第18話 木登りしようぜ!

木登り。

 これは栄人の主観で偏見が混じったものであるが、木登りとは、子供に人気の遊びである。

 馬鹿と煙は高いところが好き、なんて言われているが、そこに子供も加えるもしくは子供は木登りが好き、という新しい諺を造った方が良いのではないかと考えてしまう程に、木登りが好きなのだ。


 大抵は男子が好きで男子だけで登っているが、たまに男子が女子を引っ張って手助けして登る、もしくは女子が男子を引っ張るなどしていることもあって、微笑ましいものだ。


 さて、話は戻るが、栄人は今木登りをしようとしている。

 栄人は子供の頃は最近と比べて活発ではあったが、やはり根が影に隠れるタイプのものであったため、目立つだろう木登りなどはしていない。

 登っている間にガキ大将などとぶつかってしまい、難癖を付けられたりしてしまうかもしれない。


 俺より上にいるなんて生意気だ、なんて言われてイジメられてしまうかもしれない。


 そんな不安があったせいで、栄人には木登りの経験と言うものがあまり無い。

 一人で誰にも見られていない時にしようと思っても一人は一人で寂しいのだ。


 と、いうわけで。


(出来るだけ立派な木を探そう)


 高所から探すとは言っても、登る木がニメートル程度では足りない。それでは自分で跳んだとと殆ど変わらないからだ。

 そして、この草原の木には差がある。


 前述のもののようにニメートル、或いはそれ以下しか無いものもあれば、大きいもので六メートルを超えていたりするものもある。


 六メートルと言わずとも、四メートルあればそこそこ見渡せるだろう。


(俺には高さから角度とか計算してどれだけ見渡せるか計算なんて出来ないから感覚的なもんだけどねー)


 本当にこれで大丈夫なのだろうか、とこの始まりの草原に入ってからの一日の中で何度目かも分からない溜め息を吐いた。


◇◆◇◆


 栄人が走り出して体感五分。眼前に一本の木がある。

 その木は大樹とは言えないが木と呼ぶに相応する高さを誇っており、それは六メートルを超える。栄人が探していた条件の中でもトップクラスの良木だ。


 針葉樹ではなく広葉樹で、肌にも優しそうな葉の質をしている。緑色なので腐っていることも無いだろう。

 栄人が少し殴ってもみても揺らぐ気配が無かったのでシロアリに食われているなんて可能性も無い。

 枝はそこまで多くはないが、太さは幼児レベルの身体の大きさのゴブリンであれば乗っても少しは耐えられるだろうし、片手をかけて登っていくというものであればまず折れることはないだろう直径七センチメートル。


 途中から更に細く分けられてしまっているがそれはどうにかして頑張ろう、と問題を先起くり。栄人としては日を跨ぐ訳ではないのでまだ先送りとは呼ばないらしい。

 葉が生い茂っていて口の中に入ったり視界が悪い中襲って来る新種モンスターなどがいるかも知れないので、警戒はしておくべきだろうが。


 栄人は現在かなりの量の魔石を持っている。数にして十個ほど。

 何かかごのようなものでもあれば楽で少ないと表現出来るのかもしれないが、少なくとも何の道具も無い素手の状態であれば量があると言えるだろう。


 これまでは落とすたびに手で掴んで運んでいたが、それを持ったまま木にしがみつくというのは流石に難しいと理解できる。

 なので、栄人は手に持っている魔石を落とし、それから木にしがみつく。


 腕を回したら、腕力のみで少し登り、足が地面から離れる程度の高さに到達したら脚も巻き付ける。

 何となく蝉を連想させる姿勢になり、上を見て警戒しながらガサガサゴソゴソと音を立てて葉の生えている地点とそうでない所の境界線を越えていく。


 …蝉というよりは、ゴキブリを思い浮かべた方が良いかもしれない。


 ともかく、栄人は凄まじいペースで木を登っていく。六メートルを登りきれるのか不安になったりもしたのだが、寧ろ今では足りないぐらいだと思っている。


 地上に出られたら世界記録更新とか狙ってみようかな? と思う栄人であったが、自分より強くなってる人が大体は更新し切ってしまいそうだし諦めることにした。

 世界は広いのだ、その中で一位になるなんて現実的な事では無いだろう。


 一つの市で一位になるくらいなら寝たら強くなるのがメリットしか無いチート能力だったとしたら行けるかも知れない。

 が、栄人程度にそんなものが与えられるのだし一万人か、一億人、もしかしたら全員に同じような能力が与えられているのかも知れない。

 ならばその中で元々有能だった人間がやはり頭一つ飛び出るだろう。


 中途半端に出る杭は打たれるなんてことにならないようにヒッソリと生きていこう、と栄人は決めた。


(しかし、今はそんなことよりこの葉っぱが邪魔だよ)


