04話.[みんなと仲良く]

 なんか私らしくない私が家の前で立っていた。

 ストレートで綺麗な黒髪、薄化粧で整った容……姿はともかく清潔感がある感じの顔、姉に貸してもらっているのもあって綺麗な服と安心できる長さのスカート、そしてそれらを台無しにする運動靴。

 いやまあ、今日は歩くのメインなのだからこの選択は間違っていない。

 姉にいくら冷たい顔で「ありえないわ」と言われてもスルーして履いてきたものだ。


「ごめんっ、遅れたっ」

「大丈夫ですよ、いま出てきたところですから」


 私は何度も言ったんだ、こちらから行くから大丈夫だと。

 が、大原先輩はそれを一切聞いてくれなかった形になる。

 で、そうなると来てもらっている立場なんだから文句なんか言えるわけがない。


「というか、なんか綺麗だね、聖みたい」

「お、大袈裟ですよ、私がお姉ちゃんみたいだったらモテモテですよ」

「とりあえず、行こっか」

「はい、行きましょうか」


 こうなると当然、右腕を握られることになる。


「あ、これだと危ないよね」

「でも、話しやすいですからね、私が外側の方が」

「駄目、やっぱり外側はあたし」


 手を繋ぎながら歩き始めた私達。

 お散歩ということだから特にどこかに寄ったりすることはなく、ただただ歩いていた。

 先輩はそれでもどこか楽しそうにしてくれている、対するこちらは手汗をかいていないか不安な形に。


「あ、お金を持ってきましたので甘いものを食べましょうか」

「お、そうなの? それならどこかに寄ろうか」


 友達とどこかに寄ってなにかを食べるということが初めてだ。

 大してなにも知らないので先輩に任せておいたら、すぐ近くのお店に入ることになった。

 先輩はわざわざ案内された場所の奥側に私を配置し、先輩はそのまま横に座る。

 何故か横並びという不思議な感じになっていた。

 急に食べたいものも思いつかなかったので先輩の真似をさせてもらうことに。


「ね、連絡先を交換しようよ」

「あ、携帯は繋がっていないので」


 携帯――スマホは持っているけど契約は既に止められている。

 と言うよりも、姉が持っていた古い方を持っておけばいいとかそういう感じで判断された。

 だから私は携帯で時間をつぶしていたけど、なにかを開いたり閉じたりしていただけというオチ。


「……本当に聖と楓で扱いが違うのね」

「はい、そうですね」


 ん? なんか喋り方が普段と違う気がする。

 これってもしかして、一応信用してくれたということなのだろうか。

 もしそうならかなり嬉しい、一緒にいてくれる存在なんてこれまでいなかったから。


「いつから?」

「小学生の頃からずっとですよ」

「家事とかも全部やっていたのよね?」

「はい、そうしないと困るのは自分でしたから」


 それで放っておいてくれたらもっと良かったんだけどね。

 実際は違って、なにかをしている度にちくりと言葉で刺してきた。

 そのことがたまらなく嫌で、なるべく会わなくて済むようにって遅くまで外に逃げていたのだ。

 しかも何気に小学生の頃からずっとそれを続けているって強いと思う。

 そんなのだったらそりゃ現実逃避もしたくなるよ。

 運ばれてきたパフェにどう挑もうかと悩んでいたら右手を握られてしまった。

 利き手が右腕だからこれでは食べられないよ! と内では大叫びをしつつ、どうしたのかと聞く。


「あっ、ごめん……食べよ」

「は、はい」


 初めて食べたパフェの味は最高に美味しかった。

 隣にいる先輩が楽しそうにしていてくれたらもっと良かったけど。


「楽しいですね、こういう過ごし方も」

「これまではどうしていたの?」

「土日も外にいましたよ、一緒にいるとこちらがなにかを言われるだけですからね」


 この人には答えたいという気持ちがあるし、言いたくないという気持ちもある。

 引っ張られすぎてしまうところがあるからだ、ほーんぐらいで流してほしい。

