第2話 俺が世に出るまで

 生まれたときの記憶はない。ただ俺を山奥で育ててくれた両親は俺が山の麓に捨てられていたらしい。


 俺を育ててくれた父は刀に生きる男。しかし今その手に握る刀は薪割りの道具として使われていた。それでも父は俺が将来外の世界に出て魔獣に殺されることの無いように俺を鍛えてくれた。おかげで魔獣に殺されかけることよりも父に殺されかけることのほうが多かったが…。


 俺を育ててくれた母は神の1番の下僕を名乗る神官。しかしなんの神を信仰していたのかは話してくれることはなかった。それでも母は俺が将来外の世界に出て恥をかかないようにあらゆる教養と生活力を身につけさせてくれた。おかげで例えどんな環境でも生活できそうなので人間社会に行く必要性も失いかけたが…。


 このまま自分を高め、3人でのんびりと生活するつもりだったがそうはならなかった。父と母の寿命が迫っていた。決して年老いているようには感じなかったが、その疑問の理由は単純だった。父は先祖が火と土の魔導石を取り込んだ者の末裔ドワーフ族。母は水と風の魔導石を取り込んだ者の末裔エルフ族だったためだ。魔導石をその身に取り込んだ者の末裔は例外なく長命種として今を生きている。そして長命種は見た目では老いが実感できない。だからこそ俺は気づかなかったのだ。両親は俺を育てることを生きている間の最期の使命と考えていたらしい。


 俺が2人から全てを教わりきったことで急速に止まっていた時が動き出したようだと2人は全てを悟った顔でそう言った。


「お前に教えられる術は全て教えた。だが、人の温もりを与えることはついに叶わなかった。でも触れずとも感じる温もりというものをお前には知ってほしい。」


「あなたは優しい子に育ってくれた。だからこそ、そんなあなただからこそいつか温もりとは何か、あなたなりの答えを見つけることでしょう。」


 それぞれが遺言を残し、最期は俺の手で逝くことを望んだ。辛く、苦しい気持ちをなんとか押し殺し、ひとつ頷くとそれまでずっと履いていた漆黒の手袋を脱ぎ、二人をギュッと抱きしめる。

 両耳から聞こえる感謝の言葉とともに俺は涙を流しながら両親との別れを噛みしめるのだった。その手には両親の遺体も残らず光の粒子となって消えていった。


 その後三日三晩は飲まず食わず眠らず、ただ自分の気持ちの整理に時間を要した。ひとまず整理ができたと自分で判断してから目的地へと向かう。母には昔から何度も向かって欲しいと言われていた場所がある。俺が育った森、首魁の森から東へと向かった先にある国、ツェーヴェン王国。現在は3代目国王フェルナンド・ミル・ツェーヴェンが治世する大国である。この国の王都は大陸の端に存在し、海に隣接していて、明確な経済基盤が複数あるうえ、現国王が名君であることから安定した善政を敷いている。


 とにかくそこへ向かうために準備をする。父が俺のために打ってくれた純白の刀、銘を「白陽(はくよう)」。降り注ぐ陽の光でその輝きが存在感を強める。黒のズボンを履き、白のワイシャツを着る。その上から漆黒のロングコートを羽織る。黒い靴下に黒い靴を履く。そして珍しく3日間も脱ぎっぱなしだった黒手袋を履く。これまでは手袋以外はもっとラフな格好をしていたし、外に出る時もそれでいいかと思っていたが、俺の門出を見越して2人が愛情込めて作っておいてくれたのだ。せっかくだし着させてもらうことにする。

 ロングコートの内ポケットには魔導石を入れておく。火、水、土、風。この4つの魔導石さえあれば生きているように仕込まれた。あとは森を出るだけである。


 森の中を駆け抜け、道中襲ってくる魔獣を斬り倒しては風の魔導石で宙に浮かせ追従させる。魔導石の使用方法は単純、ただ自分の起こしたい事象を想像し、魔導石へと伝えるだけ。魔導石に意識を向けてさえいれば手に持つ必要も無い。魔導石が効力を発揮するのに必要なのは起こしたい事象を明瞭にイメージするための想像力とそれを必ず発生させるという明確で強い意志である。大規模で繊細になればなるほどそれが強く求められ、それに合わせて魔導石もより大きなものが必要になる。ちなみに今俺が持っている4種類の魔導石は全て握り拳くらいの大きさである。大きさでいえばちょっと珍しい程度の代物だ。魔導石の大きさは今回のような使い方であれば最低でも繊細さが必要となる。さらに魔獣を狩れば狩るほど規模は大きくなるので今俺のやっていることはそれなりに難しいことには違いない。


 そうこうしているうちに森から抜け出すことができた。そこで一旦立ち止まり水の魔導石でレンズを複数作り出し、一直線に並べることで望遠鏡を作り出す。辺り一帯には人影が見当たらなかったので、これで探して目的地であるツェーヴェン王国の場所を教えてもらうことにしたのだ。


 すると望遠鏡越しに1人の大人と4人の子供たちが今にも襲われようとしている様子が目に映る。その瞬間には飛び出していた。火の魔導石で足裏から炎をジェット噴射して空を飛びながら猛突進し、風の魔導石で軌道をコントロールする。


 彼らの前に着いたときには魔獣が目前だった。となればやることは1つ。刀を抜くとともに振り下ろす。魔獣の首は飛び、生命活動を終えた。その場に残るのは呆然とした様子の男とその後ろにいる4人の子供たち、そして魔獣を斬ったにも関わらず汚れ1つついていない純白の刀を持った俺だけだった。

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