 目下栄人を悩ませているのは隙あらば口の中に侵入して来ようとする葉だ。

 適当になぎ払いたいものだが、それで万が一虫が大量に落ちて来たとして、栄人は混乱するだろう。

 栄人にはこれまでのもの以外にも様々で多彩な弱点があるのだ。


 その中には、虫嫌いも含まれている。カブトムシは勿論怖いし、クワガタも挟まれた事があるのでやはり怖い。

 カメムシは臭いを付けられた事があるので生理的な嫌悪感があるし、それはゴキブリも蜘蛛もゲジゲジも百足もダンゴムシもワラジムシもカマキリも蜂も蟻も蝶も蛾もトンボも同じだ。


 根源的な恐怖感として目に見えない為抵抗らしい抵抗が出来ないという点においてはダニやノミ、頭ジラミ。それに寄生虫などが挙げられる。


 林間学校など正気の沙汰ではないと栄人は何度も考えた事がある。どうせ行くなら海が良い、海もやはり綺麗なのは遠目から見た場合のみで至近距離で見ると汚いのが大多数を占めているし、思い切り口に入った時など吐きそうになる。

 その上流されかけた事もあるので山よりはマシというだけで海も嫌いだ。


 それでもやはり何が潜んでいるのか分からない山の方が苦手度合いでは勝っており、それに付随して草村、草原なども嫌いだ。

 だから栄人は出来ればこの草原などからは早く出ていきたい。

 しかし、今は生き残るという至上命題が課されているためやむなくそこで活発に行動しているが。


 ついでに、木の中も何が潜んでいるか分からず、蜘蛛がいきなり糸を垂らして落ちて来て顔面に引っ付かれるなんて恐怖体験をした栄人にとってかなり上位の恐怖を覚える対象だ。

 それも死んだら負けの精神で何とか耐えられているという状態だ。

 なので余裕が出来てしまえば怖くなって試せないだろう。

 今のうちに木を登る、などの恐怖の対象を試して置かねばいけないのだ。


 と、木登りを始めてまだ三十秒、栄人が難所にたどり着いた。


(くっ、やっぱり細い…!)


 これまでは枝が太く体重を支えられていたが細かく分かれる段階に入ってしまったのだ。


 何とかなるでしょステータスとかありそうなんだし木の枝も不思議な物理法則で折れないってあっはっはっはっはー、とか何とか考えていた栄人だが、どうやらその考えは間違いだったようだ。


 栄人が少し体重を掛けてみると、大きく曲がり、更に力を加えるとあっさりと、ぱきっという小気味の良い音を立てて折れてしまった。

 どうやら都合よく物理法則は変わってくれないようだ。攻略難度はハードモードなんてものではないだろうなと栄人は溜め息を吐く。


 絶対攻略不可能だろうヒロインのことはひとまず世界の真理に置いて、引き延ばせなくなった木登り攻略法に意識を集中させる。

 枝を腕力に任せて集めて、太い枝を作る。

 枝が折れる前に足を踏み出す水面歩行術の要領で頂点まで登る。

 枝を信じて出来るだけ体重をかけないようにしながら登る。


(うーん、一個目は全部折れそうだし、二つ目は物理法則さんに逆らわなきゃいけなそうだから論外、三つめはダンジョンの気が特別性だったら或いは……って感じだけどその不思議現象今さっき否定されたところだからなあ)


 三つ挙げた攻略法がすべて実現不可能そうだと容易に理解できてしまい、どうしたものかと思案顔になる。

 やはりニードルラビットの壁登り的なスキル羨ましいな、と益体もない羨望を挟みながら何度も練習すれば壁登り取得とかできないかな、だとかここからジャンプして一瞬だけ高所に行き、地面に着地、またここまで登ってジャンプを繰り返そうか、などのアイデアを出していく。


(なんかもう普通に探した方が労力少ない気がしてきた。いやまあ負けた気がするしこれまでの試行錯誤なんだってんだよっ……ってなるし、やめないけど)


