05話.[じゃあいまから]

 少しずつ変えていかなければならない。

 待っているだけではなにも変わらない。

 うーんただ、周りの子が変わってくれるわけではないことはすぐに分かった。

 幸い悪口は言われなくなったけど、話しかけようとすると避けられる避けられる。


「私はお姉ちゃんの妹なのになんでぇ……」


 いまはなにもかもしっかりしているのになんで。

 不快に思われないように清潔にしているし、なんなら姉と同じシャンプーを使っているからいい匂いだし、決して悪目立ちをしているわけでもないし、他人の悪口を言っているわけでもないし、なんならあれから姉がちゃんとしてくれているからび、美少女に近づいているんだよ。

 あ、快適な生活に戻りつつあって調子に乗っているところは確かにあるかもしれない。

 だって学校が終わったらすぐに家に帰っちゃうし、寒くて仕方がなかったらお風呂に入ってしまうからね。


「聖の妹だからじゃないかな~」

「それで近づいてくれても良くないですか……」


 少なくとも相手を不快にさせないように意識して行動している。

 求めてくれれば送り迎えだってするし、マッサージだってする。

 でも、そもそも話しかけてくれないのであればそういうこともできないわけだ。


「だから私は近づいてるでしょー、ぎゅー」

「わぷっ」

「どうせなら嘉代にも来てって言おうよ」

「……もう来てくれませんよ」

「大丈夫っ、私に任せて!」


 由愛先輩はいつでも明るくていいな。

 私もこれぐらいの明るさがあれば人気になっていいなあ~って言ってもらえるかもしれない。


「楓ちゃんっ」

「お、押すなっ」

「いいからいいからっ、楓ちゃんが求めているからっ」


 ああ、目の前に大原先輩がいる。

 ど、どうしたらいい、逃げることは不可能で。

 先輩もどこか困ったような表情でこちらを見ているだけ。


「あ、あの」

「う、うん」

「この前、あんなことを言っておいてあれなのですが……その、一緒にいたいです」


 姉や由愛先輩が毎日いてくれている以上、大原先輩だけ避けたところで意味がない。

 もっとも、先輩にその気がなければ呼び止めることなく終わるつもりだ。

 自分から拒絶してしまったのだからしょうがない、なにも言えずに終わったわけではないからと片付ける。


「分かった」

「ありがとうございますっ」

「って、楓からもう来なくていいって言ったのに」

「ご、ごめんなさい」


 先輩には由愛先輩のようなある程度の適当さを会得してほしいと思う。

 いまのままだと聖人すぎて一緒にいると大変なことも多いからだ。


「んー、でも楓はなんか年相応の感じになったね」

「はい、私は明るい人間ですから」

「最初のときと違って綺麗にしているようだし」

「それは違います、ちょっと髪とかに意識を割くようになっただけですよ」


 髪の長さで言えば私の方が姉より長かった。

 それを怒られないようにいっぱいまとめている。

 なんだかんだいっても一緒に成長してきたようなものだから。

 まあそこまで校則が厳しい学校というわけでもないから問題もないんだけど。


「うん、聖とよく似ているよ」

「そ、そんなお世辞はいいですよ」


 流石にそれは無理がありすぎる。

 そのまま抱きしめてくれたから味わっておくことにした。

 やっぱり人によって違うって分かる、由愛先輩と大原先輩では胸の多きさが違うから。

 ちなみに3人の中では姉が1番大きく、何気に大原先輩が1番小さくなっている。

 だけど問題はない、そんな先輩より小さいのが自分なんだからね。


「ぎゅー!」

「く、由愛苦しい」

「あはは、だってふたりだけで仲良くしていてずるいし」


 やばい、先輩達にサンドイッチにされている。

 後ろが姉だったりしなくて良かった、冗談抜きで圧迫がすごかっただろうから。

 が、予鈴が鳴ってそんな幸せな時間は終わりを迎えた。

 私はふたりがくれたパワーで今日も元気良く乗り越えられそうだった。 




「自由に選びなさい」

「え、お金が……」

「私が出すから」


 服屋さんの入口付近で私は固まっていた。

 いやいや、お金を出すからって近くの服なんて4000円もするんだよ?

