第17話 寝て起きたら強くなってた

寝て、起きたら、強くなっていた。


 栄人は、何を言ってるのか俺にも分かんねえと驚愕しつつ、そしてニードルラビットとの距離感を計るのに想像以上に苦労させられながらその事実を受け入れようとする。


 寝たらレベルアップとか言うチートなのかな? と期待したりするがスライム喰って何もボーナス無いしそんなテンプレっぽいやつ出すのかなと疑心暗鬼にもなってみる。


 どう考えても何か裏がある気がするので栄人としては陰謀論を薦めておく。これで仮決で良いだろうと巻いて議題を終わらせる。


 どれだけ寝たか覚えていないのだ。栄人としては自分が早いうちからボケてきているのではと戦々恐々とする事態だが、本来の戦々恐々の仕方も分かっている。時間が分からないことにそうすればいいのだ。

 就寝前に時間をかなり適当だが確認してみたのにそれが全くの無に帰し、もう一度はかり直す手段も見当たらない。かなり不味い状況なのだ。


 どうすればいいかなー、と考えても結局自分の頭で答えを導けるはずが無いと理解しているので、栄人は兎に角一つ一つの行動を迅速にという目標を立てた。ので、次から次へと襲ってくる謎を一々悠長に解決している時間など無い。

 寝るのはパフォーマンスは落ちるだろうが最悪何日も徹夜して他の問題を解決して、その後に考えることなども出来る。

 しかし、何度も言うが魔石の確保などはバリエーション、試行回数と種類が多いことが大切なのだ。

 次のエリアに行くのであれば出現するモンスターは変化する可能性が高く、またこの始まりの草原に出現モンスターが続投されることも無いだろう。


 スライムとゴブリンとニードルラビットから反応を取れる機会はこのタイミングで、あと数時間しか無いかもしれないのだ。

 それを言えば栄人が寝られなくなるような事に成りうる可能性も無いでも無いがその場合ほぼ確実に命を失う事となるだろうから、他の問題の解決も不可能になる。結局、睡眠問題を解決するのは優先順位が低いのだ。


 と、いうわけで、と栄人は只今不毛な追いかけっこに共に興じているニードルラビットに意識を戻す。


 そろそろ捕まえたいのだ。まさか自分の身体能力がレベル何個分も一気に上昇することでここまでの認識の齟齬が生じるとは考えておらず、まあ慣れるだろ、多分。程度のものとしか認識していなかったので栄人は焦っている。


 それも相まっているが故にまだ捕まえることが出来ていないのだが、流石にそれが大きな要素を占めている訳ではない。

 そもそも、それだけでこう長く追いかけっこが続くのであれば寝る前の栄人も焦っていたので時間が掛かっていなければおかしいし、寝てスッキリしたタイミングで攻撃を外すことは無い――とは言い切れないが、ああも大きく外れることはまず無いと言えるだろう。


 つまりは、感覚のズレが不調の大部分を占めているというところに戻るのだ。同じ地点に着地するなら無益な思考と断ずる者もいるかもしれないが、意外とルートを潰していくというのは大切なことである。

思わぬ間違いや気付きがあったりするのだ。寝起きの頭が凡ミスをしていないとも限らないのだし。


 兎に角この身体の感覚のズレを治すのであればニードルラビットは最適ではないだろうな、と栄人は考える。

 小さくて動きが速い獲物を追いかけるのはしばらく身体を動かしてズレをある程度治してからの方が良いだろう。まずは自分と同じ程度の体格の存在と練習するのが最適だ。少なくとも栄人はそう考えている。


 ニードルラビットの背後に回り込むための踏み込み。すぐに振り向いてしまうだろうからこれは身体の制御力を高めるための動作だ。

 結果は、背後にはたどり着いたが、ニードルラビットのニメートル以上後ろまで行ってしまった…早い話、跳びすぎてしまった。


 本来ならばすぐ後ろに低姿勢で着地する予定だったのに、勢いが強すぎたせいで地点をミスするだけではなく前のめりに倒れ込みそうになっている。

 それを耐え抜いているのも強化された身体能力のおかげなのだが、何となくマッチポンプのような気がして素直に感謝することが出来ない。実際掛けられている迷惑に比べれば(自滅で)倒れそうなところを踏み止まれるなど足しにもならない。


 これが大型モンスターからの一撃でも踏み止まれるようなものであれば手の平を返していたのだろうが生憎始まりの草原にドラゴンだったりジャイアントだったりの大型モンスターなど存在しない。つまり評価は絶対に覆らない。


