第19話


 栄人は自分からモンスターが逃げているだろうことを察し、直線で走るようにした。遠くにいるのに小さいエリアで回っても見つからないだろうという考えだ。

 しかし、その方針を取って十分以上走りつづけても、栄人の視界にモンスターが移り込むことはなかった。

 その後五分走っても、見つからなかった。


 そんな栄人が走りはじめて、三十分ほど。

 その視界に、スライムが映った。距離は百メートル程。

 そして今まで一、ニ分で見つかっていたものが何十分も見つからなかったのだから、ストレスは溜まる。


(だからちょっとスライムをいたぶってやろうと思ってしまうのも仕方ない、仕方ない事なんだ)


 栄人は自分の姿を確認するなり逃げ出したスライムに、投げやりになったような、もうどうにでもなれとでも言いたげな顔で迫る。


 それにこれは身体コントロールを精密にするためにもですねぇっ! と追加で誰に向ける訳でもない言い訳を叫んでいると、秒速十二か三メートルは出ているのではないかと感じるほどの速度で、明らかに十秒も要さずにスライムの下たどり着いていた。


 えいとはその難攻不落かと思われた物理法則に届きそうな速度から一筋一筋の筋肉に力を込めるつもりになって、急停止を狙う。

 あぢゃぢゃあ!? と摩擦熱が足裏を襲う、苦しみに悲鳴を上げ、急停止……とまでは行かないものの車が止まるのに必要とされる距離のおよそ半分程度、十メートルもかからずに停止できたので、さてスライムをいたぶろうかとどことなく申し訳なさそうな舌なめずりをしていると、


(し、死んでる……!?)


 どうやら止まり切れていなかったようで、スライムは栄人の脚にそれはもう見事にクリーンヒットしたのだろう。ぶちゅぶちゅにちぎれて破片が辺りに飛び散っていた。


(うーん、これは、まあ、偶然だから仕方ない。俺が力加減が出来ないアホという訳ではない、絶対に)


 もう大分欠点をさらけ出していて、もう栄人はお腹いっぱいだ。

 栄人は羞恥心に別腹があるタイプの人ではないのでこれ以上自分の低スペックをマジマジと見せつけられてはいじけてしまう自信がある。


 しかしこのまま言い訳を続けられるほど弁舌逞しいということも無いので早々に思考を放棄してしまう。

 戦わなければルール上負けることはあるかもしれないが、実際に負けたことにはならないのだ。

 少なくとも心の平穏は保たれるだろう。


(まあそんなわけで、スライムさんや、魔石を落としてござらんか~っと)


 キョロキョロと千々に散らばった破片の中に魔石が入っているものがないかを探す。

 固形を保ったまま倒せないとこのように一手間、いや、今はモンスターを片手間で倒せるようになったので栄人の心情的には二手間も三手間もかかってしまうのだ。


 だから出来るだけ形を崩さず優しく摘み取りたかったんだけどなあ……と溜め息をついていると、スライムの死体が消滅してしまった。


(……まあ、こんなもんか)


 人間であれば熊が出ていそうな疲れきった目でしばらく視線を最後に向けていたところで固まらせていたが、そう割りきって硬直を解く。

 栄人がそういえば形を崩さず優しく摘み取るってよく見る薬草の取り方みたいだなあ、とのんびりとした気持ちでゆるりと走りだそうとしたところで、


(ありゃ、あった)


 魔石が地面に落ちていたのを見つけた。


(ふむう……。……大きさも形も少しだけ違う、か。スライムで確定かな?)


 栄人は今、かなりの量の魔石を手に持っている。

 特に毛皮がドロップするなんてことは無かったのでむんずと持てるだけ持って握り締めている状態だ。

 なので面倒くさいリュックやバッグなどから取り出すというワンアクションも必要なくなっているので、ちらっと確認してみたところ、どうやらこの魔石とゴブリン、ニードルラビットの魔石の形状や大きさなどはほんの少しであるが違うらしい。


 スライムの魔石を詳しく観察することなど無かったので確定はできないが、ニードルラビットの魔石ではなくゴブリンのものとも違うのであればスライムの物だと推測するのが妥当だろう。

 少なくとも何十体も戦って一度も相見えることのなかった新種モンスターが偶然スライムを蹴飛ばしたタイミングで発生し、丁度その位置付近まで来ていた栄人にその勢いのまま吹き飛ばされ、更にたまたまその新種のモンスターが飛び散りやすい、つまり耐久力の低いモンスターでスライム同様粉々になり、偶然その個体が魔石をもっていた……なんて都合の良すぎるものよりずっと可能性は高いだろう。


