第22話

……さて、重っ苦しい空気終わりィ!


 自問自答に一先ずの区切りをつけると、えいとは脳内でそう宣言する。

 確かに悩まなくてはいけないだろうしそれを黒歴史にしてはいけないとも思っている。

 しかし、


(少々突然過ぎた感が否めない)


 良く分からないが、何となく、駄目だと思ってしまったから重い雰囲気になったのだ。

 そう、何となくだ。


(いざ決意を固めるってのはもっとロマンチックな展開に取っときたかった!)


 いや、えいととてダンジョンで誰かを守りきれなかったり決定的なミスを犯してしまい黄昏れていたところ仲間に諭されて決意を固めるとか、そんな出来過ぎた展開を望んでいるわけではないのだ。


 ただ、何の脈絡もなしに、何となくだけが理由で…ってのはちょっとなー!! と思ってしまうだけなのだ。


(うぅ…まあやっちゃったもんは仕方ないから守るけどさー)


 その続きを何かたとえ話で表そうとしたが、上手く続きを思い浮かべることができず、けどさー! と繰り返す。

 脈絡が無い方が凡人らしくて良い気もするが、それぞれがそれぞれの人生の主人公だとも聞いたことがある。


(だとすれば主人公相手にこの扱いは何様よ)


 出来ればもっと敬って欲しい。

 そして更に情緒あってモンスターでも手を組めるとか考えてる仲間に一人くらい巡り合わせてほしい。

 あとは人間に戻してほしい。


 少々、というより多々願い過ぎ願い過ぎだとは思うが本当に欲しい。心の底から。

 えいとは手を組んで祈りを捧げてみたが何も変わる気配はない。


(…というか、俺モンスターじゃん、だったら俺が崇める神ってば強制的に邪神さんになってるわけっすか!? そりゃ願いなんて聞き届けてくれるはず無いわな!)


 なんでこんな当たり前の事に気付かなかったんだ! と頭を抱える栄人の姿は、かなり痛々しい。

 そもそもこれまでも一人で転んだり転んだり叫んだり苛々したりしていたのだから今更ロマンチック云々言われても疑問符を浮かべる人も存在するだろうことは栄人も少し考えれば分かるはずなのだが。


 人間冷静さを失うと視野はかなり狭くなる。とくに栄人にはそのきらいがある。

 直そうと思ったこともあったが、その頃にはもう性分として染み付いており、遅かった。

 これまでもバトロワ系のゲームをする度に鴨になって来たので栄人は自分自身のこの特徴が嫌いだ。


(うーん、まあそこもゴブリンになって心機一転、おいおいってな感じで直して行くことにしましょう)


 なんかもう今となってはそれでミスしたら洒落にならなそうだからね、と現状を省みて栄人は付け加える。

 おちょくるのを生き甲斐としたようなモンスターが現れたとしたら、今の栄人だと絶対に追ってしまうだろう。

 そしてその先に罠が、例えばモンスターが異常発生する命名モンスターハウスなどが待ち受けていたとしたらと考えると背筋が寒くなってくる。


 虎穴に入らずんば虎児を得ず、なんて格言なのか諺なのか栄人には判別がつかない言葉もあるが、それが武将なら生き残れるのかも知れないが鼠が入ったら指を指して声を上げて笑われるだろう。

 なんせ虎はネコ科で、栄人の考えによるとその中でもトップクラスに危ない生き物なのだ。


(虎を蹂躙する鼠……一寸法師?)


 鬼の腹の中をブスリブスリと刺しまくる小人の姿が栄人の脳裏をよぎる。

 まあ口から直通で胃まで行くのと尻からよいしょよいしょと自分の力で進んで行くのとでは難易度が違いすぎる。イージーモードとルナティックモードくらい違う。

 重力と圧力と汚物と消化液やら何やらに逆らいながら進む、鼠では無理だろう。


 そんなことを考えていると、栄人の心は少し落ち着いた。

 まあそれも台風が暴風になったぐらいだ。体感ではあまり変わった様子は無い。

 落ち着けー、落ち着けー、と目を閉じて深呼吸する栄人だが、そうすると人気アニメやらの格好良い決意シーンとボッチで決意する自分が並べられて逆に荒ぶってしまう。


 ガーーーッッ!! ゲギャーーーーッッ!!! ゲギャゴォオオオーーーーーー!!!! と両膝と左腕の肘から先を地面についた四つん這い一歩手前の姿勢になり、右腕で地面を何度も叩きながら叫んでしまうくらいだ。

 それでも顔を抑えて転げ回ったりはしない。それは恥ずかしがる行為にあたるからだ。


(固い決意を示した数分後にそれを破り捨ててポイッ!! そんなことしたら人に面を向けるべからずだよッッ!!)


◇◆◇◆


 しばらく経って。


(あ~、黒歴史)


 栄人は己の行動を凄まじく後悔していた。

 心掛けるものは変える気など微塵も起こらないのだが、それとは別、というかその後の行動が問題点となっているのだ。


(あ~、なんで、な~ん~で、一人で転がり回って叫んだりするかなー、なーー、なーーーー)


 体育座りでゆらゆらと前後に揺れながら苦悩する。

 自分は何故あんなに高いテンションで一人で転がり回ったり叫んだり、挙げ句の果に頭をぶつけたりと自傷までしてしまうのか。

 えいとはそんな性格では無かったはずだ、多分。


(ゲームでは爆死してもふう、やれやれ…みたいな感じで騒がなかったし)


 ふう、やれやれ…も充分すぎるほど恥ずかしい行動なのだが、あれは精神の均衡を保つためにわざとやってたし……という言い逃れができる。

 しかし今日の行動は衝動的なものだ。言い逃れはできない。

 何だか幼児退行してる気がしなくもなくもない、と揺さぶりを強めながらえいとは危機感を抱く。


(あぁー、もしやこれが本当の性格とか? 人間社会で抑圧されてたなんとかが解放された的な。……いやないない、どこの中二病だよ)


 しかしそこから目をそらすと答えにたどり着く気配が微塵も見えないどころかランニングマシンに自分から乗って行っているような気がするのだ。

 栄人はあー、なんでだろーなー、世の中ってままならないもんだなー、と目を全力で左下辺りに向ける。


(まあんなこといいんだよ、とっとと検証終えてメタルスライム倒して木登りして次のステージに移るんだよ)


 栄人はそう考え、目つきを鋭いものにする。

 モンスターの命に敬意を払う、そんなことを決意したが、別に殺さないとは言っていない。

 自分が生き残るためなら仕方ない、それもまた栄人の考えの一つだ。


 無論、なるだけ失われる命が少なくなるよう魔石がドロップするように祈る気持ちは強くなるが。


(うーん、中々どうして俺は偽善者の素質があるのかもしれない)


 そして、自分の行動の指針にそう自虐なのか何なのかよくわからないことを考えた。

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