第15話 超人ではないモンスター

しばらく考えた後、栄人はモンスターを狩ることにした。


 このレベルアップの謎も試行回数を増やし様々な条件で検証をしてから確定させる必要があるからだ。ピンチになったから仕方ない、と覚悟を決めたとしてそれが勘違いで人間を襲って後から間違いに気付くとか嫌過ぎる。

 その場合そうしなかったら死ぬほどピンチということなので勘違いしていたら死亡確定というわけだ。

 なので誤った情報は受け入れられない。


(はあ…間違って無いはずなのに問題を先送りにする駄目人間みたいだよ)


 そんな事を考えながら疾走を続ける栄人の視界に入っているのは、スライム。

 それに向かい栄人は全力で走っていく。

 その顔に浮かんでいるのは汗だ。しかしこれは疲れから来るものではない。勿論かなりの間戦闘を続けているためそちら側の汗もかいているがそれは別種の汗、冷や汗である。


 栄人は焦っているのだ。

 それは何故かと聞かれれば、答えるのは簡単で、魔石が全然全くドロップしないからと言い切ることができる。その酷い確率のせいで今栄人の視界に収まっているスライムは二十体目となっている。


 しかもスライムだけを集中して倒しているのではなく目に付いたモンスター全てに戦闘を仕掛けているためゴブリンやニードルラビットなど三種のモンスター全てで言うならば五十体に届きそうなところまで来ている。ちなみに割合はスライム二十、ゴブリン十七、ニードルラビット十三だ。

 そしてその間にレベルアップは三度起こっている。しかし、そのうち一度二つ同時に起こっているため二度と言った方が正しいだろうが。


 そして同時、恐らく違う性質のレベルアップ二つが同時に起こっているため連続してレベルが上昇しましたLVが上昇しました言われると予測したので二重レベルアップと表現することにしたそれが起きた時、また身体能力が格段に上昇する感覚を味わうことが出来た。


 二度身体能力が上昇し、百メートル走十秒切れるんじゃね? という域まで到った自身の肉体の性能であるが、栄人はまだ使いこなせていない気がする。というか、確実に使いこなせていないだろう。


 なんせ、ジャブのつもりでゴブリンを殴ったら『ブゴゲグゲア!』なんて言って仰向けに思い切り倒れて、ニードルラビットを蹴り上げて空中で止めを刺そうと思ったら遠くまで飛ばしてしまい過ぎて逆に攻撃を当てられない(ニードルラビット自体は蹴りで逝った)なんて事態が多発しているのだ。


 こんなもので自分はこの身体を使いこなしている! と胸を張って言える者がいたのならばそいつはナルシストだ。自分に恋して盲目になっちゃってるタイプの。


 しかしそれより、今の栄人にとっては早くドロップしろよと祈る方が優先度は高い。


(不味い不味い不味い、日付変更まであとどれくらいだ? もー、レベルアップの問題何とか片付けた瞬間これとか本当勘弁して欲しいわー)


 栄人の主観で判断するならば、狩りを始めてから一時間半ほどだ。

 しかし、まず狩りを始めた時間が分からないのが問題なのでそれが合っていたとしてもほとんど意味がない。一応狩りだけで十何時間も経過していないとはわかるので頭に全くのとは付かないが。

 そして栄人の主観によりさらに信憑性の無い現在の時刻を計算してみると、大体午後の六時くらいかな、といったところだ。

 もう少し深く考えれば本当の時刻にもっと近づけられるかもしれないが、それには一つの障害があった。


――あまりにスライムに味が衝撃的過ぎて、細かい行動の記録を覚えていない。


 全てを忘れたわけではない、スライムが倒し方によって魔石が落ちるか落ちないか変わる――今はこの魔石がドロップしない状況になってしまったせいで”かもしれない”になってしまっているが――こと、ダンジョンからは突発的にモンスターが産み落とされるから、戦闘に乱入されることもあるかもしれないこと、モンスターにも痛覚があり、それを利用すれば討伐するのが幾らか楽になることなどの重要な、そして記憶に残りやすいことは覚えている。


