人類サイド第1話 

その日、世界は震撼した。

 その原因は何かと問われれば、皆が口を同じにしてこう答えるだろう。


 ダンジョンの出現、と。


◇◆◇◆


 何か、面白いことが起きないかな。

 それは自覚があるか無いかの違いがあるだけで、誰もが考えていることだろう。

 面白いこと。それは何も好きな漫画家や作家の新連載が始まることや人気作品の映画化が進む、なんてことだけではない。

 小学生にとっては、選択可能な給食が出ることも面白いことだし、熱血少年にとっては休み時間が訪れるだけで遊べるから面白い。

 気性の良い人間にとっていじめはつまらないことだが、気性の良い、と思い込んで思い込ませている人間はいじめを見るとそれを解決する自分の姿が格好良いから面白いことだ。

 北海道のプロバスケットボールチームが千葉のプロバスケットボールチームに負けたら、北海道の人々は落胆するが、千葉の人々にとっては面白いことだろう。

 弱小チームは負けつづけると悔しいだろうが、負けたことの無い絶対王者なら負けることを新鮮なものだと考え、面白いことだと感じるかもしれない。

 アニメや漫画や小説では、頭を空っぽにして見ている人にとってハーレムは面白いことかもしれないが、現実的に考えてしまう人にとってそれは唾棄すべきこととなってしまうかもしれない。

 面白い作品を知らない子供は、全ての作品を面白く感じるだろう。

 過ぎた面白さを知ってしまった大人は、子供と同じ作品を読んでもつまらないだろう。

 何かを面白く感じなくて、その何かを誰かと共有することで面白さを感じる人がいるかもしれない。

 何かを面白く感じなくて、その何かを楽しんでいる誰かを程度が低いと嘲ることに喜びを見出だす者がいるかもしれない。

 あるいは、その嘲る姿をさらに後ろから眺めて笑う者も。

 それをさらに後ろから眺める者も。

 寧ろその流れを作る元凶になることを望む者もいるだろう。


 とにかく、どんな人間であろうと、何かを、面白いことを望むのだ。


 では、魔法を使えないということに不満を抱いた中学生は?

 空を飛んでみたい、と憧れを抱いた少年は?

 強くなりたい、と不良に挑み返り討ちにされた事実を嘆いた青年は?

 もう会社なんて枠組みから、コンピューターなんてものから解放されたいと願った社員は?

 医療で解決できなかったが故にその生の結末を迎えた彼女の前で、もっと、何か救う手立ては無かったのかと怒りを覚えた彼氏は?


 それらの人々は、何を望み、何に面白さを見出だすか?


 答えは、超常的な力がある日突然齎されることだ。


 空を飛ぶなんて物理的に無理だ。だから物理法則なんて超越した超常が欲しい。

 一人で大勢に挑んでは、絶対に勝てない。だから救えない。だから一騎当千の力を求める。

 人間の力が弱いから、限界が小さいから会社なんて上下関係が出来上がるのだ。ならばそうならない独立した特別な個性を持てば良い。

 医療なんて救えない人がいる。医療では解決できないことがある。だから誰かが哀しい別れを迎える。それがなくなることがない。だから、医療を置き去りにする奇跡を求める。


 だから、その者達はダンジョンの出現を歓喜した。


 平穏で、変わらない生活を続ける者は何を望むか?


 美人に生まれたから、おだてられ囃され蝶よ花よと育てられ何の不満を無く生きていた者は?

 最強を研究し、机上の空論を語らい、机上の空論で終わらせて笑ってきた者は?

 友達がいて、家族がいて、恋人がいて、心に強い意思を持った者は?


 そういう者達は、変わらぬ平穏を望む。


 だから、その者達はダンジョンの出現を、自分達の日常が変わってしまうことを嘆いた。



 ダンジョンが生まれ、モンスターが生まれ、非日常を、超常を望むものはダンジョンの攻略に励んだ。

 ダンジョンが生まれ、モンスターが生まれ、変わらぬ日常を望む者はダンジョンから遠ざかり日常に帰って行った。


 その中で、その二つで世界は別れた。


 物理的に別れる訳でなくとも、心理の深い場所で、確実に別れた。


◇◆◇◆


 花も逃げたり隠れたり恥ずかしがったり羨んだりする人生楽しむ真っ盛り、ピチピチの15歳で女子高生の少女、九迅城連音くじんじょうつらねは、人生を楽しんでいなかった。


 いや、表面上は笑ったりもできるのだ。

 少し珍しいかもしれないがアニメや漫画などが好きで、子供の頃はヒーローや魔法少女に憧れたし国民的なRPG超大作をプレイしてからは、勇者に憧れるようになった。


 もちろん今では、というか好きになって憧れた当初から、そうなれるわけではないと理解して、納得してしまっていたのだろう。現に幼稚園の同級生達七夕でがヒーローになりたいお姫様になりたいと願う中、連音だけは漫画家と友達になりたいと書いた。