 まあそんなわけで、栄人はスライムの魔石を漸く取得することができた。

 手に入らない手に入らないと嘆いていたが、いざ手に入れられたとなると逆にあっさりしすぎているなと拍子抜けな気分になる。


(なにはともあれ、これで素材はそろった)


 だからといってそれが悪いことなわけが無いので抵抗はせずに受け入れることにした。

 スライムの魔石だけまだ一つしかないのが栄人としては少し準備不足なのではと思わなくもないのだが、これから欲張って一日が終了なんてことになったら目も当てられない。


(調子に乗った結果ここがどこか分からなくなってるしなあ……)


 スライムを探して無我夢中で走り回った結果、今始まりの草原の中でどこにいるのかわからなくなってしまっている。

 それも早くモンスターをみつけて現状を改善したい、証拠が不十分だから。

 そんな、極論を言えばしなくても賭けに勝てれば己の身で証明できる問題であったのだ。

 それをわざわざ他のモンスターの魔石を集めようとした……欲張っているという結論を十分に出せる行為だった。

 それで確率操作されてたんじゃ……と神はいつでも見守っているのですよ的な台詞が思い浮かんだが、それならシステムに不満垂れ流した瞬間終わってたからセーフセーフ違う違うと全力で否定する。


 栄人は自分がこの先身勝手な欲望を抱かないと信じることができない。


(でもスライムの件は気紛れで見逃してもらっただけという可能性もあるから品性を持って生きるようにしよう……てなわけでスライム探しましょ)


◇◆◇◆


 スタミナも大分上がったよなー、と思いながらまた走り出した栄人であるが、次のモンスターはすぐに見つかった。

 一体目を探すのに三十分以上の時間を必要としたのだからそれより短いとしても二十分程度かかると思っていたのだが、少し走れば――一分もしない程度走れば、かなり遠くにいるとはいえ肉眼で確認できる位置にスライムではないがゴブリンが見えたのだ。


 その瞬間、栄人のテンションはブチ上がった。

 口を大きく歪ませ、目を見開き、深い前傾姿勢をとり、爆走を開始して―― 


(まあ、こうなるのはお察しだったよねえ)


 やはり止まれずに、ひき殺すこととなった。

 ついでに言うと栄人もゴブリンまであと五メートルといったところであ、これ止まれないな、と悟り、跳び蹴りに移行したのでかなりエグめな勢いで、かなりの重量で頭を蹴られ、首がボキッ! どころかベキバギボギイッ!! とでも鳴りそうなレベルで折れ曲がることとなっている。


 栄人はまあスライムのように粉々になるよりはマシかなー、なんてポジティブに考えつつ、秒数を数える。


 結果は、魔石は無かったようだ。塵になっていく。

 これが先ほどのスライムであったら絶望して前に膝から倒れ込むところなのだろうが、あいにくゴブリンの魔石は余っているので期待もしていなかった。ダメージは少ない。


(本当に、粉々に吹き飛ばしたのに魔石あってラッキーだったよ、うん)


 というか栄人としては何故あの状況で魔石がドロップしたか、の方が気になるくらいだ。

 検証した結果、スライムは倒しかた次第で魔石がドロップするかどうか決まる、と出ていたはずなのだが。


 あの有様を見るにその仮説が間違っていたのだろう。考えてみればあれも一度しかデータを採っていなかったのだし。

 やはり、欲張りだの言わずに何度も何度も繰り返して行かねば今回のようにそれが間違っている可能性が残るのだ。

 今は強制転移のようなものをされたせいでソロプレイを強要されているので、誰かに指摘されるのを頼りにするわけには行かない。


(はあ、世知辛いなぁ……そういえば、さっきの俺のスライムの倒しかた最低過ぎない!?)


 少なくともあの時は検証結果を間違いだと感じていなかったわけで、そうすると栄人は相当な馬鹿ということになる。

 時間が無い時間が無い言っていた癖に見つけたら喜びとストレスが前に出て効率を重視しなかった。


 まるで合コンで可愛い女の子を見つけた時の行動力のあるボッチみたいじゃないか、と自責する。

 しかし、合コンとは男女数人ずつ集めて行うものであって、ボッチはそもそも声をかけられないだろうことを無視してチャラ男ではなくボッチをそこに当て嵌めている時点で栄人がそういうタイプ……つまり友達がいない人だということが知れてしまっているのだが。


(いや! いや! 俺は諦めない! …………そうさ、もしかしたら誘うつもりだった奴が全員病気になって人数合わせで仕方なくって呼ばれるかもしれないじゃないか!!)


 まだ高校生の栄人にとって、大学は一応憧れの場所に分類されるので、そこの醍醐味(だと勝手に思っている事)を栄人は逃したくないのである。


 しばらくして栄人が話が脱線していることに気付くまで、大学夢語りは続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る