第16話 チート持ちは厄介極まりない

 棍棒持ちゴブリンを討伐した栄人は、自分は強くなってはいるがやはり駄目だな、と歯噛みする。

 この世界がファンタジー的に変質してしまったのだろうことは既に理解している。

 そして、そんな世界だったら大抵一人か二人は英雄と呼ばれ称賛されるかチート持ちと揶揄される連中が発生するだろう事も知っている。


 そんなチート持ちからしたら、今の自分は貧弱そのものだろう。

 なんせ一メートルちょっとでそこまで重くもないだろうゴブリンを殴っても数十センチ浮かせるだけで何メートルも吹き飛ばせたりなどしないし、蹴っても倒れ込んでくるゴブリンを飛ばし返せる程度でしかない。

 人としては充分な能力だとしても普通でない存在には通用しないのだ。


 そしてチート持ちの連中が俺面倒くさいんでダンジョンとか潜りませーん、のような性格であればそこまで問題は無いのだが、嬉々としてダンジョンに潜ろうとするような奴であれば不味い。


 正義感が強かったり戦闘狂であれば最悪だ。栄人は元人間なのでコソコソ隠れて罠を張ることも出来る…落とし穴を掘ることくらいは出来るし、普通の個体より圧倒的に強くなるだろう。

 …ユニークモンスターだ、強くなる前に滅ぼさなくては! なんて展開になって正義感強い系チート野郎とへえ、ゴブリンねぇ。…ま、見に行ってみるくらいはしておくか。……さて、少しは俺を楽しませてくれよお? が出張ってくる未来が見えた気がしたが、気のせいだろう。

 そこまでコッテコテの奴が居るとは思えない。案外国に手綱握られるのが嫌で戦争起こしたりしてるかも知れないし。


(…それはそれで俺はどうすれば良いんだろう)


 栄人はそんな風にも考えたが、結局早く強くなろうというところに落ち着いた。

 思考が巡るのも悪い癖だな、と辟易としながら次の獲物を探そうと取り敢えずグルリとその場で一回転してみた栄人の視界に、まだ消えていないゴブリンが。


『ゲギャアアァァアアア!! アアアアアアアア!!!』


 …言わずとも理解していると思うが、栄人は今糞が、また被りかよと絶叫している。

 しばらく叫んでドンドンと地面に拳を叩きつけ、ダンジョン製なのか栄人の手の方が鉄でも殴ったように痛くなったことでまた悶絶、ゴロゴロと転がりまわって痛みが収まると、(はあ…はあ…あー、切れやすいのも欠点だなー。俺欠点多過ぎません? …有能な奴だったらもう進化とかしてたんだろうしやっぱり元になった人間の素質は大事なんだなあって)と栄人はガラガラになってきた喉を意識しながら自分を卑下する。


 武術の達人とかでなくとも有名なゲームの考察班だったりしたら魔石の謎もスライムの謎ももう解けているだろう。

 折角育てれば強そうな人の意識持ってるモンスターという良素材なのに〜! と地団駄を踏み、小指が思い切り打ち付けられ数秒前より更に大きい痛みが栄人を襲う。


 学習しなさ過ぎる! これが冷静沈着な軍師タイプの人だったらこんなことにはならなかったぞ! とまた憤り、待て待てまた思考がグルグル廻ってるぞー? と流れを止めるのかと思えば、それでさっき反省したことを短期間で繰り返すとは…俺って本当欠陥品過ぎ、と溜め息を吐き、それで何かにつけて自分を下げるという終着地点までのレールを何周もしていることに気づき、愕然とし、一体幾ら愚かなことを繰り返すんだ俺はーっ! と憤慨したところで流れを止められていないと直前のものと同様の気づきを示し、ああもうどうすればーっ!! と頭を抱えながら小指の痛みを地面を転がることで触れないようにし、暫くしてやっと本当に落ち着くと、栄人はまるでボスモンスターないし集団型モンスターなどのまだ見ぬ脅威と激戦を繰り広げた後のような凄まじく疲弊した状態になっていた。