 どうせ過去は変わらないうえに、いまはこれまでで1番自由に暮らせているんだから。

 耳が悪いということで先輩達はいてくれている、これは怪我の功名というやつではないだろうか。


「私のことはどうでもいいです、大原先輩のことを教えてください」

「あたしのこと? あたしは特になにもないから……」


 姉と仲良くて、両親と仲が良くて、優しい人だとは知っている。

 孤独に押し潰されそうな子だったら私じゃなくてもこう寄り添うだろうということは分かっている。

 別にそれでもいいんだ、寧ろ先輩には自分のしたいように行動してほしいから。

 私といるということはそれだけ時間を無駄にするということで、先輩にとってはいいことではない。

 だったら姉といたり、誰かを助けたり、それかもしくは自分が好きな人といてくれた方がいい。

 でも、それを伝えるタイミングではない、今日が終わってからでいいだろう。

 だってこれは助けてくれたことに対するお礼なんだ、そうでもなければ誘ってなんかこないからね。


「ふふ、あっという間ですね」

「だね」


 これで750円か、食べ終えた後は虚しさしか残らないな。

 やっぱり両親が正しかったのかもしれない。

 お小遣いを貰っていたら無駄遣いばかりして確実に無駄にしていた。


「楓、連れていきたいところがあるから付いてきて」

「分かりました」


 お会計を済ませて外に出たらそう先輩は言ってきた。

 お礼をするんだからどこにだって付き合うつもりだ。

 先輩はこちらの手を相変わらず握ったままどんどんと歩いていく。

 私はそれがたまらなく嫌だった、普通に歩けるのに。


「着いたよ」

「いっぱい、見えますね」


 どこかに留まって時間をつぶすことが多かったからこんなに上の方に来たのは初めてだった。

 先程と違って先輩もどこかすっきりしたような表情を浮かべている。

 私は手が離されたことによってすっきりしていた、通常通りに扱ってくれないと嫌だから。


「疲れてない?」

「大原先輩は大丈夫なんですか?」

「あたしは大丈夫だよ。でも、楓はほら……あんまりご飯とかも食べられてなかったって聞いたから」


 小中と給食があったから問題はなかった。

 高校1年のいまはお昼ご飯はないけど、別にそれを抜いたって死にはしない。

 姉は作ろうかと言ってくれているものの、断っているというのが現状だった。

 だって急に両親が帰ってきたりしたらこの生活はまた終わってしまうんだからね。

 あまり贅沢をしていてはならない、幸せを知ってからあれをまた味わうのは嫌なのだ。


「私もちゃんと元気ですよー、これぐらい疲れずに歩けますよ」


 忍耐力だけは他の誰よりもというわけではないけどあると思う。

 気にしなくていいんだそんなこと、なにもかもが突き刺さっていくだけだから。


「大原先輩はどうしてそこまで優しくしてくれるんですか?」

「うーん、それは楓が困っていそうだったからだよ」

「そんな風に見えましたか?」

「うん、だってトイレとかああいう場所で過ごしているって聞いたらさ……」


 悪口は言われ慣れているとか口にしていても聞いてきて気持ちいいものではないから教室外にいた。

 春夏秋はともかくとして、冬はそれだけでもそこそこ厳しいもの。

 公園で夜遅くまでいなければならない辛さよりはマシだけど、なんでと考えたことは1度だけではない。

 結局、変わらない現実を前にそういうものだと片付けて逃げていただけなんだ。

 誰も自分のことなんて守ってくれないから自衛するしかなかったというだけ。


「大原先輩は優しいですね」

「他人に優しくいられるようにって意識しているつもりだよ」

「でも、私なら大丈夫ですよ、左耳が聞こえない以外人並みに生きられていますから」


 温かいご飯を誰かと食べられる幸せ。

 温かいお風呂にびくびくすることなく入れる幸せ。

 22時になったら眠気を我慢することなく寝られる幸せ。