 しかしやはり栄人の頭には妙案など思い浮かんで来ない。

 畜生、と頭が良いわけでもなく悪い方向に振りきっているおかげでひらめき能力があるわけでもない中途半端な頭脳に悪態をつきながら、それでも脳を巡らすのはやめない。


 それから様々なアイデアが悉く数秒間のうちに欠点を指摘され没となる、生産性の無い堂々巡りを行っていた栄人は、もう地面から垂直飛びするだけで良いんじゃないかな、なんて阿呆なものしか浮かばなくなってきたのでそろそろ切り上げることにした。


 一休みして頭をリセットしないと脳天から落下したら特殊な能力に目覚めんじゃね? なんてことを言い出しかねなさそうなのだ。

 先ほど寝たばかりなのに、これは俺の頭が悪いのか、それとも久々に運動を継続して行っているうえに考えていることが未知の状況についてだからすさまじい速度で疲労していっているのか、などとぎりぎり自虐にはなっていない考えが脳裏をよぎった。


 が、無視して休もうということになった。 

 休憩だというのにネガティブな方向に物事を考えてしまっては気分が暗くなって体の疲れが取れるだけで脳の休憩にはならないだろう。


 一分程蝉もしくはゴキブリの様な体制で着にしがみつきながらボケーっと愛好を放棄しながら休んでいた栄人は、あまり休み過ぎるのもな、と思い早めに休息を終了した。

 このままでは机に向かった時間より息抜きの方が長い的な現象になってしまいそうだと危惧してしまいそうなほどの。

 見事な、欲望に忠実なだらっけっぷりであった。


◇◆◇◆


 木登りは、ボスモンスターにすることにした。

 今のままではクリアできそうに無いため始まりの草原から出る直前に強くなってから最後の試練のようなものとして挑戦するのだ。


 無駄な時間と言うのもあれなので自分の弱さを知るために必要なイベントだった、として置くためにもボスモンスター扱いするのはいい案だったのである。


 まあそんなわけで十数分ほど残り少ない時間を消費した遅れを取り戻す為に今現在えいとは全力疾走している。

 鬼神の如き形相、血走った目と開ききった口、音が聞こえてくる程の強力な空気の吸い込み。


 これぞモンスターといった様子で走っているのは、焦りの表れだ。

 人目を気にせず走れるというのは本来なら素晴らしいことなのだろうが、えいとが今の自分の顔を見ればそれすらも人間性を失う原因になりそうだと思うだろう。


 走り方がこれで固定されてしまえば人の姿を取り戻し外に出た後も走ったら正気を失ったが狡猾なモンスターが人間のフリをしている、なんて見られて討伐隊を率いて来て殺されてしまうかもしれないし。


 だからこの人目を気にしない行動もそろそろ終わりにしようかと思っている。

 もしくは緊急事態の場合のみにそうするつもりだ。

 特に焦る必要が無いのなら穏やかな雰囲気を醸し出すような立ち振る舞いが理想だ。


 しかしやはり一番大事なのは命なので、『ゲギャアアアアッッハアアアアアアア!!!』と極大の咆哮を響かせながら疾走を限界を超えて加速させ、モンスターを探す。

 本当に索敵スキルが欲しい、とスキルへの強い憧れをニードルラビットに続きまたも発生させながら、時に三段ジャンプを繰り出して進撃を続ける。


 しかしそれでもモンスターが見付からないのは何故か。

 影も形も見当たらない同族達との遊び方を思案しながら同時にその原因も平行して進める。

 まあ大体の見当はついているのだが。


(さてはアイツら、俺にビビってやがるな?)


 えいとが、強くなり過ぎたのだろう。

 思えば、レベルアップを一つもしていない状態で八つ当たりで乱獲可能であったのだ。


 それが感覚的に五つか六つ身体能力の飛躍を経験しているのだから圧倒的に格が開くのは道理だろう。


 そして、モンスターも生物だ。

 ならば、本能的な恐怖や直感なども持っているべきだ。

 その本能や直感、己らを殺戮しようとしている人外の気配を感じ取り逃走した。

 そう考えるのが妥当だろう。


 まったく、こちらの事情を少しも汲み取ってくれないとは、と馬鹿な同族にブーメランが直撃しそうな呆れと失望を覚えた殺戮者の視界には、やはりモンスター一匹映らない。

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