1ー1


 朝っていうのは、どうにも憂鬱になる。

 家から近い高校を選んだからといって、眠気を堪えて登校するなんて、苦行以外の何物でもない。それに、今は十二月。コートに身を包んでいても、顔はどうしたって一桁台の外気に晒される。おかげで、教室に着く頃にはトナカイのように鼻が赤くなってしまう。


 歩みを進めるにつれ、道幅の広い通学路には同じ学校の生徒が集まり、ちょっとした群れとなる。風除けが増えれば、少しは寒さもマシになるかと期待するも意外とそんなことはなかった。残念。


 「あら。そんなに猫背だと平均以下の身長が、余計に小さくなるわよ」

 「ちょ、彩雅ちゃん。そんなこと言っちゃダメだよ」


 と、いう会話が背後から聞こえてきた。猫背云々は私のことだろう。まぁ、無視するけど。

 だんまりを決め込んで歩いていると、後ろから近寄ってきた二人組の女子が、私の隣に並び、歩調を合わせてきた。


 「無視するなんて酷いわね」


 そう言ったのは、まるで日本人形のような黒髪をなびかせているクラスメイトの枢木 彩雅。実家が茶道の名家で、簡単に言えばお金持ちのお嬢様だ。なぜかは分からないけど、私をイジってくることが多い。多分、一日に十回くらい誰かをイジらないと死んじゃう病気にでも罹ってるんだろう。


 「菫ちゃん、おはよう」


 彩雅の隣に居る、私に小さく手を振ってくれた女の子はクラスメイトの山田 典子ちゃん。成績は学年平均ジャスト。体型は中肉中背で、流行りの曲を好み、スマホには流行りのアプリを一通りいれているというどこまでも普通な女の子。強いて特徴を挙げるならば、いつも前髪を右に流すために付けている二本のヘアピンくらいだろうか。


 「あ、典子ちゃん。おはよー」


 私は典子ちゃんの方を向いて、ヒラヒラと手を振り返す。

 すると、顔をムッとさせた彩雅が、

 

 「ちょっと、私にも挨拶を返しなさいよ」


 などとほざいた。

 あの悪口が挨拶だというのか。生粋の日本人なのに、随分とアメリカンな挨拶をするな。もしかして、古い洋画か何かに影響されたのかな。イタい、イタい。やめておいたほうがいいよ。人には向き不向きがある。彩雅には、ポンチョにテンガロンハットより、和服にかんざしのほうがお似合いだ。


 「あー。はいはい。おはよう、彩雅」


 やる気のない私は、あしらうように返事をする。彩雅は少し不服そうだったが、まぁいいわと、とりあえずの納得をしたようだった。


 「で、ゆかりの姿が見えないけど。今日は、一緒に登校してないの?」

 「してないよ。二人みたいに、わざわざ待ち合わせして一緒に登校してる訳じゃないから」


 それに、と続ける。


 「ゆかりは人気者だからね。一緒に登校しただけで、ゆかりファンの子達から睨まれたりするし。ほんと、いい迷惑」


 彩雅は、フッと鼻で笑った。


 「王子様と登校すらできないなんて、眠り姫も大変ね」

 「うっせ」


 まだ、その話を覚えてるのか。

 いい加減に忘れてほしい。


 中学二年生の頃、文化祭のクラスの出し物で眠り姫の舞台を公演し、ゆかりが王子様役、その相手役である眠り姫が私だった。と、いう話をして以来、彩雅から揶揄われるネタの一つになってしまった。


 しかし、彩雅の言うこともあながち間違ってはおらず、ゆかりが王子様という事実は、役だけにとどまらなかった。


 この高校に入学してから一週間も経たないうちに、ゆかりのファンクラブなるものが創設され、現在、会員が百人を突破するほどの大規模組織が生まれた。ちなみに、この学校全体の生徒数は四百人程度で、会員はもれなく同じ学校の女子生徒だ。


 ファン達はゆかりを遠まきに眺めては、カッコいいとか好きとか、異性にアピールする鳥のように鳴いていている。それだけでは収まらず、ゆかりの盗撮じみた画像をファン同士で共有し合っていたりもしているらしい。


 正直、そこまでいくと気持ちが悪い。羨ましいと思わないこともないが、それは、それ。これは、これ。


 しばらく、彩雅たちと喋っていると、背後から女子達の黄色い騒めきが、さざ波のように伝わってきた。


 噂をすれば、なんとやら。

 私は足を止め、振り返る。すると、まるでモーゼが海を割ったように周りにいた生徒達は道端に寄っており、空いた道の真ん中を、スカートを履いたイケメンが悠然と歩いていた。


 アメジストのように深い紫色をした大きな瞳に、すっきりと通った鼻筋。身長は百七十三センチもあり、バレー部で鍛えられてた身体は、程よく引き締まっている。清潔感のあるショートカットの黒髪は、中性的な顔立ちをより際立たせていた。


 どこかの劇団で男役でもやってそうなそのイケメンは、私の目の前で立ち止まり、爽やかな笑顔で挨拶してきた。


 「おはよう。菫」


 ゆかりを見上げた私は、無愛想な表情で返事をした。


 「おはよ。ゆかり」


 このイケメン女こそ、私の中学時代からの友達であり、私の王子様である桔梗 ゆかりである。

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