1ー2
校門を潜った私達は、プレートに1-Bと書かれた教室に入る。すると、クラスにいたゆかりファンの女子たちが、一斉にこちらに視線を向け、口々に感想を述べる。
「あっ。ゆかりさんが来たよ」
「はぁ…。いつ見てもカッコいい。あたし、マジでこのクラスでよかった」
「誰とも付き合ってないって噂、ホントなのかな?」
ゆかりはクラスを見渡して、おはよーと無邪気な笑顔を振りまく。その姿に刺激された女子たちは、目が合っただの私に手を振っただの、まるで、アイドルのファンサービスに興奮しているような狂乱ぶりだ。
よくも、まぁ、毎朝飽きないな。
「ゆかり、いつも大変だよね」
なんて労いの言葉を掛けるも、
「え?なにが?」
当のゆかりは、この状況を苦とも思っていない様子だった。根っからの人気者気質なのが窺える。
この人当たりの良さも、ファンが増え続けた理由の一つだろう。さらに真面目で品行方正なもんだから、教師達にもウケがいい。
「ゆかり、ウィンクでもしてみたら?きっと、凄いことになるわよ」
「え?そうなの?」
なんて、彩雅が茶化して、それを真に受けたゆかりがパチンと右目を閉じる。
「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」
女子達のボルテージが限界突破し、甲高い悲鳴の嵐が巻き起こる。
「えっ!なになになに!みんな、どうしたの!」
理解が追いつかないゆかりは慌てふためき、彩雅は腹を抱えて大爆笑。
はぁ、全く…。
彩雅が一番悪いのは間違いないが、ゆかりが自分の人気を自覚していないのも悪い。
「ほら、ゆかり。早く席座るよ」
見張りをするミーアキャットのようにオロオロとしているゆかりの手を握り、窓際の席まで引っ張る。
「なに、あのオタクメガネ。中学からの友達ってだけでゆかりさんにベタベタして」
「マジでウザイんだけど」
聞こえてる聞こえてる。それでヒソヒソ喋ってるつもり?文句があるなら直接言えっつーの。
ゆかりの席は窓際の最後尾で、私はその一つ前。彩雅と典子ちゃんは、廊下側の列で私達と同じの席順だ。
席に荷物を置くと、ちょうど担任の愛子先生が入ってきてホームルームが始まった。愛子先生は他愛ない世間話を軽くしたあと、冬休みまでのスケジュールを説明し始める。
「期末試験まで、あと一週間。うちのクラスでは、今まで赤点を取った生徒はいないけど、ギリギリな子はいるから気をつけてね。それが終われば、あとは冬休みまで一直線!みんな、赤点取って補修にならないように頑張るのよ!アタシの仕事を増やさないためにも!」
先生、最後に本音漏れちゃってますよ。
まぁ、赤点なんてよほど授業内容を理解できていない人じゃないと取らないだろう。成績上位の私には無縁の話だ。縁があるのは私より、むしろ…。
ホームルームの時間が終わり、授業へ移るまでの僅かな時間。私はニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべ、ゆかりの方へ振り返る。
「ゆかり、今日の放課後どうする?」
苦々しい表情をしたゆかりは、
「ファミレスで、お願いします」
と、予想通りの提案してきたから、私はさらに口角を上げて快諾した。
+
放課後。
私とゆかりはファミレスの四人席に向かい合って座り、テーブルの上にキャンパスノートを広げていた。
「って、ことなんだけど、解る?」
問題の解き方を一通り解説し終えた私は、ゆかりに訊ねる。
「えーと…、うん、うん。解った。理解した」
今までに何度かゆかりに勉強を教えてきたから分かる。これは理解してない時の反応だ、と。
「本当に解ってる?」
「うん。多分、解ってる」
多分って…。いや、決めつけるのはよくないよね。高校生になったんだから、ゆかりだって成長してるはず。
「そう。じゃあ、この問題解けるよね?やってみて」
「わかった」
それから、五分後。
自信満々に持っていたはずのペンを手放したゆかりは、溶けた猫のようにテーブルに突っ伏していた。
「ぜんぜんわかんにゃい」
暇つぶしにリップクリームを塗っていた私は、呟く。
「だろうと思った」
顔もスタイルも性格も運動神経も良いゆかりの唯一の欠点は、勉強が苦手だということだ。中学生の頃から、テストで三十点を取るのは当たり前。理系科目に関しては一桁台の点数を取ることも珍しくなかった。
「よし。一旦、休憩しよっか。飲み物取ってくるから、グラス貸して」
「あい」
「なに入れてくる?」
「めろんそーだ」
「オッケー」
私はゆかりからストローの刺さったグラスを受け取り、ドリンクバーへ向かう。
ゆかりに勉強を教えるのは一苦労だけど、私にとっては都合が良かった。女子バレー部に所属しているゆかりとは、放課後に遊べるチャンスが少ない。そのため、試験前の勉強会は自然と二人きりで過ごせる口実になり、かつ、長時間になることは確実。最高のイベントだ。
それになにより、色んなところで私に勝ってるゆかりが、なんの取り柄のない私を頼ってくれるのが嬉しかった。これぞ、中学時代から信頼関係を築いてきた私だけが享受できる特権。指を咥えて、陰口を叩いている奴らなんかでは一生手が届かない、親友ポジションだ。はっはっはっ。
「はい。お待たせ」
「ありがとー」
ゆかりにメロンソーダの入ったグラスを差し出し、ソファ席に座る。さっそくストローに口をつけたゆかりは、ん?と不思議な声を出す。
「どうかしたの?」
「んんん?」
どうやら、口に咥えたストローを舌でなぞっているようで、やっと離れたと思ったら、ああ、やっぱりと一人で勝手に納得していた。
ああ。勉強のやり過ぎで、ついに幼児退行しちゃったか。安心して。私がお母さんになって、一生面倒みてあげるから。なんて、冗談はさておき。
「なに?私にも教えてよ」
ゆかりは、怪訝な顔をしている私のグラスを指さした。
「それ、私のグラスだ」
…ん?
「待って。私、間違えて入れたってこと?なんで、そんなこと分かるの?」
ゆかりは、何事もなかったかのようなテンションで淡々と答える。
「このストローから、私のじゃないリップクリームの味がしたから」
んんんんっ!!?!!?!!!!??!?
あれ?じゃ、じゃあ、今、ゆかりが私のストローを舐めてたってことは…。
「か、関せ「間接キスしちゃったね」
私の言葉を遮ったゆかりは、へらっとした笑顔を見せた。
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