 しかし具体的にどれほど移動してからモンスターに遭遇したのかなどの情報が抜け落ちてしまっているだけで。


 だからこれ以上制度を高くしようとしたりスライム食べるのマジで罰ゲームでしかないなーなんて考えるより無心となってモンスターを狩って魔石集めをした方がいいだろう。


 少なくとも栄人の予想で言えば日付が変わるまで大体六時間しかないのだから。


◇◆◇◆


 とあっ! と勢いのまま飛び上がりスライムを斜め上から飛び蹴りするとやはり一発で沈んだスライムに、栄人は(落ちろ、落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ)と呪詛のように繰り返す。

 これがゴブリンでは口に出せないので心の中で呟くだけになっているのが救いといえば救いなのだろうが、目は血走っているので子供が見たら泣くことには変わり無いだろう。


 そのままスライムを見ていると……消失した。


 その光景を目にして、栄人は『ゲギャアアアア!!』と叫ぶ。意味としては(糞がぁぁあああ!!)である。

 どうせゴブリン語に変換されるので声をあまり出さないようにしている栄人であったが、流石に苛立っている状況であれば叫んだりする。

 なんせ、まだ魔石が揃っていないのだ。

 ニードルラビットとゴブリンの魔石は揃った。しかしスライムの魔石だけがドロップしていない。

 どれほど落ちていないかと言うと、今のスライムで記念すべき百体目だ。百人目のお客様記念だったり百回倒せば確定ドロップ! なんて保障も無いようでいつ揃うか分からない。


 一日にドロップする回数が固定なのではないかと考えるほどドロップしないのだ。


 ……ちなみにニードルラビットの魔石は五個、ゴブリンの魔石は三個ドロップしている。


 まあダブる事なんて無いっしょ、始まりの草原だし、と思っていたらこれである。どうやらいるかもしれない(現実味を帯びてきてしまったので確定はしない)神は、自分が調子に乗ったら落とさないと気が済まないらしい。

 俺の気分を落とすより魔石落とせよ、と反骨心を覚えたこともあったがすぐに俺一人で何してんだろ、という気分に襲われたので忘れることにした。


 …狩ってる内にまた身体能力が上がらないレベルアップが二度、上がるレベルアップが一度起こり、今ナラニホンシンキロクツクレソウダナー、ハハッとあまりの実感の湧かなさとスライムの魔石の落ちなさに現実逃避しかけたぐらいの強化速度である。


 その時、背後からガサゴソと草を掻き分ける音がしたのでグルンッ! と高速で首を振り向かせると、棍棒を手に持ったゴブリンが約七メートル後ろから迫って来ていた。

 それにコオオォォッと武術の達人のような、若しくはモンスターのような息を漏らし、地を蹴りつける。


 二歩でゴブリンの下にたどり着くと、己と圧倒的に違う身体能力に驚愕と硬直を見舞われる同族の顔面に向け栄人は拳を差し出す。

 軽いジャブ程度のそれは、しかし向かって来るゴブリンの勢いも上乗せされ脳を震わせるに足るものへと昇華する。

 インパクトの瞬間勢いは強めずとも拳と腕に込める力を爆発的に強めた栄人の手は吹き飛ばされずに不動の姿勢を貫いている。


 思い切り蹴り飛ばしたサッカーボールが頭部にクリーンヒットしたような衝撃に脳を揺さぶられ、棍棒を手放し仰向けに倒れようとするゴブリンの側部に一歩で到達した栄人は、その背中に蹴りを炸裂させる。


 つい数秒前のものとは違い全力で放たれた一撃はゴブリンの身体が舞う方向を正反対に変更する。

 栄人の頭部近くまで浮き上がることを余儀なくされたゴブリンは、腹を狙った両拳により地面にたたき落とされピクピクと痙攣した。


 その身体を少し持ち上げ、肩の辺りを掴み固定した栄人の蹴り上げを頭部に喰らい、棍棒持ちの哀れなゴブリンは犠牲となった。


 しかし、圧勝した栄人の方も無傷ではない。


(あー、脚が痛い。流石に落ちて来るゴブリンの体重打ち返すのは無理があったかな)


 栄人はオリンピッククラスの身体能力を得ることが出来たと自負しているが、それは人間としてトップクラスというだけで超人というわけではない。

 自分と同程度の体重を蹴り上げるのはできなくはないが脚を痛める。


 足首でやってなくて良かったなーと安堵する栄人であった。

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