人類サイド第3話

彼ら警官と自衛隊の五人組は、20メートルほど先にあるダンジョンの入口を見ている。

 入口は見たところ5メートル四方の大穴といったところで、目立った装飾類などはついていない。


 こういうと途端に神秘性なんてものは無くなってしまうのかもしれないが、さきほど彼らがいたところから徒歩五分で手軽に来ることができた。変な結界とかも無かったのでそのお手軽さから県内の観光スポットになってしまいそうなくらいだ。

 無論、政府としては人の立ち入りは必要がないかぎり禁じるつもりだが。


(うーん、現実で金になりそうだから規制解除とかってなるのかな)


 もしも潜る必要があると判断された場合――例えばエネルギー問題を解決できる全く新しい固形燃料などを見付けたとき――のことを優男は少し考えてみるが、政治について勉強したことはないから分からない。

 法にどんなものがあるのかは学んだが、それを利用する段階には踏み込んでいない。そもそも法律がわかったからといって政治ができるわけではないのだろうが。


 それでも、とても熱心で全ての分野において完璧な対応を、なんて真面目な人間ならあるいはといったところだが本気の考察をするわけではないから関係の無いことだ。


 それよりも今は調査を優先すべきだな、と観察に戻る。

 人の命がかかっているようなものなので、動機が軽いものでも仕事まで軽くしてよいわけではない、そこの分別を弁えられないと迷惑なだけだ。

 まして、かなり深刻な理由で来た同期か近い時期に入ったのだろう仲間がいるのだからここで適当な態度を取ろうものなら憤慨されるだろう。


 ふとした瞬間軽はずみな発言が出ないよう、心にかせを敷く。役割は文章に例えると推敲のようなものだ。誤解を与える内容を徹底的にブロックする。


 彼はお口にチャックの動作を取り、少しずつ歩を進めていく。五人組の紅一点である女性の割と重めそうな事情が見え隠れした質問の件で、彼がリーダーのような扱いとなっているのだ。

 ちなみに、自衛隊の三人の動機は単純に人助けらしい。


(俺だけなんだか申し訳ない理由……まあその分はこの仕事で挽回しよう)


 まだ10メートルは距離があるのだが、それでも警戒するに越したことは無い。未知の事態に既存の精神や法則は通じないものと思った方がよいだろう。

 重い表情を崩さず、シールドを取り出して構える。そして、隙間から前を覗き距離をさらに詰めていく。


 接近は順調に進み、入口の間近まで近付くことに成功した。危険はなさそうなのでくいっくいっと他四人を手招きする。

 すると、四つのシールドがジリジリと彼の方に動き出した。


 たっぷり一分以上時間をかけて五人が揃い、改めて彼は目の前の大穴を見下ろす。

 中にはほとんど見えるものが無かった。光源が無いのだから当たり前だ。

 そして、階段なんて気の利いた物も無い。まだ日光が入っているおかげで入口近くならまだ見える。あるのは壁面の凹凸が通常より随分多いだけてま、大きな物を運び込める雰囲気ではない。

