03話.[許してください]

 席替えがあって窓際になれた。

 というか、先生には事情を話してあるのでこれをしてくれたのかもしれないと考えている。

 その際、私だけを替えたりすると文句が出るから丸ごとやるようにしたんだろう。

 これで全部右側から声がかけられることになるから私としては本当に楽になるというものだ。


「南さんちょっといいかな?」

「ん? うん」


 この子は頭が痛くなったときに話しかけてきてくれた子。

 名前は相変わらず知らないけど、悪口を言いたいわけではないことは分かる。

 いや、2年の大原先輩と姉が来るようになってから自由に言う人はいなくなったけどね。


「あのさ、左耳が聞こえないってほんと?」

「うん、そうだよ」


 あんなあからさまにふたりが心配そうな顔をしていたら分かるか。


「だ、大丈夫なの?」

「心配してくれてありがとう、大丈夫だよ」


 周りに悪口を言われることよりも家にいることの方がストレスだった。

 だから直接的な原因は両親……ということになるのかな?

 まあ、どこに行ってもいい空間とは言えなかったからあれだけども。


「それより名前、なんだっけ?」

「え、もう冬なのに……」

「みんなが敵に見えていたから」


 両親から解放されて楽になった。

 そうしたら周りを冷静に見られるようになった? のかもしれない。

 大原先輩や池田先輩、そしてお姉ちゃん。

 まあ……この3人は耳が聞こえていないとかでなければ優しくしてくれていないんだろうけども。


「丹羽さくらだよ、よろしくね」

「私は南楓、よろしくね」


 教室に戻ってちらりと確認してみたら対角線上にいた。

 私は窓際の1番前で、彼女は廊下側の1番後ろ。

 これでは話そうにも大変になる、なんで来てくれたのかも分からないけど。

 そう、勉強以外は分からないことだらけだ。

 両親があそこまで姉ばかりを見るようになったのは何故か。

 そもそもとして最初から姉しか見ていなかった可能性もある。

 小学生の頃からあからさまに態度が違ったからな。

 だからやっぱり血が繋がっていないのかもしれない。

 それかそういうつもりで性行為をしたわけではないのに子どもができてしまったとか?

 それならよく産んだなというのが正直なところ、流産にはできなかったということだろうか。

 とにかく、私が受け入れられない、どうでもいい存在なのは確かで。

 私も私なりに考えて行動して、家事なども覚えるしかなかった。

 だってご飯とか用意されていないし、洗濯物だって自分で洗わなければならなかったし。

 なによりも辛かったのは姉がお小遣いを貰っているのにこちらにはなかったこと。

 服とかも当然のように数着だけで、新しく買ってもらえなかったから洗うの大変だったなあ。

 いまはあれだ、ジャージでも着ていればあまり問題もないからいい。

 ……せっかく学校には通わせてもらっているんだから授業に集中しよう。

 としたときだった、目の前をボールが通過したのは。

 いや本当に何故? という感想しか抱けなかった。


「南さん大丈夫!?」

「は、はい」


 教科担任の先生がなんか心配そうにこちらにやって来たけど、そこでやっと私はどうなったかを知る。

 なるほど、窓ガラスが割れたからのようだ、教室内はざわついている。

 しかも私の机の上には割れた破片が沢山乗っていた。

 ど、どうしたものか、ごみ箱を持ってきて入れて……いいわけないよな。

 先生が袋を持ってきてくれたから受け取って手で入れようとしたら逆に怒られてしまった。

 怒られてもと困惑している内に丹羽さんが箒とちりとりを持ってきてくれたから使わせてもらう。

 逆にあそこから飛ばす子がいるなんてすごいな、将来プロ野球選手になれるでしょうよ。

 授業はそれから一切問題なく終わった。


「大丈夫?」

「うん、さっきは箒とか持ってきてくれてありがとう」

「どういたしまして。でも、心配だなあ……」


 いや、それよりも風が冷たくて寒い。

 もしかしてこれから3日ぐらいはこのままなのだろうか?

