第6話

「差出人のお名前に間違いはないでしょうか」


桂木の言葉に我に返った。

懐かしい文字に、過去の思い出が奔流のようによみがえった。自分が犯した罪を突き付けられたようで、胸が刺されたように痛んだ。

無言で頷く。


「それでは、真心便をお届けいたします」

そう言うと、桂木はすっと立ち上がった。

 

「澪」


空気が、変わった。

澪は目を大きく見開き、桂木を見つめた。


そこには、賢一がいた。


もちろん姿かたちは似ても似つかない。賢一はもうすこし肉付きがよかったし、髪形も全然違う。ここまでイケメンでもない。

でも、纏う雰囲気が賢一そのものだった。なにより話すときのテンポやトーン、ちょっとした仕草がまったく同じなのだ。


「澪、久しぶり。元気にしてる?って、そんなわけないよね。はは」

苦笑しながら頭を掻く。


「もう知ってると思うけど、僕は病気だった。わかった時は手遅れで、余命も三か月と言われてた。なかなか会えないことが続いてたけど、あれは検査とかのせい。まあ、正直自分の体以外のことを考える余裕がなかったってこともある。ごめんね。

そう、だから好きな人ができたっていうのも嘘。

僕の好きな人は……あー、こんなこと言わない方がいいのかな、でもいいや。僕の好きな人は、ずっと澪だけ。

病気のことを打ち明けようかどうしようか、すごく悩んだ。自分自身不安だったし、苦しかったし、誰かに話したかった。でも、澪は優しいから、きっと僕の側にいようとするだろう。僕は誰かに迷惑をかけるのが嫌いな性格だし、同情されたくもなかった。だから、誰にも言わないことにした。自分が弱っていく姿を見られるのが嫌だった、ってこともある。あと、たぶん嫉妬もする。なんで自分だけが、って考えてしまうと思う。それが嫌だった。

僕の事なんて早く忘れて、良い人を見つけて楽しく生きてほしい。そう思って嘘をついて別れてもらったんだけど、無理があるよねえ」


桂木はくしゃりと笑った。頬の上がり方が賢一そっくりで、胸が締め付けられた。

「澪のことだから、後から僕の事情を聞いたら、すごく自分を責めちゃってるんじゃないかと思うんだよね。ほら、やっぱりそうでしょう?

だから、そんな澪に贈り物をすることにしました。優しいな~、僕。

いい、一度しかあげないよ」

そう言って、桂木はぐいと顔を近づけた。


「僕は澪のことを愛してる。だから、澪も僕のことを忘れないで。僕と過ごした記憶を忘れないで。僕との過去を悔いたり後悔しないでほしい。僕は君と出会えて本当に良かった。だから、僕はこの先も澪のことを愛し続けるし、澪も僕のことを愛していてほしい。別れようなんて言っておいてどの口が言うかって感じだけどね。

そして僕を愛したまま、また誰か別の人と出会って、ちゃんと幸せになって欲しい。

僕が届けたいのはその想いだけ。

本当に、ありがとう」


頬に熱いものが伝っていた。手をやり、驚く。涙が流れていた。


賢一の訃報を聞いてから、一度も泣けなかった。泣けないことに自分を責め、またさらに心を閉じ続けていたが、いまは涙がひっきりなしに流れ落ちる。

静かに静かに溢れる涙は、澪の心に溜まった何かを押し出し、洗い流すようで、ぬぐうこともせずひたすらに泣き続けてた。

そんな澪を、桂木は優しく見守っていた。

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