第23話

偽善者を名乗るキャラって大体強キャラだよなー、なんて考えながら、えいとは走る。

 そして少しして、やはり簡単にスライムを見つけることができた。モンスターの行動はある程度一定になっているのかもしれない、とえいとは予想してみる。


(普段はバラけてるけど……恐怖を感じる基準が同じってことなのか? …種族単位で情報を共有している可能性もあるな、それでいつもバラけてるのは……細胞が60兆個だっけ? あっても全部同じ行動をしているわけじゃないってのと同じか)


 そこまで考えて、えいとは自分の脳内にふと新しい仮説が生まれるのを認識する。


(ここまで来ると、ダンジョンって一つの生物なんじゃないか?)


 もしそうならば、モンスターが周囲に存在しなければ安心していい、というのも怪しくなる。寝られない可能性だってあるかもしれない。

 連鎖的に浮かぶバッドエンドのシナリオに身震いして、疑問を覚えまた考えを覆す。


(…だとしたら、何故モンスターは逃げた? 何故これまで奇襲されなかった?)


 もしダンジョンがモンスターと視覚や感覚を共有する巨大な一つの生命で、その上モンスターを産み落とすことができる存在であるとしたならば、だ。

 それが自分を下げるものになるのを自覚しながら、えいとは続ける。


(俺が死んでいないのはおかしい)


 えいとが油断しているときなど幾らでも有った。

 例えばまだニードルラビットから逃げていた頃だ。逃走時えいとは匍匐前進の姿勢で、下から見れば無防備な姿をさらしていた。腹の下から新しいニードルラビットを産み落とせば簡単に腹を突き破ることだって出来たはずだ。

 それなのに、そうしなかったということは理由があったのだろう。


(何か、制限があるのか?)


 考えられることは、痛みだろうか。

 人は子供を1人産むのに想像を絶するような痛みを感じるらしい。それこそ絶しすぎて鼻からスイカが出るようななんて意味不明な例えを生み出してしまうくらいには。

 それでも人間には子供に対する愛があるから耐えることができる。

 ならば、ダンジョンには?

 ダンジョンに、愛はあるのか?


(無いに決まってる)


 えいとはそう考える。いや、断定する。

 この質問を100人にすれな100人がえいとと同じ判断をするだろう。

 当たり前だ、モンスターはこちらに命がけの戦いを挑んで来るのだから。

 圧倒的な格上に逃げることはしても、そこまでの実力差が無い相手ならば必ず挑戦する。愛があればそんなことを許すはずが無い。それが強くなってもらう為という歪んだ愛の形と言うのならば、お手上げだが。


 そして、一番の理由が共食いだ。

 えいとは見ている。ゴブリンとニードルラビットが殺し合いをして、ニードルラビットが勝利して最後にゴブリンを喰った光景を。


 あれを許すのは親とは言わない。絶対に。


(なら、それが理由か? 痛いのが嫌だから極力モンスターなんて産み出したくないと?)


 まあ、一応理由としては当てはまるだろう。

 しかしそうだと断言するにはまた一つの壁がある。


(一体のモンスターを産み出すことすら嫌う奴が、わざわざ共食いさせるためにモンスターを何十何百と産み出すのか?)


 もしモンスターを一体産み落とす度に人間が子供を産むときのような激痛がダンジョンを襲うのなら、そんなことはありえないだろう。

 しかし痛みを感じないのだとしたら、もっと産み出しているべきだ。


(或いは、一日に産み落とせる数に限りがあるとかか?)


 一日に30体しか産めません、なんて縛りがある可能性も考えてみたが、それはあまりにゲーム的過ぎるのではないか? という疑問が湧いたのでひとまず保留。新しい候補を探す。


(危機的状況に陥らないと新たなモンスターを産まない? いや違う。それだったらやっぱり最初にあんな数モンスターがいた理由が無い。じゃああらかじめモンスターが現れる時間が決まっている? いや、これもゲーム的過ぎるだろう)


 選択肢が浮かんでは消え、浮かんでは消える。答えにたどり着かない。

 そこで、栄人は考え方を改めてみる。新しいものを出すのではなく既にあるもので答えを導き出そうとする。


(これまで何があった? モンスターの共食い、塵となって消える、魔石があれば消えない……)


 思い起こしても、革新的なものは見つからない。まあそれはそうだろう、このエリアに来てから一日も経過していないのだから。

 しかし、ここではかなり密度の高い時間を過ごしてきたと栄人は自負している。それこそ高校に入ってからの全ての時間より多くの思い出が生まれそうになるくらい。


 それでも一日では足りないようだ。


(あ〜、そうですよ。俺は精々自己満足してるだけの木っ端ですよーだ。はっ! ……でも何かヒント無いもんかねえ)


 鼻で笑い飛ばそうとしてみるが、やはり気になってしまう。

 なんとなく、なんとなく答えは見えている気がするのだ。それを思い出せないだけで。

 だからこそ、諦めきれないのだろう。


(逃げると逃げ癖がつくってのもあながち否定できんしなー)


 ぶらぶらと歩きながら考える。


(とりあえず遡ってみましょう、えーっと、金属バットでホームラン宣言をした俺に向けて魔法陣が光輝き、グルグルと回り、その範囲を狭めていく。そして狭まるのと並行して回転の勢いも増し、それは正によくアニメとかでハムスターが回している謎の水車もどきみたいなおもちゃのようで――!)


