第3話
変な人。賢一さんを初めてみたとき、そう思った。
会社の先輩に誘われて行った合コンだった。もともと社交的なわけではないし、男性に気を配り女性同士でけん制し合う、そんな戦場に気疲れするのが嫌で、合コンに行くのはあまり気が進まなかった。それよりも好きなお酒を好きに飲む方が楽しい。
その日は急に一人来られなくなってしまったとかで、頼み込まれて仕方なく行くことにしたのだ。条件はコンビニの限定スイーツで手を打った。
だから、はなから数合わせの認識だったし、出会いに期待もしていなかった。
合コンのお店は駅近くのビル最上階にあるこじゃれたイタリアンのお店。くじ引きで席が決まったが、澪の向かいは空席だった。一人遅れているらしい。
適度に取り分けたり、適度に相槌をうったり。そうやって当たり障りなく過ごしていると、遅れてやって来た人がいた。
猫背気味な体をぺこぺこさせながら、「どうもすみません」と頭を掻きながら澪の向かいに座る。急な残業ってまいりますね、と誰に言うでもなく呟き、そのときやっと澪に気づいたようで、「どうも」と頭を下げてきた。
なんか変な人だなあ、と思いつつ、澪も「どうも」と頭を下げる。
それが、出会いだった。
男は空田賢一と名乗った。
まあ社交辞令として酒でもついでやろう。そう思って白ワインの瓶を傾けると、全力で断られた。あまりの固辞のしかたに下戸なのかと聞くと、
「お酒は大好きです。でも、お酌をされるのは嫌なんです」と言う。
「どんなに面白い映画も、強制されると見る気をなくすじゃないですか。自分の観たいと思う映画を観るのが一番で、それと同じです。だから、お酒だって自分の飲みたいと思うペースで飲むのが一番ですよ」
そう言って、澪が持っていたワインの瓶を奪い取り、自分でグラスになみなみと注いだ。日本酒かと思わんばかりにグラスの縁まで入れる。
「だから僕にはお酒を注がなくていいです。その代わりに僕も注ぎませんから」
きっぱり宣言され、がぶがぶと飲み始めた。
空田の言っていることはよくわからなかったが、お酌なんていらん、という発言と、自分の飲みたいペースで飲むのが一番、という意見には同感で、なかなか好感が持てた。
これで中心の会話に無理して加わらなくていいだろう。あとは時間をつぶせばいい。
「じゃあ、おのおの飲みましょう」とあっさり返して、澪も手酌で飲み始めた。
空田は少し驚いた様子だったが、しばらく無言で酒を飲んでいた。やがて少しずつ酔いが回ってきたのか、ぽつりぽつりと話し始めた。
仕事の話や趣味の話。とりたてて特別な話ではない。初対面の男女がよくやるような、あたりさわりのない話。
その中で発覚したのだが、空田も数合わせで呼ばれたらしい。
「実は、私もです」と言うと、空田は「そんな気がしました」と笑った。
「こういうことを言うのはなんですが、どうも苦手で」
空田が声を潜める。
「僕はそんなにに器用じゃないので。みんなすごいですよね。くるくる動いてころころ笑って。なんだか水槽の金魚を見ている気になる」
「その気持ち、わかります」
妙なたとえがおかしくて、澪は声を上げて笑った。
「みんなが金魚だったら、私はメダカかな」
「あはは、僕もきっとそうです」
運命的な出会いというほどでもないし、特殊な趣味が一致したとか、そういうことでもない。
なんだかんだで一応連絡先を交換し、すぐに連絡を取り合うなんてことはなかった。なんならお互いにその日のことは忘れていたくらいだったが、別の飲み会でたまたま隣のテーブルで再開したことから連絡を取り合うようになり、何度かご飯を食べて、付き合うことになった。
まあ、よくある話だ。
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