 しかも数着買っていこうという話だし、姉のお小遣いが終わっちゃうよ。


「聖、あたしも楓のために選んでいい?」

「ええ、恐らく楓はセンスがないでしょうからお願い」

「おけ」

「私も選ぶよ~ん」

「ええ、お願いね」


 そこからの私は着せかえ人形として遊ばれていた。

 そして、私の意思はあまり関係ないみたいで似合っているものをかごにどんどんと入れていく。

 結果は総額3万円だった、姉達の金銭感覚はどうなっているのか。


「こ、これ、お姉ちゃんの分も含まれているんだよね?」

「いえ、全てあなたの分よ」

「か、返せないよっ」

「返さなくていいわ」


 考えたくないから現実逃避をしておこう。

 で、当然のように先輩達も付いてきた。

 由愛先輩はいつものことだからいいとして、嘉代先輩まで来るのは珍しい。


「さ、あたしが選んだやつを着てよ」

「そ、その前にお風呂に入ってきてもいいですか?」

「しょうがないから許可するよ」

「ありがとうございます」


 私からすればありえない額の服達。

 流石に汚れているかもしれない状態で着ることはできない、さっき着たけども。

 しっかり髪や体を洗ってリビングにではなく玄関横の部屋に行くと嘉代先輩だけがいた。


「由愛は寝てるよ」

「あはは、いつものことですね」


 床に座ったら拭けていないとか怒られたうえに、先輩は出ていってしまう。

 が、割とすぐに戻ってきた先輩はこちらの髪を拭き始めてくれた。


「また風邪を引かれたら嫌だから」

「大丈夫ですよ」

「倒れていた人間が言わない」


 そういえば私、裸体を見られてしまったんだよなと。

 だから甘えたくなるのかな? 単純に先輩が優しすぎるからというのが大きいだろうけど。


「ほら、これ着てよ」

「分かりました」


 新しい洋服はなんだか私には合わない感じがした。

 でも、先輩は似合っていると柔らかい笑みを浮かべながら言ってくれる。

 ……真っ直ぐに褒められると恥ずかしくてしょうがない。


「顔が赤いよ、風邪?」

「……意地悪」

「あはは、あ、敬語じゃなくていいよ、呼び捨てにしてくれればいいし」


 本当にこの人ってなんだろう。

 甘えたくなるから嫌だ、このまま抱きしめてもらいたくなる。

 少しでも綺麗になったであろう自分をそのままぎゅって、言えないけどさ。


「そろそろ戻ろっか、聖のご飯ができるところだろうから」

「うん」

「いい子、楓はそのままの楓でいてね」


 いや、この人の中では弱い存在でしかないな。

 どうすれば印象が変わるのかが分からない。

 少しでも姉に似ていると思っているのならひとりの少女として見てくれればいいのに。

 姉作の美味しいご飯を食べ終えたら入浴を終えている分、のんびりと過ごすことが可能になった。


「か・え・で・ちゃん!」

「な、なんですかっ?」

「今日も楓ちゃんのベッドで寝るからね~」


 そんなに連日泊まって大丈夫なのだろうか。

 お父さんが一生懸命働いてくれているということだけど、ひとり責められることになるんじゃ。

 それに家に帰った際に余計に酷いことになるのではないのかと考えていたんだけど……。


「は? 由愛は泊まっていくの?」

「うんっ、だって家に帰りたくないから」

「いや、それはまだいいとして、楓のベッドで寝ているの?」

「うん、楓ちゃんは暖かいから」

「聖と寝なよ」

「聖に言ったら断られたもん」

「じゃあ床で寝なよ、楓だって困っているだろうし」


 実はそんなに困ってはいない。

 正直に言って布団に入ったタイミングでぬくぬくだからありがたいぐらいだ。

 

「楓ちゃんは寧ろ嬉しそうだよ?」

「え、それって本当なの?」

「あー……暖かいので」


 だけどあんまりするべきではないのは確か。

 私達が仲がいいとかそういうのなら良かったんだけどね。

 まだ姉と一緒に寝てくれた方が健全かなあと。


「じゃああたしも一緒に寝る」

「えぇ、年上がそんなわがまま言っててどうするのー」

「楓、いいでしょ?」

「は、はい、大丈夫ですよ」


 ちなみに先程から姉は私は関係ないとばかりに本を読んでいた。


「楓は私と寝る約束をしているの、駄目よ」

「じゃあ4人で寝よ!」

「そうね」


 いや、物理的に無理でしょ!

