第20話 魔石を喰わせるマッドサイエンティスト


(ふふふ)


 モンスターを見つけた時のものではない感じで奇妙に笑う栄人の手の中には、スライムがいる。

 今度こそ脱線しないでスライムに魔石を喰わせるぞ!! と意気込んでいた栄人なのだが、このスライムを見た瞬間その決意は敢なく砕け散ることとなった。


(……まさか、完全な球体型がいるとはなあ!!)


 スライムには、様々な型がある。

 それは個体によって千差万別で、一見同じに見える球体型でも実はほんの少しだけ、目を懲らせばギリギリ見えるくらいに凹んでいたりするので完全に同じ型は無いのである。


 そしてその中で、栄人が今見つけたスライムは驚愕に値するものであった。


 なんと、凹み一つ無い真ん丸な球体型なのだ。

 前述の通りスライムの球体型には必ず凹みなどによって表される個体差があるはずなのだ。

 しかし、このスライムは栄人がツルツルスベスベと触って見たところ凹みも歪みも存在しない。


(おお……! 素晴らしい!! これで占いでも出来るんじゃないか!? …………ふむふむ、俺はダンジョンから安全に脱出して人間に戻り一度リセットされた能力で仲間と共にもう一度鍛え直していく……か。良い結果だな)


 希望に満ち溢れたような目で理想を語るえいとであるが、深層心理ではネガティブ撒き散らす自分から思い切り目を背けているだけである。


(俺は人間に戻る幸せになるゴブリンだからボッチとかそんなことにはならないいやよく考えろそうだ俺はゴブリンだからボッチなんだ元々ボッチだったわけじゃないんだいや別に友達が欲しかったとかそんな訳じゃないけど今は危険な状況だから求めてるだけで利用する以外に欲しい理由なんて無いしそもそも友達なんて下らないし作る必要なんてなかったしゲームしてる方がずっと楽しかったしそうだ俺は幸せだったんだ幸福だったんだちょっと趣味趣向を変えるだけだしそうだよ例えば納豆卵ご飯を納豆塩辛ご飯に変えるようなそんなありふれたアレンジであって塩辛は大人っぽいからそれに例えたら俺が子供だったのを友達作ったら大人だって言ってるようなもんじゃん違う違うぞ本当だ友達なんて下らないんだよいや別に中二病卒業出来てないだけとかそんなわけじゃないからもうこれはいわば真理みたいなものだからそうだよこの世の真理なんだよ真理とか言ってる時点で中二っぽいとかやめろこれは哲学なんだよきっと多分恐らくウィルウィル崇高なる哲学とただの中二病を一緒にしないで欲しいねというかすぐ人のことを中二病だとか言う方が中二病なんじゃないのか馬鹿って言ったやつが馬鹿理論でえそしたらお前も中二病だろってそうじゃないじゃんなんで中二病はこんなことも分からないかないやまた中二病って言ったからそっちが中二病とかじゃなくてそしたらお前もいやいやお前もだから違うって中二病じゃないんだって……どうしてこんな中二病連呼してるんだろう俺)


 こんな忙しい長文の羅列を繰り返している栄人だが、一応解決すべき事についても考えている。

 いや、どちらかといえば葛藤とするべきか。


(擬態でもしているのか、それともこの形に生まれついた宿命か、硬度も充分だ。……割りたい、凄く割りたい)


 栄人の脳内はこんな思いで溢れている。

 例えばプチプチを潰すような、ベッドに向かって思い切りジャンプして突っ込むような、そんな感覚。

 それと同じレベルで今の栄人はこのスライムを地面に思い切りたたき付けて粉々に割りたくなっている。


 そんな邪念を感じ取ったのか身を細かく震わせるスライムだったが、栄人の目には入っていないし手に伝わるものが震える感覚にも気付いていない。

 というのも、栄人の脳内ではこのスライムを地面にたたき付けたいという欲望、いわば悪魔とそんなことより生き残る為に魔石を喰わせるべきだと訴える理性、天使が争っているのだ。


 天使は長い目で己の行く末を見据えたまさに理性の感情。

 悪魔はこれまでの理不尽にゴブリンになった、モンスターが見付からなかった、ゴブリンに上手く八つ当たり出来なかったなどのフラストレーションが溜まり生まれた抑えるのが難しい欲望。

 その両者の勢いはほぼ互角。


 天使が理屈で説得しようとし、それに対して悪魔は駄々っ子のように暴れ回る。

 天使が用意した巨大な結界の中で悪魔が飛び回り、殴り、蹴り、衝撃波を放つ。

 壊れそうになる結界を何度も何度も貼り直し悪魔の常識的なスタミナ切れ、つまり息切れを狙う天使と何度も何度も結界を補強させ、天使のこれまでの常識では説明できないもの、つまりMPやエネルギーなどといったものが無くなるのを狙う悪魔。

 戦闘の中でも正反対の戦略を練る両者の争いが迎える結末は――!