 それで少し浮いていたと自覚することもあったが、浮いていてもそれが浮き続けるという証拠にはならない。少し人と趣味が違い、大人びているだけで大人からしたら少し変わっているな程度のものであったのだから尚更だ。


 連音は、子供特有の好奇心の旺盛さを存分に発揮し、様々な作品を読み漁った。

 色々な分野のものを選り取り見取りといった感じでまずは試してみる、続きを買うのはそれから、連音はそんな贅沢なお金の使い方を好む性格をしていて、両親はそこそこお金持ちで、多少親バカが入っていた。


 だから何となく興味を持った少年漫画を買えば甘々の少女漫画的ラブコメも買った。

 特に要素の無い日常系とでも言うべきものも前述の二つほどではないもののたまには読んだし、さらに少なくなるがファッション雑誌なども買ってみたりした。

 ファッションは奥が深く、バトル物などをまず経験してその道に踏み入った連音にとっては、よく分からないものでしかなかった。

 だから読んでは溜め息を吐いて棚に戻し、ふとした瞬間思い出して読み返し、また溜め息を吐いて今度は棚のもっと深い場所に置き換えて、前回よりさらに長い時間を経て思い出して……という連鎖が生まれていた。


 されど、連音は美女美少女の領域に名を連ねる者であった。

 小学生の頃からクラス替えが行われる度に軽口を文字通り軽く、それこそ幸せの青い鳥が落とした羽よりも更に軽いぜと言わんばかりの勢いで叩いてくる友達ができたのだ。


 その友達の軍勢は連音を見逃さなかった。

 お洒落、するよなあ? は、はい……みたいな感じでいつも何となく了承させられてしまうのだが、全く分からない。

 連音とて小学生、まだダークファンタジーを好む年ではなかった。

 故にまだ普通の感性は持ち合わせていたため普通の会話ならばついて行ける。例えば昨日の何何面白かったよね〜、あのクソ教師マジウザいとか、あのアイドルグループで誰が推し? などだ。


 まあそんなこんなで鍛えられ、連音は今好きな作品を程度が低い、なんて罵倒されてもニッコリ笑顔で受け流すことができるまでになっていた。


 連音は、クラスでは寡黙な美少女ということになっている。

 時間があれば、読書をするのが連音の基本的なスタンスだ。

 その際、本はブックカバーで必ずタイトルなどを隠す。

 荒波を立てないためというのもあるが、これで自分と共通の趣味を持つものがいると、その人物が善意をもって近寄ってくるのだ。

 善意を持って、遠慮を覚えてしまっている人種が、連音はある意味で否定しか考えない人間よりも苦手かもしれない。


 というのも、そういう人たちは自分の提案や意見に引き下がってしまうのだ。

 例えば自分はこのキャラが好きなんだ、とその人が語ったとする。

 そこで、そのキャラのこんな性格が良いよね、と重ねたとしよう。

 しかしそこで、連音がでもここもこんなのを現してて良いよね何て言ったら。

 観察力が足りないなどと自分卑下してしまうのだ、そういう人種は。

 例えば、キャラの恋愛フラグを纏めるとき。

 このキャラはこうだからこっちかな~、いや、こっちか? と楽しそうに考察していたところに連音が少し割って入るだけで連音に遠慮して意見を飲み込むようになってしまうのだ。


 それが、格差を見せつけられているようで、逆に疎外されているようで、連音は好きではない。


 容姿だけで、生まれ持ったものだけでここまでの差が開いてしまうことが、嫌いだ。

 或いは、そう考えることすらもが上に立つ側に浸ってしまっているのかもしれないが。

 だから、連音は己を見せずに関係を絶つ。


 服装については、夏服であれば、不真面目という第一印象を避けるためにシャツのボタンを外すなんてことはしない。どれだけ暑くても絶対にだ。

 他は、まあ、特に言うこともなくリボンを指摘されないよう規則正しくしめ、スカートも捲ることなく履く。しかし周りが皆短くするのならそれに違和感無く溶け込める程度には捲るつもりだが。

 あとは普通よりは長めの靴下を履けば完成だ。


 容姿については、かなり良い方だ。

 眼は二重瞼になっている。キチンと明るく開けばパッチリとした形になりまた違う印象を抱かせるのだろうが、今は少々細めたような形がデフォルトとなっており、物静かか或いは眠そうな印象となる。色は茶色っ気が強いが分類としては黒となる。