 他の人と違ってそんな所謂普通のことをできるだけで私は十分だった。

 なのに他の人の時間を無駄に消費させるのは違う。

 しかも相手がいい人であればあるほど、その思いは強くなる。


「それって来なくていいって言っているの?」

「はい、私のために時間を使ってもらうのは申し訳ないので」


 大丈夫、恐らくここが最後だろうから。

 あと、迷惑的な言い方をしているわけではないから問題もないはず。

 嫌な人だったらいてほしくないけど、逆に嫌な人の方が対応しやすくていい。


「ありがとうございました、お世話になりました」


 しっかりお礼もできたのもいいところ。

 わざわざ別行動をするのも違うから帰りましょうかと口にして歩き始める。


「大丈夫、なのよね?」

「はい、大丈夫ですよ」

「分かった、楓がそう言うならしょうがないわよね」


 帰りは手を握られることもなく会話をしながらの歩きとなった。

 先輩がちゃんとこちらの意思を尊重してくれる人で本当に良かったと思う。

 別に恩を仇で返したというわけでもないから大丈夫……だよね?




 少し逃げずに教室に残ってみることにした。

 あ、窓の方はもうとっくに直っているから寒くはない。

 姉や池田先輩にも話をしてくれたのか先輩達が来ることもなくなっていた。


「南さん、今度家に行ってもいい?」

「私の家に? 別にいいけど」

「うん、今度というか今日行かせてもらうね」


 丹羽さんの目的は姉と会うことだ。

 最近なら池田先輩も家で遅くまで休んでいるからお得だろう。

 で、放課後になったら初めて一緒に帰ることになった。

 こうして早い時間に帰るのはなんだか新鮮でそれだけで楽しかった。


「ただいま」

「おかえりなさい!」

「あら、桜も来ていたのね」


 ん? いつの間にかなにかが進展しているようだ。

 丹羽さんは姉にだけではなくもう寝る気満々の先輩にもハイテンションで挨拶をしていた。


「楓、ちょっと」

「うん」


 廊下に連れ出されて何事かと構えていたらいきなり頭を撫でられて困惑。

「嘉代に迷惑をかけないようにするという気持ちは偉いわ」と言いつつも少し複雑そうな表情の姉だった。


「あなたはしょうがないわよね、ずっとひとりで戦ってきたのだから」

「いや、私なんかのために時間を使ってもらうのは嫌だからさ」

「ええ、あなたならそう考えるでしょうね」


 いや、姉が同じ立場でも同じような選択をするはずだ。

 いや、姉だからこそそのような選択をすると思う。

 姉は誰かを頼ろうとはしないで自分ひとりで片付けようとするきらいがあるから。


「でも、これからは私を頼りなさい」

「でもさ、お姉ちゃんは結局なにも……」

「ええ、だからこそよ」

「うん、じゃあそうする」

「ええ、そうしなさい」


 意味もないけど抱きしめて甘えてみた。

 姉は怒ることもなくこちらの頭をまた撫でてくれた。

 こういう普通の姉妹っぽいことを私はずっとしたかったのだ。

 ちょっと褒めてくれたりするだけで私は十分で。


「あれ、丹羽さんも寝ちゃってる」

「小さい毛布を持ってきてあげましょう、このままだと風邪を引いてしまうもの」


 毛布をかけたら「ん……」と小さく先輩が声を漏らす。

 だからって起きているというわけではないけど、あんなに過激なことを言っていた人には見えなかった。


「楓、一緒にご飯を作りましょう」

「うん、手伝うよ」


 うーん、やっぱり手際の良さが段違いだ。

 こっちもまたなにかが起きてもいいように習得しておかないと。


「ふふ、可愛い寝顔」

「でも、起こさないとね」

「そうね」


 起こしてみんなでご飯を食べることにする。


「はれ……もうご飯?」

「そうよ、桜も食べていきなさい」

「は……い」


 それにしてもいつの間に仲良くなっていたのだろうか。

 そもそも姉&先輩と丹羽さんは繋がりがあったとか?

