第21話
(あぁ、憂鬱だ……)
どんよりとした表情とそれに見合わない速度で栄人は駆ける。
憂鬱になっている原因はいわずもがな自分のミスである。
気持ちを沈ませても生産性の無い行為だとは分かっているのだが反省しないというのもどうなのだろう、と考えてしまう。
ため息も吐き疲れて来たので何のリアクションもせずにただ心だけが沈んでいる状態だ。
(あー、あー、もう八つ当たりしてもストレス発散無理そうだな、慣れちゃったし)
それに加えお得意の同族虐めも効果が薄れてしまっているのでかなり精神の均衡を保つのに苦心している。プチプチが欲しい、と心底願ってしまうほどだ。
スライムをいい感じにこねくりまわしてプチプチモドキでも作れないかなー、なんて考えてみるも、完成した光景は思い浮かばない。
そんなことよりもスライム探しに従事すべきだろう。
(ところで俺は何回憂鬱になったでしょうか、正解は俺にも分からないよ、数え切れないもん。……つまりもうこれ以上回数を増やしてはいけないということで考えるのをやめよう俺は元気だー)
事あるごとに凹んでいるため実際はすぐに憂鬱だとか言い出すのだろうが、この場では少しだけ気を持ち直せたえいとはちょっと広くなった気がする視界にモンスターが映っていないか改めて確認し始める。
きょろきょろきょろきょろ首を振り回すと、何か見つかりそうな気がするものだ。
実際には今なにも見つかっていないわけだが、やっておいて損はないだろうと首を振り回し続ける。
えいとが全力で走りながらだから風圧で首が少し痛いなー、なんて思いながら走り続けること一分、モンスターを見付けた。
(チッ、ニードルラビットかよ)
ただしハズレだ。
動きがスライムより速いだろうニードルラビットも見つかるようになったということは完全にモンスターに追い付いたということなので悪い事では無いのだが今はニードルラビットの魔石を投げつけてスライムを消滅させたばかりである。
その前には急に出てきて転ばされたしこのモンスターはえいとにとって出てきたら大体何かを失敗する負の象徴のような感じになっている。
だから思わず疲労を面に出してしまうのも仕方のないことだろう。
こんなやる気の湧かないやつ見てるだけで嫌になってくる、とえいとは目を瞑り、転ばないようにしながら他の五感と少しの第六感を頼りに進んでいく。
ハッキリ言って今のえいとならばただ轢くだけでスライムのように殺すことが出来てしまうので難しい技術を使う必要がない故に行える思い切った戦術である。
目を閉じるとなんとなく不安を感じてしまったので無心に徹して走ると、割と時の流れと言うものを感じさせずに何かを轢く感覚がえいとの脚を襲う。
(うーん、ガムとヨーグルトとチーズポテトを混ぜて脚に張り付けたみたいな感じ?)
あまりよく分からない例えを使用し名状し難い不快感を何とか表現してみせようとするが、この説明では少し時間が経ってから自分で聞いてみても分からないだろう。誰かに聞かせる予定も無いのだし切り上げる。
今回は消えたので魔石は無いようだが、落ちたら落ちたでストレスも溜まりそうなので良いのか悪いのか微妙なところだ。
(まあ乱数調整乱数調整……マジでそういうスキルとかありそうだなあ……運命操作……怖いから考えとかんとこ)
色々な作品でチート過ぎだろと思いながら読んだり見たりしてきたが実際現実にそんな能力があったら自分の存在意義を否定された気もしてくる。
なんだか不愉快になったので何か蹴る物が無いかな、と探す。
しかし小石一つ見つからなかったので仕方なく草をガサガサと揺らすことにした。
それから段々虚しくなって来たので数分でやめる。
ここまでかなり色々なことをして来たえいとであるがその多くが長続きしていない。
モンスターから逃げるのを直ぐに放棄したこと然りゴブリンへの八つ当たり然り木登り然り。
これが一日で起こった出来事だと言うのだからまったくえいとは飽き性でもあるのかもしれない。
実際何かに打ち込むこともあまり無かったのでその通りなのだろうが。
(……さて! 自分disはここまでにしてスライム探すぞおらー!!)
