、こう？」

「駄目、やり直し」

「えと……い～」

「可愛いけど駄目」

「そう言われても……」

　……こうして自分から抱きしめてしまった時点で答えは出ているようなもの。

　でも、ちゃんと笑顔を見られてからでないと答えることはできない。

「じゃあこうっ、どやあ！　わぁ！？」

　そのまま正面から抱きしめて少し静かにさせた。

　……嘉代には悪いけど、あれだけ支えてくれたのにあれだけど、いや、堂々といるべきだ。

　選ぶ立場にいられたのは確かだ、二択ならどちらかが選ばれないのはしょうがないこと。

「好き」

「えっ、ええ！？」

「嘉代には明日ちゃんと言っておくから」

　ただ一緒に甘いものを食べに行っただけじゃお礼にならないから考えないと。

　これを言うタイミングは考えなければならないけどね、それよりも前にちゃんと言わないといけないから。

「なんで！？　普通こうなったら嘉代を選ぶでしょっ、動いてもらうしかなかった私じゃなくてっ」

「おやすみ」

「楓ちゃん！」

　言うのなら放課後だよね。

　朝から嫌な気分にさせるのは違うと思うから。

　私への好意が勘違いだなんて言うつもりはないけど、いい気分にはならないだろうからさ……。

　これは自分のためでもある、放課後なら言い逃げをできるからだった。

「へえ、由愛に決めたんだ」

「うん」

　放課後、由愛にも姉にも先に帰ってもらった後にぶつけていた。

　あのふたりがいると甘えたくなってしまうからというのがある。

　が、それよりもこれは私と嘉代だけで片付けることだと思ったからだ。

「そっか、おめでとう」

「ありがとう」

　彼女は握手を求めてきたからそのまま握らせてもらう。

　残念ながらすぐに離すことができず、こちらはそのまま抱きしめられていた。

「友達をやめたりしないから」

「うん」

「楓と由愛が幸せならそれでいいわ、帰るわよ」

「うん」

　割とすぐに解放されて家に帰ることに。

　そうしたら途中のところで由愛が待っていることに気づいた。

「由愛、おめでとう」

「あ、ありがとう」

「でも、由愛は許さないけどね」

「え、えぇ……」

　そんなことを言いながらも彼女の腕を掴んで歩いていく嘉代。

　あったりまえのように私の家の外で「早くー」と口にしているだけ。

　鍵を開けたらリビングの床に寝転んでいた、由愛の腕はまた掴んだまま。

「あのー、私はなんで確保されたままなので？」

「罰だよ、今日はずっと離さない、そうすれば楓と寝られないでしょ？」

「えっ、や、やだっ、楓ちゃんと寝たいっ」

「大体あんたは贅沢なのよ！　ベッドでアピールしやがって！」

「や、やらしい言い方をしないでっ、昨日抱きしめてきたのは楓ちゃんなんだから！」

　その発言により嘉代の冷たい視線がこちらを突き刺す。

　が、飲み物を用意していなかったことを思い出した私はそれの準備のために攻撃を回避。

「接触を仕掛けるなんてずるいじゃん」

「あれっ、なんか私が対象になってる！？」

「あたしには自分から触れなかったくせに最低」

　一応、考えて行動していたんだ。

　あのときは既に……決めていたからしょうがなかったんだ。

　だって変な遠慮をしてしまいそうなテンションだったし。

「大丈夫、今日はずっと離さないであげるから、あたし達はふたりで寝たんだし問題もないわよね」

「ま、まあ、いいけどさ」

「うん、楓がこう言っているんだからいるしかないわよね」

　怖いけどこれぐらいは仕方がないと思う。

　泣かれるのが１番嫌だからある程度は好きにしてくれれば良かった。