 鼻は高く、唇はちょこんと添えられるような感じ。顔は小さく、可愛くなる要素を盛り合わせた結果サイズを大きくしなければいけませんでした、うわあい四等身なんてことにはならずバランスが取れている。

 身長は165cmを少し超えたあたり。既に高い方ではあるが、まだ伸びるかもしれないと思わせるようなスレンダーな体型をしている。

 身体全体をパーツパーツで区切った比率で、誰が見てもわかるほど明らかに脚が占める割合が大きい。

 しかし大根脚にはならず、擬音を当てて表現する場面なら選ぶのはスラッ、という一単語が一番先に思い浮かぶだろう。

 髪はこのご時世に珍しく腰まで届くほどの長さ。それでいて余すところなく艶々としている。

 連音としてはあまり髪に思い入れなど無いのだが、女は髪が命らしいので一応二度ほど洗い直すことにしている。


 腰まで届くという言葉からも分かるように相当な量となる髪を細部まで丁寧に洗う、さらにそれを複数回繰り返すとなればかなり面倒臭い。いや、もう面倒臭いことこの上ない。


 しかし、切るわけには行かない。

 それはなぜか? 答えは簡単。目立ってしまうからだ。

 連音の容姿は、自慢する訳ではないがかなり良い方だろうと自負している。そんな彼女がずっと伸ばして切っていない髪をバッサリ行った。するとどうなるか?

 そんなもの決まっている。何があったのと聞かれまくるのだ。

 失恋? 失恋? それとも失恋? はたまたテストで悪い点をとった? 親に切れと言われた? などなど。

 いや、流石にこれは連音の被害妄想なのかもしれないが、それでも少なからず軽い感じで聞かれはするだろう。あれ、髪切ったんだなど。


 そうするとどうなるか? もしかしたらクラスのカーストトップ層の女子グループなどに睨みつけられるかもしれない。

 他にも目立ちたがりがなんだアイツウゼーなと思うかもしれないし、酷い場合はイジメに発展するかもしれない。


 イジメとは、何も主導者があれこれ指示して起こるものだけではない。


 例えば、どこかのクラスの誰かが誰かを無視したとしよう。

 そうすると、その情報は一度そいつの友人に伝わる一学年ならいざ知らず交遊関係を拡げた上でクラス替えをした二学年以降ならばまず間違いなく他クラスにも広がる。

 そこから、更に別の友人に伝わる。今度は一学年だとしてもクラス外に広まるだろう。

 それが更に伝わる。今度は学年全体に広まるかもしれない。

 それが更に広まる。

 ここで、一度情報は戻って来る。

 地下鉄やバスが終着駅にたどり着き戻るように、噂話という名前の乗客を届け終えたそれは、一度戻って来るのだ。

 そして、その現象は幾つか先のステップにたどり着くことで、同時的に多発する。


 まあつまり、広まってたどり着いたクラスから広がった情報が更に一周して広がった先のクラスにもう一周して来るということだ。

 これが学年で起こりまくることで、元凶が誰かなんて誰にも分からなくなる。


 まるで、江戸時代の一揆のように、横のつながりで構築された情報網によりイジメの荷担者は円の形をもって連なるのだ。

 それは、椅子取りゲームとも似ている。

 一人だけ、仲間外れがいて、仲間内の者は誰も仲間外れを気にもしない。

 気にもしない大勢がいるから、気にする少数が暗躍できるのだ。

 気にしなければ、文字通りというのは些か違う気もするが、仲間外れの気持ちなど考えもしない。

 だから、少数に乗っかる。

 何となく、楽しそうだから? いや、そんな理由すらも無い。

 最早それは呼吸するのと同じように、日常の一部となって溶け込むのだ。


 そして連音は、自分が一度目立つとそうなるかも知れないと理解している。

 自分は容姿が良いから、それでいてその分野例え空想化学であるうとライトノベルであろうと純文学であろうと何かといちゃもんをつけられ侮蔑の対象となる読書という行為をしているから。


 上の方に入っていたとしても、所詮一軒家の三角屋根の下の位置にある杭か頂点に埋められた杭かの差でしかないのだから。

 だから、九迅城連音は目立とうとしない。地味に徹する。



 しかし、その生活に何とも知れない違和感というか、合致しない感覚があった。

 それが何なのか。

 それを、九迅城連音は知ることになる。


 ダンジョンが、出現したその日に。


 幼い憧れを、叶わないと切って捨てた願望を、自分は失い切れずに燻らせ続けていたことが。


 つまりは、自分の子供の部分の訴えが、地味な自分に反感を抱く幼い気持ちが、その感覚の正体なのだと。

 

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