第14話 レベルアップ
栄人がモンスターへの八つ当たりを開始してから十分と少し、七体目のゴブリンと遭遇し七度目のゴブリンを討伐したというアナウンスを聞き届けた後、普段とは違うアナウンスが続く。
それは、《Lvが上昇しました》という内容だった。
(レベルアップ。レベルアップ? レベルアップ!?)
その内容を栄人が理解するのには時間がかかった。
何といってもレベルアップだ。RPGではほとんど全ての作品に適用されているだろう最もメジャーな一要素と言っても過言ではないレベルアップだ。
レベルアップをすれば身体能力が上がったりステータスポイントなどを貰えたり強くなることができる。
それは素晴らしいことだ。
しかし、あまり変化したという自覚が無いのが問題だ。
(普通内側から溢れ出る力とかあるんじゃないんですかねえ?)
そう考えながら何か変わったことが無いか垂直跳びやダッシュなどで計ってみるがやはり変わったところは見受けられない。
何故だ? と思って何度も名残惜しそうに確認を繰り返していると、微妙速くなっている気がしなくもなくも無い。
(う、う~ん、これは変化と言っていいのか? この感じだと五十メートル七秒が六.九秒になった程度なんですが?)
まあレベルが1から2になったとは言え元々がモンスターで身体能力が高かったと考えれば妥当か? と何とか納得しようとしてみるがやはり納得が行かない。
だって動いてみたところ人間の頃とあまり変わらない身体能力だったのだから。
レベルの母数が1と最小で10000から10001になったなんてわけではないのだから一割ほど能力が上昇して欲しかったのだが。
しょっぱいレベルアップだな、と栄人は二日ほどで何度したか分からない溜息を吐き、次の獲物を探すことにしたのだった。
◇◆◇◆
栄人が数十メートル先にゴブリンを発見する。
八つ当たりを開始してから栄人が発見したゴブリンはこれで十体目で、討伐した数は九体。もちろんこのゴブリンも討伐するつもりなので丁度十体の討伐ということになる。
(キリが良いしコイツを討伐したらメタルスライム問題考えるか)
そう決め、栄人はジョギングから全力疾走へと移行する。
その後流れ作業のように俯せに転ばされ両膝を砕かれ最後に頭を何度も殴られたゴブリンはろくな抵抗も出来ずに塵となって消滅した。
(さて、コイツは魔石を落とさなかったか)
消え行くゴブリンの死体を目に捉えそう判断する。
八つ当たりで討伐したゴブリンの数は十体で、そのうち一体だけ魔石ありの個体がいたのでそれから一つ魔石を確保することができた。場所は左胸の辺りをくり抜いた場所だった。
しかしそれ以外は今も含め一度も魔石を取れていないので実験のためにももう少し確保しておきたいところだ。
メタルスライム問題の答えを再度探すことに決めた栄人であるが、まず何をするかは決まっているのだ。
もう一度、魔石を取り込ませるために栄人はスライムを探して歩き出す。
◇◆◇◆
スライムを見付け、幾らか警戒を取っ払った仕草で近付き、魔石を放り込む。
放り込んだのはゴブリンの魔石である。ゴブリン以外に持ち合わせている魔石が無いのだ。
それにニードルラビットとスライムの魔石は取り込ませたがまだゴブリンの魔石は取り込ませたことがない。
さてどんな反応があるか、と身構えていた栄人の前でスライムは、
(……何だ、同じか)
ニードルラビットの魔石を取り込んだ時と同じ、毒物を吐き出そうとしているような動きを見せた。
そして結末も変わらない。苦しんだままスライムは魔石ごと消えて行った。
前回の実験とは違い一つ目の魔石で取り込みに失敗したスライムに栄人の頭はさらに酷使される。
(これは、体内に既に魔石があったから二個目はダメだった? スライムの種族として二つ以上こ魔石を取り込むのは不可能で、前回は元々魔石が無かったから一つなら取り込めた? それとも単純にスライムとゴブリンの魔石の相性が悪いだけ?)