 はっ、来てくれている理由は姉に心配だからと言われていたのかもしれない。


「聖が作るご飯は美味しいなあ」

「私は初めて食べさせてもらいましたが、これだけで周りの子に自慢できるぐらいですよ!」


 姉が作るご飯はどれぐらいすごいのだろうか。

 しかも一応私も作ったんだけどな、これだけ喜んでいるし言うのはやめよう。


「あ、食べ終わったら楓ちゃんのことを連れ帰ってもいい?」

「駄目よ、それならあなたが泊まればいいじゃない」

「はっ、その方がいいね! 今日は私、楓ちゃんのお部屋で寝るから!」

「うーん……私は帰らないといけないです」

「それなら送るわ、危ないもの」


 色々なことがどんどんと決まっていく。

 それにしても先輩が泊まる及び私の部屋で寝るなんて。

 正直に言えば緊張する、面白いことも言えないからあれだし。

 それでもとりあえずは姉と一緒に丹羽さんを送ることにした。

 心配なのは私も同じだ、姉や丹羽さんを守らなければならない。


「別に良かったのに」

「駄目だよ、お姉ちゃんを見たら男の人は襲うから」


 ちなみに先輩には先にお風呂に入ってもらっている。

 姉とはまとめて入るのもいいし、別々に入るのでもいい。

 最後まで待たなければならないということではなくなっただけで最高だ。


「あ、おかえり~」

「えぇ!?」


 なんでこの人こんなに薄着なの。

 風邪引いちゃうよこんなのじゃ、暖房をがんがんに効かせているというわけでもないんだよ?


「先に楓ちゃんの部屋に行ってるね~」

「は、はい、じゃなくてちゃんと暖かい格好をしてください!」

「大丈夫大丈夫、全く問題ないよ~」


 ああもう、絶対に風邪を引くよあれ。

 でも、私の方も冷えていてあれだから姉と一緒に入ることになった。

 入り終えたらすぐに部屋に戻る。


「すぴー、すぴー」

「寝てる……」


 自由だなー、良すぎる大原先輩よりはいいけどさ。


「私も入ろ、あ……」


 暖かいな、こういう意味でなら何日でも利用してくれてもいいんだけど。


「んー……? あ、楓ちゃん」

「はい、一緒に寝ましょうか」

「うん……寝よ~」


 大して仲も良くない先輩と一緒に寝ているって不思議だな。

 でも、嫌な感じは一切ない、それどころか暖かくていいぐらい。


「おやすみなさい」


 風邪を引いてしまわないようにちゃんとかけておくことにしておいた。




「聞いて聞いてっ、昨日聖先輩が作ってくれたご飯を食べたんだよ!」

「へえ、それは羨ましいかも」

「でもそれってさ、南であれば毎日食べられるわけでしょ?」

「「「いいなあ……」」」


 姉は生徒会長をしているわけでもないのにどうしてここまで人気なんだろう。

 いい人だけど大原先輩もそうだ、そこがよく分からないところではある。

 池田先輩は……分からないな、怖い一面もあるのは分かっているけど。


「んー……」


 これなら大原先輩だけ拒絶したのはおかしいな。

 けれどあんな言い方をしてしまった手前、もう来てくれるとは思えない。

 短慮だったな、一応先輩のためを考えての発言と行動だったけどさ。


「つか、普通窓ガラスが割れてあの反応とかありえないでしょ」

「あー、それはちょっと事情があってね」

「私だったら飛び上がるけどね」


 にしても、よく聞こえるものだな。

 左耳は聞こえていないのに向こうでの話が……って、普通に近くで話をしていたよ。


「事情って?」

「それは本人に聞いてもらわないと」

「んー、南本人には話しかけづらいなー」


 なんで! 私はこうしてここにいるよ!

 特になにもないよ! なんならこっちが怖いと思っていたぐらいだよ!

 はぁ……みんなと仲良くはいつまで経ってもできそうになかった。

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