 まあ、自分が原因というわけではないから問題もないだろうけどさ。


「私にとっては寒いことの方が問題だよ」


 それでも収穫があった。

 動体視力がいいということだ。

 だってさっき球が通過しているってすぐに分かったから。

 しかも机の中央のところで判断できたから悪くはないということだし。

 あとはあれ、隣や後ろの子になにかがあったというわけではないから十分。


「どうしたのそれ?」

「あ、大原先輩、これは先程球が飛んできた結果です」


 破片もそこまで酷くはなかったから大丈夫。

 なんか手が切れそうな素材じゃなかった気がするし、細々とした感じでもなかった。

 一応、子どもを守るためにある程度の対策はされているんだろう。


「怪我はない?」

「ありませんよ」


 実はどこかを切っていた、なんてべたな展開にもならない。

 至って健康のままだ、問題なのはやはり反応に遅れるというだけ。

 先輩はよくこっちに触れようとしてくる。

 私がその触れようとしてくる手を掴むというのがワンセットだった。


「良かった、なにもなくて」

「心配しすぎですよ」

「楓になにかがあったら嫌だから」

「私達は最近話し始めたばかりじゃないですか」

「だからなに? 関係ないよそんなこと」


 ま、もう拒んだりしないと決めているからそうなんだけど。

 でも、急に心配性になられてもそれは微妙というか。

 私は友達になりたい、心配してほしいわけじゃないから。


「なにかあったらなんでも言って」

「あ、それならお礼がしたいんですけど、倒れたときもお世話になりましたし」

「じゃあしてもらいたいことを考えておくよ」

「はい、お願いします」


 心配性すぎるということでもなく、それ以外は淡々と対応してくれるから落ち着く。


「聖先輩がお姉さんで羨ましいなあ」

「そう? まあ、そうかもね」


 だからこそって苦労もあるんだけどね。

 けど、他の子がそう言いたくなるのも分かるから現実は突きつけないでおいた。




「いえーいっ、元気してるーっ?」

「こんにちは」


 池田先輩は今日も元気だった。

 が、私を見るといつもノリが悪いとか言い出すのはちょっと微妙だ。


「今日は私が嘉代と聖の代わりに来てあげたよっ」

「はい、ありがとうございます」


 何故か自然とファミレスに行くことになってしまった。

 何度お金がないと言っても聞いてもらえないのは悲しいところである。

 ああでも、ファミレスに来たのなんていつぶりだろうか。


「奢ってあげるから大丈夫っ」

「いえ、そういうわけには……」

「いいからいいから~」


 こういうどうしようもない感じになるのは微妙なところだ。

 丹羽さんなら絶対に「そっか……」って残念そうな表情を浮かべながらも強制したりはしてこない。

 これだったら姉や大原先輩の方が落ち着くかもしれなかった。

 あ……ジュース美味しい、炭酸とか飲んだのもかなり久しぶりだ。


「ちゃんとご飯食べてる?」

「はい、お姉ちゃんと一緒に食べられるようになりました」


 基本的に姉が作ってって感じだけど。

 お風呂だって好きな時間に入れるようになった。

 洗濯物だって洗濯機に入れていいようになったというのは大きいね。


「って、これまでは違かったの?」

「はい、そもそも21時まで家に帰っていなかったですし、そこからも自分でご飯を作って食べて、お風呂は最後って決まりがありましたから23時頃まで部屋にこもっていました」


