第3話 救いの手
最初に湧いた感情は疑問だった。
なぜ痛みを感じないのか。
なぜ目の前で捕食者が被捕食者に成り果てているのか。
次に湧いたのは恐怖と安堵。
1寸先は闇だったという事実とその闇に身を投じずに済んだという結果。
そこで再び疑問が生まれる。
目の前にいるのは誰だと。
誰が見てもわかるほど立派な衣服を纏いながら、誰が見ても業物だとわかる刀を手にしていながら、その見た目は子供とまでいかずとも明らかに大人ではない。18歳で1人前、いわゆる大人と判断されるこの世界で、彼の者はどうみても16歳くらいの見た目だ。
信じられなかった。例え現役を退いたとはいえ、かつては腕っぷしで生計を立てていた身。死の危険と隣り合わせな世界の中で曲がりなりにも生き延びたという一欠片の自負が粉微塵になる音が聞こえた。
気づけば膝から崩れ落ち、壊れた玩具のように不気味な笑いが漏れ出ていたのだった。
それを認識できた子供は誰もいなかった。あまりに現実から離れた状況だったため、命の危機をぼんやりとした感じ取れていなかったところでその窮地を救われたのだ。ただし、救われる瞬間を目にすることは出来ていない。これが例えば、捕食者として突っ込んでくる敵を真正面から抑え込んでいるところを見れば自分が今救われているという認識を持ち、その次には憧憬の念を抱いていたことだろう。ただ結果は違う。わかったのは敵がいなくなったことと敵か味方かわからない人が武器を持って立っていることだけだ。こうなると子供たちに渦巻くのは一体何が起こったのか、目の前の人はなんなのかという疑念と、そこから生まれる恐怖心だけである。
気づけばさっきまで堂々と剣を構えていた大人が笑いながら崩れ、子供たちは恐怖心とほんの僅かな好奇心を覗かせた目をして見てきていた。おかしい。人助けをすれば人からは感謝される。そういうものだと教わった。だからこそ助けた。歩み寄ることが人の温もりに触れる第1歩だと考え行動した。結果は散々だ。
とりあえず抜いた刀を鞘に収め、何がいけなかったのか振り返る。とりあえず人を助けたことは問題無いはずだ。となると問題なのは助け方だったのではないか。助ける前に一言声を掛ける必要があったことに気づく。
「ごめんなさい!勝手に助けてしまって。」
気づけば目の前の5人にそう謝っていた。自分で気づいた問題点について謝ることで疑惑の篭った視線を和らげられるのではないかという打算が働いたことは否めないが、それでも謝っておいたほうがいいだろうと思い、そうした。しかし返ってきたのは疑惑と困惑が混じった視線。人助けしたのに自分が助けてほしい状況に追い込まれることがあることを今日学んだ。
引率の男性は茫然自失とした状態で普段のように頼りになることは無さそうだ。そう判断した4人の子供たちは、そこで突然現れた人のほうを向く。いつの間にか刀を鞘に収めていたその人は、右手を顎に添え何やら考え事をしているようだ。と思うと今度はいきなりこちらのほうを向き、謝ってきた。おかげでみんなパニックである。ただでさえ非日常なことが連続で起きていたのだ。ここでわけもわからず謝られれば……。
それまで向けられていた視線が止んだと思ったら今度は一斉に泣き出してしまった。すると今度はさっきまで崩れ落ちていた大人が急に意識を取り戻しこちらを見てくる。
「助けてくれてありがとう!」
いろいろととっ散らかっている状態だが何よりもお礼を言うのが先ということで整理できたのだろう。
「いえいえ、たまたま見つけたので助けただけです。それでは。」
俺も俺の周りも全く整理できてないのでさっさとお暇することにする。本来ならばツェーヴェン王国への道のりを聞くつもりだったが、上空から辺りを見渡せば大体の目星はつけられる。つまりここで無理して聞く必要はないのだ。来た時と同じように空を滑空しながら少しでもあの場から離れる。後ろで息を呑むのが聞こえたが気のせいだと思い込みさらに加速した。
通りすがりの救世主が去ったあと、救われたほうは再び静寂に包まれた。しかし一足先に我に返った引率の男性が子供たちに呼びかけ、村へと帰ることを告げる。すると、
「この魔獣ってどうすればいいですか。」
そう言って首と体が分かたれた魔獣のほうを指さす子供たち。
「……持って帰るか。」
持ち主であるはずの人がいる以上持って帰るしかない。こんなところに処理していない魔獣の死体を置きっぱなしにしてしまえば別の魔獣が寄ってくる危険性がある。それだけは避ける必要がある。結果武器以外の荷物を持たない引率の男性が抱えて帰った。
その後魔獣に襲われるようなこともなく無事に帰ると、村の人たちに今日起こったことを話すと半信半疑な様子だが持ってきた魔獣の死体が空の暴れん坊、「ウイングリザード」であることが村の古株の住人によってわかると一気に信憑性が生まれた。ウイングリザードは一定の強さを持つ者にとっては逃げ回るだけでうるさいだけの飛び回るトカゲだ。しかし力を持たぬものにとっては最悪の捕食者となる。引率していた男は残念ながら今回求められる力を持っていなかった。ましてや一太刀で綺麗に首を落とすなどできるはずがない。つまり引率の男が首を落とすよりも、誰かが颯爽と現れて倒していったと考えるほうが現実的だと判断されたのだった。
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