いっそ中途半端に考え込んでしまうくらいならば頭が悪くとも爽やかで悩みも笑い飛ばせるような人間になりたかったな、という気持ちを封じ込めてえいとは本来の目的に戻る。
(……………って、出来たら楽なんだろうけど)
それからは歩く事にした。
走った方が効率は良いのだろうがどうにもそんな気分になれない。
運動しているとその間は爽快感を味わっていられるのだが落ち着くと鬱屈とした気持ちが毎度湧き上がってくるのだ。
空元気で誤魔化すのにも無理がある。何日かに一度というのなら通じたのかもしれないが所詮はその場しのぎなのだ。恒常的に、何十回も、何百回も、というのは無理がある。
(逃げたままで、抜けられるとも思えない)
こうして覚悟を決めずに、目の下に隈を作って重い足取りで学び舎に向かい、重い足取りで我が家に帰る、そんな弱々しい存在のままでは弱肉強食を体現したようなこの現実で生き抜くことは出来ないだろう。
(今は、命を奪えてる)
考えないようにしていたこと。
自分は、命を奪った。奪えた。
それどころか八つ当たりにしてストレス発散に使うこともできた。
(でも、誤魔化しただけだ)
自分でも勝てたから。
こんな価値の無い存在でも、人間でもなくなった自分ですら、覚悟の決まっていない自分でも倒せたのだから。
だから、価値など無い。殺しても、大丈夫な存在だ。
そもそも思考しているのかすらも不明瞭だ。
だから、生き残る為に。
(ああクソ、何が生き残る為だ)
そんなことを言っておきながらその仕方の無かった筈の犠牲では無い、ストレス発散なんて無駄な消費をしているではないか。それは、何の為にだ?
決まっている。
ようは、過野栄人という存在は、自分の下に何かがいて、自分はそれらより上で、底辺ではないのだと確かめたかっただけなのだ。
そして、その醜い奥底からも目を背けて。
(何だよ、これは現実だって)
これは現実だ、だから蹂躙するのも仕方ない、強くなる為だから。
生き残る為だから、不安要素は潰しておかないといけない、だから蹂躙する。
ストレスはためておくべきではない、何故ならこれは現実だから。
ならばモンスターを殺すことで発散すべきだ、何故ならそれが最も効率の良いやり方だから。
そんな、都合の良い言い訳まで用意して。
(あぁクソ、本当にクソだ)
思わず口が悪くなる。
そう、思わずだ。
そうなってしまうほど、これまでのえいとの行いは度し難く、胸糞が悪くなるものなのだ。
(大した理由も無くこんなことをしたのが、クソみたいに腹が立つ)
他人の上に立ちたいからなんて、こうなるまでその為の努力もしなかった奴が何を言う。
これまで何もして来なくて、誰の役にも立たなかった自分が、簡単に、努力もせずにそれがを誇示することができるようになった瞬間それに飛び付くなんて都合が良過ぎるだろう。
(何より俺がこの問答をダサいなんて思ってる所が一番苛つく!)
自分と向き合うなんて馬鹿らしい。覚悟を決めるなんて中二病も良い所だ。自分に酔っているなんて言われる。馬鹿にされる。揶揄される。
そんな薄っぺらいものがこの土壇場で湧き出てくることに心底怒りを覚える。
これが自分の性根だと、思い知らされてしまうのだから。
こんな気持ちで、軽い他人の目を気にしたもので、価値観を他人に任せたもので。
この一日にも満たない時間で多くの命を奪って来たという真実を見せ付けられてしまうから。
(クソ、クソ、クソ)
これではただの自覚無き邪悪というやつではないか。
己の愚かさにも気付かぬ、最悪に近い存在。
そんな奴になりかけて、なっていたかも知れない事実に心の底から自己を嫌悪する。
(…じゃあこの後はどうすれば良い)
決まっている。
喪わせた命に、哀しみを少しでも遺す。
例えそれが自己満足でも、誰とも関われず愛されることのない存在に、せめて自分のものだけでも敬意を示す。
それが救いになるかどうかは知らないし、寧ろ屈辱を残させることになるのかもしれない。
それでも、命を弄ぶ最悪の自己満足から始まったのだ。
(まあ、何もかも変わるってのは無理だから、今はまだ良い方向の自己満足で手を打っとく事にしよう)
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