 だけどこの人達はなんだか物凄く真剣だった。


「楓は中央ね」


 私が自然と中央になり、左横に姉、右横に嘉代という形になった。

 そして気になる由愛先輩は足元にという形になっている、あ、足も洗ったから臭わないはず。


「なんで私がここなんだよ~」

「いいじゃない、一緒に寝られているでしょう?」

「それなら楓ちゃんの下半身に抱きついて寝る!」


 有言実行された瞬間にゾワッとした。

 いや待って、こんなのじゃ寝られるわけないよ。

 だってそのまま嘉代と私の間に入ってきたんだもん。


「えへへっ」

「由愛邪魔っ」

「分かったよ、ちょっと下で寝てあげるから」


 ひゃっ、な、なんで上半身に抱きつくんだぁっ。

 顔を埋められても嫌だから姉の方を向いて自衛する。


「嘉代が落ちるわ、もう少しこっちに寄りなさい」

「うん」


 姉は逆にこちら側を向いてぎりぎりまで端に寄っていた。

 私はほとんどその胸に飛び込むように近づいてスペースを空ける。


「ちぇ、聖とばっかりいちゃいちゃしちゃって」

「違うわよ、あなたがわがままを言うからじゃない」

「まあいいや、寝よ寝よ」


 ……寝られないよこんなの。

 だから数時間が経過してからベッドから出た。

 3人はちゃんと寝てくれているから大丈夫、しっかり布団をかけて部屋を出ることに。


「丹羽さんにこんなこと言ったら興奮しそう」


 自分の安全のためにこんなことは言わないけど。


「ふぅ、布団は冷たいけどひとりが1番楽かな」


 だってなんかみんな怖いもん。

 こっちはなにもできていないのに優しくしてくれてさ。

 あれじゃあまるで私を取り合いしているみたいじゃん。

 そんなことないのは分かっている、あの3人の中では小学生とかそういう扱いなんだ。


「楓」

「え、嘉代……?」

「うん、入っていい?」

「う、うん」


 なんだか気恥ずかしいからすぐに背を向けた。

 嘉代はすぐに「そっち向かなくてもいいじゃん」ってなんか甘い声音で囁いてきた。


「……起きてたの?」

「うん、由愛が邪魔で寝られなかった」


 由愛先輩はどんなところだろうと5分も時間があれば寝ることができるスキルの持ち主。

 恐らく3人でもぎりぎりだったのではないだろうか、そうしたら寝られないよね。


「ごめんね、わがまま言っちゃって」

「大丈夫だよ、あ、嘉代」

「ん?」


 嘉代の方に体を戻す。

 彼女の顔は最近よく見ているからそんなに緊張する必要はなかったことを思い出したのだ。


「喋り方ってどっちが本物なの?」

「ああ、んー、ランダムかな」

「そっか」

「うん、どっちが好き?」

「うーん、~よって言っているときも似合っていていいと思う」


 うーん、先輩相手にここまで接することができるならもっと前から頑張っておけば良かった。

 そりゃ変わろうとしなければ変わらないよね、誰かが来てくれるわけでもないし。

 流石にそこまで自分に甘くはできていない、世界が自分中心で動いているわけでもないのだから。


「でも、本当に元気になって良かったわ、倒れたときなんて本当に薄っぺらかったから」

「うん、食べる量とかも違ったからね」

「誤解しないでね、心配だからってだけじゃないんだから」

「うーん、それはどうかな、どうせ子ども扱いでしょ?」


 事実、身長は153センチぐらいしかないからしょうがないかもだけど。

 嘉代と由愛先輩は大体、164ぐらいあるんじゃないかな。

 姉は167センチだし、そんな人達といれば差はいつでも分かってしまうわけで。


「あたしも妹みたいな存在が欲しかったのよ」

「じゃあ嘉代お姉ちゃんって呼ぼうか?」

「嘉代でいいわ、妹みたいな、だから」