(……まあ、生き残る方が大事だしなあ……あぁ、それにしても達成感)


 それならこの場で苛々を抱え込む方が戦闘で無謀に突っ込むことを無くすためにも! なんて今となっては少数派の悪魔の最期まで諦めの悪い断末魔を聞き流しつつ、栄人は球体型スライムを地面に置いて一歩ずつ離れていく。


 流れ作業なので特に前と変化は無かったが、安定はしている。

 漸く揃った達成感から鼻歌でも歌いそうなご機嫌な表情で五メートルほどの距離を確保すると、魔石を地面に置く。


 そしてその中からスライムの魔石を拾うと、ひょいっと下から放り投げる。


 ニードルラビットやゴブリンの魔石を使わなかったのは投げて一度でスライムが消滅してしまったら困るからだ。

 折角のスライムを無駄に消費することは避けねばならない。


(ステンバーイ、ステンバーイ……)


 栄人が謎の叫び声のようなものが来るのだろうと予測して耳を塞いでいると、


(あ、来た)


 やはり叫び声のようなものが響く。

 しかし前回は突然聞こえて来たが、今回はしっかり耳を塞ぐという準備をしていたのだ。

 黒板を引っかく音や金属と金属がぶつかり合う音などより断然耳に優しい音なので、それで充分堪えられる。


 なので栄人が目を大きく見開いて観察していると、やはり少しずつ膨張しているのが見て取れた。

 二度目で判断するというのは少ないが、そこまで時間に余裕が無い。寧ろ切羽詰まっているというのが正しいところなので仕方ないか、とスライムはスライムの魔石を喰らって膨張することが出来る、と判断する。


(ああ、やっぱり三回はやってみないと安心しないな……)


 もうこれは性分、というか抜け切らない悪癖と言うべきか。

 自分を見つめ直してみるとこの十数年間で気付かなかったことが一日経たず見つけられた事実にやはり逃げていたのだろうな、と憂鬱な気分になるが、まあ一歩前進したことを喜ぼう、とポジティブな方向に考えを切り替える。


 そして、では次はどの魔石を投げ付けよっかなー、と鼻歌を歌って気分を盛り上げようとしながら選定を始める。


(ゴブリン、ニードルラビット、ゴブリン、ニードルラビット……。ああーーっっ!?)


 その最中、栄人は気付く。そして、愕然とする。

 わなわなと震えながら己のミスを再確認する。

 今、栄人はスライムの魔石をスライムに喰わせたのだ。

 そして、次にスライムではない魔石を喰わせようとしている。

 それでもって、今回の目的は何だったか?

 それは、スライムが自分の魔石を食べたときどうなるか、他のモンスターの魔石を食べたときどうなるか、だったはずだ。

 そしてその中には種族関係なく一つ魔石を吸収できて、二つ目で消滅するのか、スライムの魔石のみを吸収出来るのかというものも含まれていた筈だ。


 なのに、自分はスライムの魔石を最初に吸収させてしまった。勿体ないという理由で。

 しかし、一つ目の魔石でもスライム以外のモンスターのものならば消えるのか消えないのか、それを確かめるならば最初にスライム以外の魔石を吸収させるべきだった。


 二つ目にゴブリンかニードルラビットの魔石を吸収させて、それで消えても先刻のものと条件は同じになってしまうのだ。


(先にニードルラビットの魔石投げてたら色々分かったのに……はあ、なんというガバ)


 きっと疲れてるんだよ、と言い訳をしたら、もうヤケになったので適当にニードルラビットの魔石を投げる。

 そのニードルラビットの魔石というのも一番大きかったから何となくこれだろ、と選んだだけなので本当にそうである保証など無いのだが。


 えいとが飛ぶ魔石の行方を目で追っていくと、


(はい、閉廷)


 検証終了。

 全く同じ結果となった。

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