 それでもある程度の身体能力があれば降りることができるだろう。それに拳銃程度なら持って行ける。それも未知の相手にどこまで通じるのか分からないが。


 そして、なんともおどろおどろしいというか、未知に対する恐怖のようなものを湧かせる雰囲気があった。

 その空気に皆のまとう雰囲気が変わる。何かわからないものに警戒していたものから、標的を見付け、的を定めたような一つの対象に集中したものへと。

 大穴の中を見続け十数秒。

 自衛隊の髪を剃った一番強面の青年が顔色を悪くしながら悪態を吐く。


「ったく、本当に拳銃だけで大丈夫なのかね?」

「ああ本当だよ、戦車でも持ってきたいところだったんだが……」

「ま、無理だろうな。何十か何百メートル落ちて何の不具合も起きず、倒れても5メートル四方の狭い範囲で起き上がれる奴があるんなら別だが」

「聞けば聞くだけ無理そうだな」

「絶対に採算が取れないと判断されるでしょうからね」


 自衛隊のトリオ、優男と来て最後に女性警官が話す。その様子は連帯感を感じさせるものになっている。

 内容も話題としては気分が落ちるものだが、所々軽口のようなものも混じっている為、大穴から伝わって来る不穏な空気に影響されていないことが分かる。


 そして意を決してシールドを地面に置いて身軽になり、洞窟の探検家が使いそうなイメージのあるライト付きのヘルメットを被って辺りを照らせるようにし、凹凸を掴んだ。



 ――――瞬間。


《人類の皆様に、スキルを与えます》


「はぁっ!?」


 何か無機質な声が鳴り響き、ファンタジーな訳のわからないことを言ってきた。

 それと同時に、優男の頭に異変が起こった。


「なんだ、これ……!」


 彼の脳内に、物理法則を超越しているだろう事象を自分は巻き起こせるようになった、と突如として記されたのだ。


「身体能力常時増強に……雷撃使い!?」


 あまりにRPGゲームのスキルなどに似ているその内容は、やはり到底受け入れられるものではなく。

 思わず突起を掴んでいた体勢が崩れてしまった。


「まずっ――!?」


 元より脚は中空に投げ出す間際であり、しっかりと固定されていたのは凹凸を掴んだ右手のみだった。

 右手の握力のみでは不安定な姿勢で落ちる身体全体を固定することなど出来ない。他のメンバーも同じような異常が起こったのか固まり動揺したまま動けない様子だ。


 故に、彼は最後の頼みの綱である右手もあっけなく離して底の見えない大穴へと自由落下してしまう――筈だった。


 しかし、現実には右手は外れなかった。

 彼は落ちる寸前、反射的に右拳を握り締めたのだ。

 反射的に出た程度の力。しかしそれでさえも人智を超越した握力だ。

 強大な握力、その要素が追加されたことで定められた運命は変わった。

 彼は、右手で凹凸を掴んだだけの宙ぶらりんな姿勢で、しかし安定した様子で地上付近に留まることができたのだ。

 そしてそこから一旦深呼吸して。


「……ふっ!」


 グッ! と最大限の力を込めて凹凸に己の身体を引き寄せる。

 それだけで、その身体が宙に舞った。

 懸垂のようなものではない、そんな次元に無い、まさに人外の膂力が引き上げるのではなく、跳び箱のような用途を見出させたのだ。


 即ち、凹凸を台に見立て、押し込んで、跳ぶ。


 そんな方法だ。

 虚空を引き裂くかのような勢いで上昇した彼の脚は、ついほんの数瞬前まで手をかけていた凹凸の上にあった。


「なんだよ、これ……!」


 この一連の流れに向けた感情は、この一言で大方表すことができる。

 困惑だ。

 身体を変貌させられた怒りでも屈辱でもなく、高揚でもなく、得体の知れない力への恐怖でもなく。

 困惑なのだ。 


「わけわかんねぇよ、こんなもん」

「ああ、全くだ」


 彼が吐き捨てるようにそう言うと、賛同の声が上がった。

 声の聞こえた方向を見やると、首筋に手を当て首をポキポキと鳴らす強面スキンヘッドの姿があった。

 その光景の表面だけを見れば怒りが先立っているように感じるが、心底を埋め尽くしているのはやはり困惑の感情だろう。

 あらかた解し終わったのか彼は首を静止させ、眼を正面に捉える。


「何なんだよ、コイツは」

「分からない。ただ……」


 一つだけ言えることがある、と彼はその先につなげる一文を発し、一泊の間を置く。


 それからやはり吐き捨てるように、こう言った。


「こん中がダンジョンになってるってのは、確定でいいんだろうよ」





 五人組の男女が、深刻な表情を顔面に貼り付け、大穴を前に座り込んでいる。

 しかし深刻と言っても一口に分けられるものではない。女はもうお手上げだという雰囲気を醸し出して。

 男4人が少しワクワクしたような、それを抑え込みこの状況への対抗策を考えるようなものだった。


 しばらくその状態のまま膠着し、口に手を当てて熟考していた優男が挙手をする。


「皆、聞いてくれるか――」


 切りだそうとしたところで、彼の無線に反応があった。

 彼は無線機に口を近付け、幾度かやり取りをして、切る。

 それから改めて他4人を見据えて、言った。


「戻ってこいだとさ」

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