 ざまあみろと傍から見ればただの一人芝居な行動を繰り広げながら今のところマスクデータになっているステータスを侮蔑する。相手が反論出来ないのを良いことに勝ち誇った顔だ。

 無論、ゴブリンの勝ち誇った顔など発情した顔にしか見えないのだが。


(あー、また踏み外した。ばびええぇぇ、という謎の叫び声を心の中で上げてみる)


 ニードルラビットをネットとしてテニスボールになったようにその背を超えビヨンビヨンと跳んでいる自分の様子を最早ミスが当然になって来たので他人事のように感じ、棒読みの叫び声を考えてみる。


 そんな栄人にニードルラビットは明らかに激昂しているが、圧倒的な弱者に興味は無い栄人は無視してふざけた考えを続ける。


 もう遊びをしているような気分になって来たので空中三回転でもしようかなと思ったが、それで脳天からプロレス技のように地面に激突し死んでしまうなんて可能性が浮かび上がってしまったので断念する。

 死因、自作自演回転式ジャーマンスープレックスとはネタにしかならないのではないだろうか、と死後の自分がネタとして扱われることを恐れ、ダンジョンの中で死んだら気付かれないんじゃね? と無視されるかも知れないと分かるとそれはそれでモヤモヤして来る。


 我が事ながら我が儘であるなー、なんて三回転は危ないから半回転から始めようとしてやはり躓き凄まじい勢いでズザザザァーーーッッ!! と顔面スライディングを決め込みながら考えるが、そろそろ飽きてきた。


 栄人には、わざわざニードルラビットを討伐するのに躍起になる必要は無いのだ。戦士としての誇りなんてものも無いし、一度やろうと決めたことはやり切るなんて初心も忘れている。

 面倒臭かったらやめるし、辛かったら投げ出す、良く言えば要領が良い、悪く言えば根性無しと言ったところだろうか。

 まあ兎に角そんなわけで、栄人はニードルラビットを無視して走り出す。やはり思っていた速度とは違うが、マシにはなっている。

 例えば、ボクシング世界チャンピオンの腕力で生活していたのが凄くマッチョな人の肉体で生活するようになった、みたいなものだ。かなりの躍進である。


 ふははははっ! 逃げるんだよぉーっ!! と少し危ない感じでハイなテンションになりながら、栄人は少しずつ速度を上げていく。

 その速度はま・だ・百メートル十秒を切る程度だが、本気を出せば八秒すら切ることが出来るだろう。それだけの身体能力が今の栄人には備わっている。


(…いきなり生態系最下層かもしれないゴブリンになったと思ったら次の日には世界一脚が速くなっていた……どんな状況だよ)


 上手く行かなければイライラするが、上手く行きすぎても心配になって来る、過野栄人はそんな人間だ。


 日頃大体の事が上手く行っていないので何か裏があるのでは? 盛大なドッキリでは? 無自覚の内にやり方を間違えているのでは? と疑心暗鬼になってしまうのだ。いきなり宝くじで一等になりました! と言われて信じられないのと同じ現象である。


 その信じられないハードルが他の人より低いだけで。


  まあ兎に角今はモンスターを見つけなければ、と栄人はキョロキョロと辺りを見回す。しかし、モンスターは見つからない。

 もしかしたら、自分がモンスターを狩りまくったせいで怯えられてしまったもしくは生態系を崩してしまったのか? と怖くなったので、見つけるためにも速度を上げる。


 全身を撫でる風に、思わず栄人の気分が良くなる。疑心暗鬼な時が陰欝な雰囲気だとしたら今の様子は爽やかといった感じだ。初対面の相手にも「やあ! 俺は過野栄人って言うんだぜ、これからよろしくな!」ぐらいのことは言えそうなレベルの爽やかさだ。…ゴブリンではなく人間であることが前提となっているが。


(それにしても見つからない)


 栄人が走り出して数十秒、寝る前であったらまあ普通なくらいだが今はそれとは一線を画するレベルで速さが違っているのだ。


 それこそ、視力なども強化されていることを鑑みれば二倍や三倍の索敵能力になっていてもおかしくない。スタミナまで上がっているので長期的にはそれ以上の強化率であろう。


 栄人はそれから更に数十秒走ったが影も形も見えないのでもう拉致が開かないな、と思い、探すものを木へと切り替えた。

 高所から見渡した方が対象は見つけやすいだろうからだ。

 つまり、木登りして高所に登るということである。

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