人類サイド第2話 

ダンジョンの出現。


 それに世界が震えたとは言ったが、そもそもダンジョンとはどのようなものなのか。

 それを知るために数名の志願者を警察官と自衛隊から募集した。

 この募集はあくまで募集、募るだけであり徴集ではない。ただ、良心に問い掛けただけ。

 そう表向きになってはいるが、実際いなくなっても痛くない者だけが選ばれる仕組みになっている。

 良心というのは、様々な形があるだろう。より多くの命を救いたい、目の前の命を救いたい、救える命を救いたい。

 まあ、綺麗な良心を持っている人間なんてそうそういない。上の立場にある者は指示をするのが仕事だから志願する者などいない。例え良心があったとしてもより多くの幸せという点では彼らが死ぬ可能性は無くさなければいけない。上がいなくなると下は大変になるからだ。


 家族だったら上が――親が率先して危険に飛び込むのだろうが、あくまで大人同士、立場の違いこそあれ大きく言えば横の繋がりだ。ならばより重要な存在が残るべきであろう。

 そんな気持ちで、重要な人間は行かない。

 対して下はどうか。ベテランとなれば何があろうと自分の命を犠牲にして助けたい、なんて感情は冷めるだろう。いや、萎えると言った方が正しいのか。

 まあつまりは、正義感なんて持ち合わせているのは少ないということだ。では、その少ないのはどこに集まるのか。新人だ。

 夢、とまでは行かずともまだ就職した仕事に対して期待を捨てきれていないだろう。大した正義感を持っていないやつでも就いた当初は少なからず浮かれるはずだ。

 そういう層を狙い打ったもの、それが志願というシステムだ。まあここまで語っておいてなんだがラノベでも何でも少し本というものに触れていれば誰でも考えつく一般にも広まっているものでしかないのし、少しでも冷めていればまずこんなものやらないので引っかかるのなんて本当に数人いるかどうかだろう。


 だから、それに引っかかる者は頭が少し残念なタイプだ。

 もしくは、ファンタジーか学園バトル物が好きなのだろう。

 そしてそんな何人かが、秋田の水田をぶち抜いて出現したダンジョンの近くに集まっている。現在時刻は朝の6時か7時といったところだ。


 メンバーはそれぞれ一人目が優男風の顔と雰囲気をした180cmほどの黒髪黒目の男。

 二人目が平均身長を数cm上回った程度の身長に、背中に余裕でかかる髪をポニーテールにした少し目つきが強い女性。

 三人目が一人目をムキムキにして髪を剃って顔を厳しくした感じの男。四人目も五人目も顔が多少柔らかくなって髪を剃っていない程度の違いしかない。

 それぞれ1、2人目が警察官、3、4、5人目が自衛隊といった具合だ。ちなみにフルで武装している。

 その5人はどこか覚悟を決めたような表情をしており、しかし少しワクワクしているようでもあった。

 風が少し強く吹き、3人目以外のメンバーの髪を揺らし、それを合図にするように優男風のが口を開く。


「なあ、どうして来ることにした?」それは彼の心にある疑問で、なるべく答えてもらうよう彼は続ける。「俺はダンジョンが生まれたって聞いてワクワクしたからだ。ああ、ダンジョンじゃなくて未調査の大穴だったか」


 彼がどうしてこんなことを聞いたのかは単純だ。

 自分の理由はあまり褒められたものではないが、他の人はどうなのだろう、と気になったのだ。

 彼には、妹がいる。彼自体は20代の前半戦といったところだが、まだ妹は高校生だ。そろそろ卒業しそうではあるが。ちなみに反抗期だが、彼としては妹がデレて眼鏡をかけた面倒見の良い委員長スタイルになると信じている。


 そんな妹は、彼が警察官になるのだと言ったのを聞いて大層驚き、本当になれるとわかるとさらに驚いた。

 反抗期の妹に一泡吹かせられたことも相まって職務を全うしようと気合を入れた矢先に、今回の事件。いや、彼が予想していることが起きるなら歴史に残る大事件になる。


 ついでに妹に対して格好つけたがりな節もあったので、今回の参加となったのである。

 妹の下りは話さないでおいた、何故なら引かれそうだから。

 役に立つかどうかもわからないが、手錠でモンスターを拘束とか浪漫があるよなあ、と危うく童心に返りかけた彼がその勢いで持ってきた一つの手錠をクルクル回していると、女性が顔を少ししたに傾けて話し出す。


「私は……」


 出だしから早速口の動きが停止してしまい、あれ闇が深かったかな…? と質問した優男の方が態度に出さず内心オロオロしているとどうやら意を決した様子で、女性が再度口を動かす。


「……入院している母に、私はちゃんとやっているんだよと見せてあげたく……」

「!!」


 入院、というワードにこれは本当に開けちゃ駄目な箱だったか…? と優男が若干後悔したが、それよりこの場のフォローをしなければ!! と重そうな雰囲気で静まり返る場を認識して思い返す。


「えっと……どうしてそんな大事な話を?」


 彼が焦って、しかし焦りを気取られぬよう切り出した話題に、女性が若干の照れを感じさせながらポツリと零すように、


「死んでしまうかもしれないので、そういうのは打ち解けた人が一緒の方が良いな…と」

(ああ! やばい!!)


 その小さな声に、彼が本気で焦り始める。彼としては軽い気持ちで聞いてみたのだ。それをこんな大事な感じで返されてしまったのには、本当に意表を突かれた感じだった。

 重めの話も来るのかな、来るんだろうなとは予想していたのだ。だからそんな話が来ても大丈夫だ、むしろドンと来い! とか思っていた。


 しかし、駄目だった。


(アァー!! 畜生!! やっぱりお遊びまで行かなくともお気楽な理由で来た奴がこんな話は予想できねえよ!! すごく重い雰囲気に対する経験の差を感じた!!)


 本場は、予想以上だった。

 彼はそういうのを読んだり聞いたりしていた時に、こいつヘタレだなとかもっと堂々してろよとか思ったのだが、今そんなことを思った彼らに全力で謝りたい気分だった。すいませんでした、こんな責任感とかヤバいって思ってませんでした、と。


 しかしもう言っても仕方ない、後の祭りという言葉で表されているように時間は戻らないのだ。


(……でももし俺の予想が正しかったら)


 もしかしたら、そんな事も有り得てしまうのかもな、と彼は考える。


(ダンジョン、か……何処までファンタジーなんだろうか)


 彼の予想とは、人間の超人化というものだった。

 種族選択というのが発生したとの情報が多数寄せられているため、身体能力が高くなることはまず間違いないだろうが、それがどこまで行くかというのが問題だ。

 もし、地図を変えたりなんなり出来るような力が手に入る世界になるのなら、時間逆行、タイムリープというやつも実現してしまうのかもしれない。


 もしそうなったら、自分はどうなってしまうのだろう。そんな不安を覚えながら、彼はダンジョンが出現したという方角を見つめた。


「……」


 そんな感じで反応が無いことに少し不機嫌になって、無言で自分を見ている女性警官に気付き、あわあわと慌てるのは少し後の話。

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