5ドラクマ

@taketake464111165259

第1話

さて、どうしたものか…今日も母には言えない。でも締め切りは明日。冷たい布団に入りイーコンは考えた。なるようになるさ…そう思う事しか12歳の彼には出来なかった。

時代は1943年ナチス占領下のギリシャ、エーゲ海を見渡す小さな村。明日の学校に払うはずだった5ドラクマがない。日々の生活に追われてそんな事、母には考える余裕もないのだ。

イーコンも母には言えない。何度も何度も寝返りをうちながら彼は眠りについた。


とにかく学校へ行こう。

石ころを蹴りながら下を向いて学校へと急いだ。誰かに気づかれないようにそっと昇降口へと歩みを進めた。

彼の思いとは裏腹にやっぱり学校へとたどり着く。みんなが笑いながら「おはよう」と言い合ってる。

だめだ。あの中には入れない。イーコンは6歳から15歳までが勉強している少し大きめの教室へ入った。

案の定、イーコンが教室に入るや否や先生が近づいてきた。先生はイーコンの耳もとで、お金持ってこれた?イーコンは首を横に何度もふった。悲しくて涙が浮かんだ。

先生はいいんだよ。と言わんばかりにイーコンの肩を叩いた。

誰もが貧しい時代。ましてやイーコンの父親も兵役に駆り出され給料ももらわずヒトラーの為に働かされていた。先生も困っていた。そんな時代だ。みんなで助け合い生きていこう!先生の思いだった。


イエナーはクラスでも1、2を争う美人。肌は透き通るように真っ白、すこし猫っ毛のようにカールした金髪は同世代の男子達の憧れだった。そのイエナーが1時間目の終わった休み時間にイーコンに近づいてきた。イエナーはイーコンの少し寄れた長袖シャツを引っ張り人気のないトイレの横に誘った。「これ、使って。いつもは応援できないけど、今回だけね。」

彼女はイーコンの手にそれを押しやるとパッと髪をなびかせながら教室へと戻っていった。

イーコンはそれが何かわかっていた。昨晩、欲しくて欲しくてたまらなかったからだ。彼はイエナーのぬくもりが残っているそれをすぐに先生に渡しに行った。

先生は少し困った表情をみせたが、全て悟った顔をして笑顔で彼の集金袋にサインをした。


イエナーの父親は1940年に戦死をした。それからは母親も1人で働いて生計を立てていた。酒場で働く彼女も決して裕福ではないが1年前フランクフルトから逃れてきたユダヤ人と恋仲になり、結婚式は挙げてないもののイエナーの弟と4人静かに暮らしていた。

ユダヤ人の彼は宝石売りでドイツから持ち出した宝石を少しずつ金に変えそれで生活していた。


イーコンは次の週から朝4時に起きて母の勤めている缶詰め工場に手伝いに行けるようになった。漁師の水揚げを手伝い、船を洗ったりする仕事だ。働ける事になっても彼の勉強は続いた。

そんなある日イエナーの父親がナチスの憲兵に捕まったと聞いた。イエナーは学校にも来ていない。イーコンがイエナーの家に行くと残った家族3人、さめざめと泣いていた。アウシュビッツに連れて行かれたら殺されてしまうというのだ。

村中で大騒ぎとなったなった。みんな一度や二度、多い者は5回6回と

イエナーの父親に世話になっていた。

「何とかしなきゃ」

村中がそう思った。

その日のうちに救出隊が結成され夜には作戦が実行された。もちろんイーコンの父親も仲間に入っていた。

ノルマンディーで米、英などの連合国が上陸してドイツ兵達はそれどころじゃなかったかもしれない。イエナーの父親は救出され、ギリシャは解放へと向かっていった。

無論、イエナーの家の郵便受けには5ドラクマ紙幣の入った白い差し出し人不明の封筒が山とあふれた。

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