 そうか、じゃあ話もまとまったことだしもう寝よう。


「おやすみ」

「うん、おやすみ」


 寝顔を見られるのは嫌だから反対を向いて寝ることにした。

 彼女は不意打ちの攻撃を仕掛けてきたりはしない、由愛先輩と違って何度も抱きしめてきたりもしない。

 それの方がいいよ、真っ暗闇の中でそんなことをされたら心臓が口から出るから。

 眠たかったのか彼女はすぐに静かな寝息を立て始めた。

 確認したくて後ろを向いたら可愛い寝顔が見えて少しどきりとする。


「いつもありがとね」


 最初から彼女はずっといてくれた。

 姉が来てくれていないときでも毎日テントに顔を見せてくれていたし。

 いまは姉と仲良くできているからあれだけど、なんだかお姉ちゃんみたいで落ち着く。

 1回だけ頭を撫でてからもう1度おやすみと口にして寝ようと集中したのだった。




「え゛、由愛先輩と嘉代先輩がお泊りした!?」

「うん、昨日ね」

「うんっ……らやましい!」


 丹羽さんはどこまでもこの話題だけで盛り上がれるようだった。

 事実、この話をしたのが朝なのにお昼休みのいまとなっても同じことを聞いてくるから。

 慌てると大変なことになるから平静を装って返事をしている形になる。

 だってなんか段々といけないことをしている気分になってきたからだ。


「楓ー」

「嘉代先輩っ」

「お、落ち着いて、どうしたの?」


 彼女がそう言いたくなる気持ちはよく分かる。

 本人相手でもそれだけ強気の姿勢でいけるのなら友達にでもなってもらえばいいと思う。

 そうすれば自分の家にだって来てくれるのではないだろうか、そうしたらもっと興奮できるのでは?


「き、昨日、南さんの家に泊まったって本当ですか!?」

「う、うん、それは本当のことだけど……」

「きゃー!」


 他人の家に泊まったことを聞いて盛り上がれるのはいいけど、本当なら来てほしいんじゃないだろうか。


「嘉代……先輩、丹羽さんのお家に泊まってあげたらどうですか?」

「桜の家に? 別にいいけど」

「え゛……そ、そんな、急にそんなことを言われても心の準備が……」

「大丈夫、そのときは聖も連れて行くから」

「聖先輩も!? ふたりを相手に上手く対応できる自信がありまぜん!」


 なるほど、嘉代もよく考えたな。

 ご飯ひとつであれだけ盛り上がれた彼女のことだ、実際に作ってもらえばいいと考えたのだろう。

 盛り上がっているふたりを放置して教室を出る。

 相変わらずお昼は摂らないようにしているので自由なのだ。

 いまこのときだけは自由! なんて、放課後になれば緩々な時間を過ごせるんだけど。


「み~つけたっ」

「わっ、由愛先輩っ」

「由愛でいいよ~、どうせ嘉代のこと呼び捨てで呼んでいるんでしょ? あと、敬語もいいから」


 見る人によってはまるで複数人から求められているみたいなんだけどなあ。


「どこかに行こうとしてたの?」

「うん、嘉代を追っかけてきたの」

「残念ながら丹羽さんと盛り上がっているよ」

「いいんだ、1番の目的である楓ちゃんに会えたから」


 由愛的にはおもちゃとか考えていそう。

 だってよく分からないんだ、構ってくれる理由が。

 でも、嫌な気はしないから一緒にいさせてもらっているというわけで。


「そうだ、聖が来てって言っていたよ」

「お姉ちゃんが? じゃあいまから行こうかな」

「うん、一緒に行こー」


 先輩の教室とか緊張するけど由愛がいてくれるなら問題もない。

 それになにより、その先では姉がいてくれるのだからもっと問題がなかった。

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