 タラタラタタッタタ、とステップを踏みながら考える。


(魔法陣の輝きはさらに増して行き、それは最早神秘すら感じさせるようなものであった。しかし神秘は今身近にあり自分に影響を及ぼそうとしているのだ、と俺は考え直し、今更ながら興味を感じた。そして手の中の金属バットを思い切り握り、それが契機となったのか魔法陣が一際強い輝きを放ったかと思うと視界が白に塗り潰されていき――!)


 ムーンウォーク(ただの後ろ歩き)やバレエ的なスピン(グルグルバット30回目みたいになっている)も試してみたが、答えはまだ見つからない。

 そろそろダレてきた栄人は、一度ため息を吐き、そして、


(あーそーいえばダンジョンと言えばダンジョンのモンスターを利用した飯だよなー例えば兎肉ハンバーガーとかなー、あれ? ラビットバンズ? バンズがパンだっけ? あれ? あれ? まーいいや、ラビットバンズシザースクイーターが食べたいなーあー食べたいなー、もしくはスライムマシュマロソーダでもいーなーあー美味しそうだなご飯ー……畜生何にもピンと来ねぇ!)


 馬鹿のふりをすれば意外と良いアイデアが生まれるんじゃないかな? と思って食いしん坊キャラを演じて見るも不発。

 しかしそのままでは屈辱だ。何かと言えば一人ぼっちで将来黒歴史確定になるようなことを言っておきながらすごすごと引き下がることに対してである。


 食べ物繋がりで答えを導き出して見せる! と意地になった栄人の脳は効率を代償に酷使されていく。カフェインでもエナドリでも何本飲んでも合法ならオッケーですの精神でがぶ飲みしてハイにでもなりたい気分だった。


(一人でひとしきりテンションを上げてから一人芝居を繰り返して一人でミスって急に本気出すぜみたいな入り……ここで長引かせれば長引かせるほど将来友人の武勇伝を聞いて笑えなくなる! 故にこれは諸刃の剣だ、最速で仕留め切る!)


 皆が盛り上がっている中一人だけ心の中でいや、それ俺もやってました……すいません…………なんて言いながら苦笑いするしか無いなんて末代までの恥だろう。なおその場合末代は栄人ではなくそのずっとずっと後だ。


 ダラダラダラと、聞こえないはずの冷や汗の音が早鐘を打つ己の心臓の鼓動に混ざり合い、複雑怪奇な奇形オブジェへと形作られていく光景を幻視しながら、地道な試行錯誤を繰り返す。

 栄人としてはここで゛無数の゛と言えない辺りに己の限界とそれに付随する不甲斐なさを感じているのだが、それも今はどうでもいい。


(食べ物……食べ物……カロリーの消費……ダンジョンにはポイントがある、いや自分で自分に制限をつける意味が分からないから却下。代金が必要……くそっ、ポイントと同じじゃないか。却下だ却下。割り勘……割り勘? どうやって分けるんだよ、却下)


 却下、の一言が続く。それは冷静な響きでありながら、己の寿命を縮める一手でもある。

 事実栄人も一つその言葉が出るだけで少しずつではあるもののしかし確かに焦燥の気持ちが肥大化していくのを認識している。


(うーん、うーん……あ、そうだ。料理って量が多いと高くなるよね)


 何気なく感じたそれが、切っ掛けだった。


(あれ? ああ、これなら……)


 符号が合致する感覚。それは張りに張って張り巡らした罠が実を結んでいく感覚と同種のものである。


(少し恥ずかしい例えだが料理をモンスターだと仮定しよう、だとしたら食材は何だ?)


 さらに具体的に言えば、ピタゴラスイッチを自分で組み立てて何度も何度も失敗し、作業となった一投で奇跡が起きたときのような。


(希少な部位で、量が多いほど値は高くなる)


 終わりに近づくに連れ、一つ一つ、仕組みギミックが紐解かれていくにつれ、興奮から思考が、世界が加速する。


(希少なものは高い、だから少ない。量が少ないものは安い、だから多い)


 希少なものは高い。それは棍棒持ちのゴブリンが少なかった、という点でクリアしている。

 あれがダンジョンにとってとまの程度貴重なものだったかは知らないが、少なくとも他のモンスターの肉とは違う武器として使うべきものだ、希少性は高めだろう。


 そして、


(ああ成程、ニ・ー・ド・ル・ラ・ビ・ッ・ト・に・や・た・ら・追・い・か・け・ら・れ・た・のも、そのせいか)


 ニードルラビットは、小さい。だから強くとも材料としての価値は低かったのだろう。

 そしてまだ一つ、ニードルラビットの肉体性能が高かったのなら素材も高いのではというものも問題になってくるわけだが。


(このダンジョンって、複雑な素材をしてるんだよな?)


 それで、均衡を保っているのだ。

 柔らかいものが素材の大部分を占めてしまえば、すぐに崩れ落ちてしまうだろう。専門的な知識など無くて頭も良くない高校生でもそれぐらい分かる。


(だから硬い肉が多くなるのは、当たり前ってことだ)


 これで全ての問題が片付いただろう。

 そう思い立ち上がった栄人だったが――。


(――あ)


 ボコボコッと、数十メートル先の地面が盛り上がって。


 新たなるニードルラビットが、このダンジョンに産まれ落ちた。


(そういえば、なんであんときモンスターを生成しなかったかってのは、考えてなかったなー)


 栄人は、心の底から爽やかな気持ちで笑顔を作り、ストンと草原に腰を下ろした。

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