 1度寝てしまうと朝まで起きないから勉強をして気を紛らわしていた。

 そのおかげで成績は姉に似て……は言いすぎかもしれないけど悪いわけでもない。

 それでも他の子からしたら姉が絶対なので比べられて馬鹿にされていたけども。


「誰も頼れなかったの? それは可哀相ー」

「最低限の生活を送れていれば十分だと言い訳をしていました」

「でも羨ましいよ、面倒くさい母親と別に暮らせているなんてね」


 そういえばむかつくとか言っていたか。

 こういう人の怖いところは一気に雰囲気が変わるということだ。

 いや、普段のあの楽しそうな感じもただの演技なのかもしれない。

 もしどっちも素のだとしたら落差が激しすぎて誰もついていけなくなる。


「法律で禁止されてなければ殺すけどね、あんな母親」

「こ、怖いですよ……」

「だって稼いでくれているのはパパなのに文句ばっかり言うんだよ? 自分は大したことしてないのにね」


 片方でも自分に優しければやり方は色々あるか。

 ただ、専業主婦とかだったりすると辛そうだな。

 休日にゆっくりしていても文句とか言われそうだし。

 事実、私の母は専業主婦でちくりちくりと言葉で刺してきた。

 だからリビングでゆっくりすることもままならなかったぐらい。

 殺したいとまでは思わなくてもどこかに行ってほしいとは考えたこともあるからあんまり言えないか。


「あ、遅くまで楓ちゃんの家で時間をつぶしてもいい?」

「はい、それは大丈夫だと思いますよ」


 姉と先輩が仲がいいのかは分からないけど一緒にいるなら大した問題もないだろう。

 姉はばっさりと切り捨てるところがあるので、一緒にいるということはつまりそういうことだと思う。


「楓ちゃんさ、本当は嘉代に来てほしかったんじゃない?」

「え、特にそういうわけではありませんけど?」

「そうかな? 3人の中で嘉代が1番いいとか考えてそうだけど」


 いや、それなら姉がまだ1番落ち着く相手かな。

 テンションが高かったり低かったり差が激しい相手といると疲れるというのはある。

 でも、私は先輩のことをまだよく分かっていないだけだ。


「まあいいや、家に行こうか!」

「はい、あ、お金は帰ったら払いますので」

「気にしなくてよしっ、行こう!」


 先輩のいいところは声が大きいということ。

 だから分かりやすい、そのうえで滑舌もいいから聞き取りやすくていい。


「はい、お手々繋ぎましょうね~」

「子どもじゃないですよ……」


 どうしても先輩達の左側を歩くことになるから守れていいけどさ。

 やっぱり私が守ってあげなければならないからね――というか、犠牲になるべきというか。

 仮にもし怪しい人が来たとして、選別をするとしたら先輩達の命を残すべきだし。

 それに誰かを守れて死ぬというのも悪くない、餓死とかよりはよっぽどいい。


「池田先輩は私が守りますから」

「へ? あははっ、まさかそんなこと言われるとは思わなかったよー!」


 いいんだ、馬鹿みたいなことを言っていてもいいんだ。

 いくらでも逃げるために利用してくれて構わなかった。




「楓、この前の決まったよ」

「言ってください」

「それはね、1日楓を借りたいなって」


 私を借りるとはどういうことだろうか。

 仮になんらかの労力として誘っているのだとしても大して役に立てない気がする。


「なんか甘いものでも食べに行こ」

「え、それではお礼じゃない気が……」

「いいじゃん、楓が元気でいるだけで十分だからさ」


 分かりましたと答えようとして慌てて止めた。

 残念ながら自由に使えるお金が全くなかった。

 この前のドリンクバー代を無理やり返した結果、残ったのは24円だけ。

 24円じゃそんなの食べられない、そして奢ってもらいたくて一緒にいるわけではないのだ。


「お散歩とかでは駄目ですか? お金がなくて……」

「それならあたしが――」

「奢られたくはないです、返せないので」


 はっ、でもこれだと考えてきたことを真っ直ぐに否定することになるのでは。

 最初からお金を使うようなことはできないと伝えておくべきだった。

 大原先輩側からすれば大変面白くない展開だと思う。

 しまった、せっかく来てくれている人が来てくれなくなったら寂しいぞ。

 先輩達のおかげで悪く言われることもなくなっているんだから尚更のこと。

 ……利用するみたいで悪いけど、悪口を進んで聞きたい人はいないだろう。


「いいよ、ただの散歩でも」

「あ、自分で言っておきながらあれですけど……お礼にはならないですよね」

「結局、楓の時間を貰うという話だし大丈夫だよ」

「そ、そうですか?」


 私としてはこれ程ありがたいことはない。

 まだまだ家でのんびりするという風にはできないし、外でも歩いていれば気も紛れる。

 あとはあれ、先輩のことを知ることができるいいチャンスかもしれない。


「うん、それじゃあそういうことで、今週の土曜日にでも行こうか」

「わ、分かりました」


 が、寧ろ先輩の時間を貰うことになってしまうけどいいのだろうか。

 途中で空気が悪くなって解散というのも嫌だった。

 だからって他の子を巻き込めないし、そのように誘える人がいない。

 ……嫌われないように頑張ろう。

 そういう風に意識しておかないときっと人は離れていく。


「嘉代先輩とお出かけするんだね」

「うん」

「そのときは気をつけてね」

「ありがとう」


 丹羽さんも優しい。

 私も関わってくれる人達みたいに優しくなれたらなにかが変わるかもしれない。

 そういうつもりでも頑張ってみようか。




「お願いしますっ、お金を貸してくださいっ」


 金曜日の18時頃、私は全力で土下座をして頼み込んでいた。

 これからご飯を作ろうとしていたところを邪魔したのもあれだし、ましてや内容が内容、とてもじゃないけど姉の顔なんて見ることができない。


「まず理由を言いなさい」

「明日大原先輩とお出かけするからですっ」

「嘉代と? ああ、そのことを言っていたのね」


 ……友達を取ろうとしているように見えるのも悪いかも。

 というか、お小遣いなんてないんだから返すことすら不可能なんだよね。

 つまり私は相当、質が悪いことをしようとしている、人として最低なことをしようとしている。


「いいわ、何円ぐらいがいいの?」

「えっ、わ、分かりません……」


 誰かとお出かけするなんてしたことがないから平均が分からない。

 1000円? うーん、だけどなにか食べたらそれだけで終わりそうだ。

 飲み物は水筒に水でもお茶でも入れていけばいいからいいけど、食べ物の方はね。

 いやっ、それどころか遊びに出かけるための服がない!


「もうだめだぁ……断るべきかもしれないぃ……」

「はぁ……」

「だってさ、服とかも……ないし」


 家ではジャージを愛用しているだけだし、私服はあっても昔から着ていて着古しているやつだけ。

 よれよれだからとても外に着ていける状態じゃない、相手がいるのなら尚更のことだ。


「服なら私のやつを貸してあげるわよ」

「無理だよ……私なんかちびだし」


 だぼだぼだからきっと笑われる、それに姉だからこそ似合うんだと思う。

 しょうがない、明日は空気が読めないけど制服で行くことにしよう。


「何時からの約束なの?」

「11時だよ」


 しかも髪の毛とかだって切っていないし揃えていないからぼさぼさ状態。

 馬鹿だった、お散歩とか口にした私を全力でぶん殴りたい。


「お姉ちゃんが代わりに行って……」

「嘉代はあなたと行くと言ったのでしょう? そんなことできるわけがないじゃない」

「だって、デートみたいな感じなんだし……それなのにこんなのが来たんじゃ……」

「とりあえず、明日の朝に色々としましょう」


 どんなことをしても自分が良くなるイメージが湧かない。

 ああ、いまとなってはソファで寝ている池田先輩みたいにしていた方いい気が。

 大原先輩、どんなに酷い感じで行っても許してくださいね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る