 起き上がろうとしたらクラッと串を抜いたイカ焼きのようによろめいてしまったのでしばらく身体を休めようと決めた。

 どうやらモンスターの乱獲は栄人に大きな消耗を与えていたようだ。

 やはりまだまだだな、と思いながら少し目を閉じる。


◇◆◇◆


 白いのか黒いのか、青か紫か黄か緑か薄緑か薄紫か赤か朱か橙か薄紅か桃か灰か茶か、瞬きするより短い、瞬間よりも短い時間の中で様々な色に変わり行く空間。

 白かと思えば黒になる。紫かと思えば緑になる。薄紅かと思えば灰になる。

 ただ、同じ色が混ざり合うことは絶対に無い。

 一フレームの数十分の一といったところまで詰めて行けばその刹那を記録できるのかもしれないが益体も無いことなので余程の変人以外そんな事をしようとは思わないだろう。


 その色の中で、ただ一点変わらない色がある。


 中心かも最果てかも分からない、流石にそこまでの哲学的空間ではないものの中心か端付近なのか分からない程度には得体の知れない空間の中、粉々の白だけが変わらない。


 白にも呑まれる事はなく、ただ揺らめき続ける。


 そこに違う"白"が糸のように絡まったかと思えば、その白は途端に空間ごと別色へと移り変わる。


 しかし粉々は段々と形を取り戻して行く。亀の歩みより遅いと言わざるを得なくとも、必ず最後は訪れるだろう。


 それからどれ程の時が流れたか、空間に異分子が入り込む。

 この空間にとっては全てが異分子であり、粉々の白も例外ではない。

 しかし、白に別の白が触れれば白が勝つ。異分子だろうと何だろうと退けるその光景は、国に乗り込んで来た敵国の王のようでもあった。


 その白より上位の存在であろう新たな異分子は、自らの意思で動く。


 侵入したのだからその空間内で行動が可能であることも摂理ではあるのだろうが、その空間自体が摂理から外れているのであれば適用されない筈なのであるが、摂理の無視を無視する、なんて子供じみた発想を貫き通すようにその異分子は移動を続ける。

 そして白の元までたどり着けば、のっぺらぼうを更に平坦したような頭部だと思われる部位に紙粘土で名工が創作したかのような白く歪みの無い胴体、腕部、脚部──であろう部位。


 表情以外は忠実に再現されたと言っても過言ではない人間の姿を取った異分子は、その指先を糸のように細くして行き、針も使用せずに"白"の修復を開始する。


 その空間の全てを否定して見せた"白"は、しかし異分子には逆らわずその身を差し出す。

 異分子は数十億円は下らないだろう壺を運ぶ時のような慎重具合で作業を進めて行き、亀の歩みの数十倍か数百倍、或いはそれ以上早くなったのかましれないそれをそれでもどれ程の時が流れたのか分からなくなる程の時を掛けて遂行して見せた。


 その今にも崩れそうな"白"の姿を確認し、異分子は。


 "白"に、慈しむように、残酷な願いであると理解する様子を見せながらも、懇願するように、語りかける。


──《信じて欲しい》


 計り知れないだけの慈愛と自責が込められているだろうその一言が決起剤になったかのように、急速に"白"があるべき形を取りはじめる。


 正しい人としての形に唯一長い耳を生やしている事実のみが特殊であるそれは、少し迷ったような雰囲気を醸し出し、やがてその胸の中で取る行動が決められたのか感謝の気持ちを表すように腰であろう部位を曲げる。


 異分子が、糸に変化したその指をどういう訳か――物凄く混ざりやすい成分なのか質量保存則を無視しているのか――数十メートルは続いているだろう幅一メートル五十センチの色が無いレッドカーペットのような形状に変化させ、"白"を見てクイッと顎とおぼしき部位で己が入って来たものとは逆位置にいつの間にか存在していた出口を指す。


 その道標を"白"は確固たる足取りで歩んで行き──。


◇◆◇◆


 えいとが目を覚ました。


 スッキリした気分になるのを実感しつつ、身体を伸ばす。ラジオ体操第一、第二を続けて行った。

 ベキボギベキバギ、と鳴ってはならない気がする音が自分の身体からなっている事から目を逸らすようにえいとは全力で体操を続ける。只今十周目に突入だ。


 それでもまだ骨が擦り潰されるような音が聞こえているのに本格的に自分の身体ヤバくないか? と思ったところでニードルラビットが目に入り、体操を中断する。


 えいとは、明日を夢見て、さあ行くぞ! と勿論ゴブリン語に変換されないよう心の中で叫び、その内容にいや、明日はもう少し待っててくれて良いんですけとねとフォローしつつ、取り敢えず目に付いたニードルラビットに襲い掛かる事にして──


(ふぉおぁあっっ!!?)


 ──予定より高さにして一.三倍、距離に至ってはおよそ二倍弱大きく移動し、大転倒した。

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