疑問符が飛び交う中、一旦落ち着いて整理しようとする。
(前回との共通点は苦しみ方と消えたら魔石は残らなかった、魔石ごと消滅したこと。そして…いや、これだけか。対して違う点は、魔石一個で消滅したのと二個で消滅、スライムとニードルラビットの魔石、ゴブリンの魔石だけ、不確定なのが魔石があった個体と無かった個体で条件が違った、かもしれないこと。それのせいでいまいち候補が定めにくい。ハッキリしていてくれたら数で決まっているのかどうかだけでも分かったんだが。…それでここから予測できることは――)
地面に爪でガリガリと書いて行くのと同時に脳でそれを何度も反芻していき、整理し、導き出したものは――。
(…スライム以外の魔石は受け付けない可能性と、一個しか魔石を保有出来ない可能性の二つ)
予測した順番は一つ目二つ目が逆なので二つ目から説明する。
これはまあ前述の通り魔石あり個体魔石無し個体が違った可能性があるため、そこからだ。
そして一つ目、スライム以外の魔石は受け付けない、つまりスライムの魔石は何個でも取り込めるがスライム以外の種族の魔石を一つ取り込んだ瞬間塵になる、といった考えだ。
こちらは消滅した場合に取り込んだ魔石がスライムのものではないニードルラビットとゴブリンのものだったから浮かび上がった可能性である。
一旦個数ではなくゴブリンの魔石が無理だと仮定して考えた時、ならばゴブリンの魔石とニードルラビットの魔石の違いとは? という疑問を抱き、そこで違いを見付けられなかったためそもそも違う種族の魔石全般が無理なのではという予測をしたのだ。
いずれにしろ、この二つの予測を確認するにはもう一度実験をするしかない。
栄人はスライムの魔石、ゴブリンの魔石、ニードルラビットの魔石をそれぞれ確保することにした。
◇◆◇◆
栄人の視界には既に目の前と表現出来るまで近寄ったスライムの姿がある。
このスライムは十一体目で、他のモンスター、ゴブリンやニードルラビットも討伐している。
それぞれゴブリンは八体、ニードルは二体討伐しており、しかし魔石は一つも落ちていない。
始まりの草原で落ちるアイテムとしてはかなり手に入る確率が低そうだな、とは思っているが栄人としてはまあそんなものだろう、ラスダン急に出て来るよかマシだし、と納得できる範囲内である。
今出来るだけ多用するようにしている抜き手で討伐されたスライムも魔石を落としていないので、今回も空振ったこととなるのだが合計二十体討伐して一つも魔石が落ちていないのが二十一体討伐しても一つも落ちていないに変化しただけなのでそこまで気にすることでも無いだろう。
そう考えていた栄人の十数メートル前方で一体のモンスター――ニードルラビットが発生した。
それを確認するやいなや産まれたばかりで周りをキョロキョロと見回し、獲物を探しているニードラビットに向けて栄人は全力で走り出す。
ニードルラビットは敏捷性の高いモンスターであり、襲いかかられては面倒なので、先に栄人の方から奇襲しようという判断と、早くモンスターから魔石をゲットして実験を進めたいという思惑が混じった結果だ。
栄人はニードルラビットに有効だと判断した低姿勢からの抜き手を放つ。
その低姿勢はかなりものになっており、栄人が意識しているバトル漫画の忍者が手を後方に靡かせ走る姿勢にかなり近い。
もっとも、速度やその他諸々の身体能力は比べるべくも無いほど栄人の方が低いのだが。
しかし所詮始まりの草原のボスでもレアモンスターでも無いニードルラビットが反応できるものでもなかった。
(捻って、下から突き上げるように――!)
栄人なりに考えた有効な攻撃方法で右手を使った一撃が放たれ、ニードルラビットの顎が下から突き上げられ、浮く。この方法なら普通に殴れば良かったのではないかという意見は却下だ、何故なら抜き手の方から格好いいから。
右手を戻しに向け今度は下からではなく地面と平行する軌跡を描く指がニードルラビットの腹に直撃。今度は栄人から遠ざかるように吹き飛ぶ。
その結果を予想していた栄人は人外の膂力で殴られたりはしていないためすぐに停止したニードルラビットの傍まで辿りつくと、脚を振り上げ、その腹に全力で踵を振り下ろす。
栄人の踵落としを受け、ニードルラビットは動きを止め、《ニードルラビットLv.1を討伐しました》というアナウンスが響く。
そして、
《レベルが上昇しました》
《Lvが上昇しました》
というアナウンスも追加で響く。
そのアナウンスに、栄人は疑問を覚える。
(二つ? 二つレベルアップした? 何故? 今のニードルラビットはレアモンスターで経験値が高かったのか?)
