第5話

「賢一君、亡くなったんだって?」


半年ほど経ったある日、共通の知人から突然電話がかかってきた。かつては三人で飲んだりしていたが、賢一と別れてからは気まずくなり、疎遠になっていた。


「へ?」


口から出たのは、間の抜けた言葉だった。


「もしかして、澪ちゃんも知らなかったの?」

「え、あの。私たち、半年前に別れてて、もう全然連絡もとってなくて。その、どういうことですか?」

「そうなんだ。そっか……」


ふ、と力が抜けたようで、知人は電話越しに黙り込んだ。


「あの、賢一さんが亡くなったって、どういうことなんですか? 本当なんですか?」


胸中に不安だけが渦巻いていた。焦った口調で問いかけると、知人は知っていることを教えてくれた。



賢一は重い病気だったらしい。半年前くらいに検査で分かり、その時点ではもはや手の施しようがなく、余命宣告を受けていたそうだ。しかし誰にも打ち明けておらず、友人たちも誰一人知らなかった。一人で闘病した末、先日、家族に看取られてひっそりと亡くなった。葬儀も身内で行われたそうだが、そこでやっと情報が回り出して耳にした。澪なら詳しい話を知っているのではないか――と電話をしてきたそうだ。


「そっか、あいつ澪ちゃんにも言ってなかったんだね。ほんと、バカ野郎だね」


鼻声交じりの言葉を聞いたのが最後、そのあとどんな話をしたのか、いつ切ったのか覚えていない。

気が付いたらスマホを握りしめて、ただ茫然と座り込んでいた。


忙しいと言って会えなくなったこと。電話をしてもどこか心ここにあらずだったこと。

そして、急に別れを切り出されたこと。

「ごめん」と口にしたときの、何かに耐えているような眼差し。

その全てが、理解できた。


おそらく、澪に迷惑をかけまいと自ら身を引いたのだ。それも未練を残さぬように、あえて自分が嫌われるようにして。

とてつもない葛藤があったに違いない。病で大きな不安と絶望を抱えながら、恋人に別れを切り出す。それがどれだけ苦しいことか。それなのに、澪は賢一にひどい言葉を投げかけた。


どうして気づかなかったんだろう。

どうして分かってあげられなかったんだろう。

よくよく考えれば、賢一の様子がおかしいことくらい気づけたはずだ。自分は彼の何を見ていたのだろう。日常に甘えて、本当に賢一の事を愛してあげられていたのだろうか。

取り返しのつかない想いだけが、心のうちにどんどん膨らむ。胸の中で黒い風船が大きくなり、ぱんぱんになり、やがてはじけ――。


朝起きて、最低限の身支度だけして出社する。同僚と会話をすることなく、無表情で仕事をこなして定時で帰る。服を着たままベッドに横たわり、天井を見つめながら夜を明かす。一睡もせぬまま朝になる。

休日は朝から晩までベッドに座り、壁にもたれかけてぼーっとする。

あまりの変わりように、最初は職場でずいぶん心配された。しかし澪の反応の鈍さに、やがて声を掛けられることもなくなった。今では腫れ物のように扱われている。

もう死んでしまおうか、と思ったこともある。しかし、それを選ぶほどの勇気もなかったし、もはやそれすらめんどくさいと思っていた。


澪は完全に、生きる意味を見失っていた。


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