栄人はモンスターを、詳しくは覚えていないが恐らく十数匹討伐して漸く一つレベルアップした。
それなのに、今一体のニードルラビットを討伐しただけで二つもレベルアップしたのだ。
一つは今魔石集めの為討伐したモンスターでレベルアップが近いところまで来ていたのだろうと推測すれば納得は可能だ。というよりそう考えるのが自然だろう。
しかし、もう一つが分からないのだ。今のニードルラビットにはこれと言った特徴、例えば素早かったり硬かったりなどのものが感じられなかった。
勿論他と変わらず簡単に倒せるのに経験値は多く取得出来るというボーナスモンスターという可能性もあるのだが、メタルスライムという分かりやすいレアモンスターのようなものを見付けてしまったことで何も変わらないのであればレアモンスターではないのではないかと訴えてくる。
(うー、あー、一つ解決したらまた一つ課題がー)
もう諦観を抱きはじめた栄人であるが、勿論その感情に任せて謎のままにしておくわけには行かない。
…これが解決したらまた新しい課題が出て来るかもしれないな、と溜息をつき、何故こうなったのか、その原因を探り出そうとしていく。
(……てか、何か沸き上がるような力を感じるんですが?)
まずは何をしようかと考え、詳しい状況を思い出してみようと――数十秒前の出来事なのでかなり鮮明に覚えているのだが一応細かい違いなどを洗い出す為に――した栄人が感じたのは、つい先程最初のレベルアップのアナウンスを聞いた後自らの身体能力を確認し、無いことに不満を抱いた力が沸き上がるような感覚。
これが、力………! とでも言いたくなるようなものであった。
一応、念の為、と心の中で言い訳をしても隠しきれない程の期待と衝動に敗北した――というより寧ろ負けたがっていた気がする――栄人が少し走ったりしてみたところ、身体能力も見違えるほど上昇していた。
先刻の五十メートル七秒が六.九秒になった、なんて些細な変化ではなく七秒が六秒以下に縮んだレベルだ。明らかに違う。
その内容に栄人は一つの仮説を立ててみた。
(……これ、根本的に違うのか?)
――システムが、レベルが二種類あるという可能性。
特に他の個体との変化が見受けられないニードルラビット一体を討伐しただけでレベルが一気に二つ上昇したこと。
前回はレベルアップしても身体能力が殆ど変わらなかったのに今回は目に見えて、感覚的にも分かるほどの変化が生じたこと。
(ジョブのレベルとモンスターとしてのレベルとか。それならこの二つもそれで説明出来ないことも無いんだけど……うう、やっぱり根拠が二つってのは心許なさ過ぎる)
せめて三つ、出来れば一つ飛ばして五つは欲しいよなあ、と思いながらも栄人はその仮説を当て嵌めていく。
先刻上昇したのが種族レベル、ということにしてみるとだが、この場合可能性が高いのはゴブリンとしての格が上がるような何かをしたという可能性。
例えば命を弄ぶ、必要以上に奪うだとか。
そういう事をすることでゴブリンという種族に適合したと見なされ、ゴブリンとしてのレベルが上がったということ。
そして二つ目の身体能力が劇的に変わるものが単純にモンスターを討伐することで経験値を取得しそれでレベル――単純な強さとしてのレベルが上がったと考えれば、まあ辻褄は合う。
しかしその仮説はできれば信じたくない。
何故なら、種族としてのレベルということはそれが上がらなければゴブリンとして上位に至ることは難しいだろうからだ。
例えば、自分達の本能的な行動を妨げるような存在が――女を襲うなとゴブリンやオークなど如何にも性欲が強そうな種族に言うなど――統率者、ゴブリンキングだったりそんな存在に進化することは難しいだろうということである。
嫌な考えで、それでいてそんな可能性もあるかもなあと言うような案に(自分が強くなるために女襲うとか嫌だよ? 俺)と、栄人は、もしその仮説が合っていたのならどうしようかなあと憂鬱な気分になった。
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