第13話 八つ当たり同族殺し

栄人は、変化したスライムを一通り観察――スライムの周囲をぐるぐると回り全方位に違いが無いか確認をする作業、動きまわるのもスライムを警戒しながらなのでかなり疲れる――し終えた。


 若干疲れ目といった感じになってきたので十分に、大体二十メートルほどの距離を確保してからドテッと地面に腰を下ろし、眉間をほぐす。


 観察の結果分かったことであるが、簡単に言えばスライムは魔石を取り込んでもスライムだな、という感想になる。


 普段より警戒していたとはいえぐるりとスライムの周りを一周しても気付く気配は微塵も見受けられなかったし、色が変わってポイズンスライムになりました、なんてこともない。

 強力な酸を出している感じでもなく動きものろいので本当に少し大きくなっただけのスライムといった感じなのだ。


 その後栄人は突然強くなる、なんてことも無さそうだがそれで痛い目に遭わないとも限らないので警戒は切らさないようにして再度近付く。

 まだやるべきことがあるのだ。


 栄人はスライムの魔石を持っていたのとは逆の手、左手からニードルラビットの魔石を覗かせ、右手に移す。


 今回のスライムの変化の様子――あまり変わったところは無いが少なくとも体積が大きくはなった――から魔石を取り込めばモンスターは強化されるのだろう、と予想することができた。


 しかし、上限は知っておかねばなるまい。無限に強くなれるなんて都合のいい話は無いだろうし、もし無限に強くなれるとしたらこの始まりの草原のニードルラビットなどはもっと強くなければおかしいのだ。

 そう思い、どうせ使い道の無いだろうニードルラビットの魔石も取り込ませようという結論を出したのだ。


 緊張感を纏い直し再度スライムに近付く。

 見た目では変わらないと言ってもそれは自分では変化がわからない、全く読めないような高位の存在になったが故のものなのかもしれないのだ。


 先刻スライムの周りをグルッと一周して気付かれなかったのも栄人がスライムに攻撃するつもりが無いと見抜いていたから見逃してくれていただけでもう一度近付けば攻撃されてしまうかもしれない。


 そうなったら死んでしまうかもしれないが魔石一つではそんなに変わらないだろうという信頼もある。魔石ありニードルラビットと魔石無しニードルラビットで強さに違いは見られなかったからだ。


 だから大丈夫だろうとそろりそろりと移動しながら確認する。


 思った通り、見た目通りに変化はあまりないのか先刻同様こちらに全く気付く気配を見せないスライムに、表に出さずとも栄人は安堵する。


 この緊張状態からの安堵という感情の変化も未知の世界になってからは何度も経験したものであり慣れたものなのでポーカーフェイスを保つことも余裕なのである。

 射程圏内に入れば、少し狙いを定め間発入れずに魔石を放り投げる。


 それが少し大きくなったスライムの身体に波紋を立て入り込むと、突然の音が鳴っても驚き隙を見せないように精神を統一する。


 そうして数秒後、もう一度音が鳴り響いた。

 しかし、今度は前回とは少し違う。首を絞められた鶏が出すような、断末魔のような音だった。


 その違いに、何だ? と栄人が内心首を傾げていると、スライムに先刻のような微細なものではない劇的な変化が訪れる。

 その身体が、赤黒く変色し始めているのだ。


 そして、その変化にスライムは苦しむ様子を見せている。餅が喉に詰まって呼吸が苦しくなったような、何かを中から絞りだそうとするように身体をくねらせ始めたのだ。


 まるで毒物でも口にしたかのようなスライムのその行動に(スライムさん…唯一無双要素がありそうだった魔石吸収も一つで限界とか、可哀相…神に慈悲は無いのか)と、栄人は実験に利用され食べられた上に不味いと言われ、下剋上の可能性すら奪われたスライムの哀れ過ぎる扱いに憐れみを見せる。


 しかし容赦はしない、攻撃されたことは無いがそれがこの先もスライムが自分に害を齎さない保証には成り得ないのだ。つまりこれからもスライムは実験に使われることに変わりは無い。


 差し当たってはまた生まれた疑問の解決が必要だ。


(さっきのメタルスライム(仮)は何だったんだ? ただの突然変異か? 魔石を食べまくってああなった可能性も考えていたんだが…)


 先程見付けたメタルスライムについての疑問である。無論レアモンスターという可能性が大きくはあるしこれが物凄くリアルなVRMMORPGの部類であればそう結論を付けていたのだろう。

 が、これはゲームでは無いのだ(拉致されてデスゲームを強制されているなどの線は捨てている)、メタ的な視点で考えるのは避けた方が良い。いや、避けなければ痛い目に遭うだろうと言ったほうが正しいだろうか。


 ならば単なるレアモンスター、突然変異で産まれた個体として考えるのではなく何か理由があってあれが産まれたと考えるのは自然と言ってもいいだろう。


 その場合栄人が可能性として考えていた魔石を食べまくって進化した個体があのメタルスライムであるかもしれないという考えは今身をよじらせ、息絶え塵となって消滅したスライムの行動に否定された。


(うーん…結構しっくり来る推理だったんだけどなあ。違ったか。んでもって魔石供給過多で消滅したら魔石ごと消えると。分かったことは確実に増えた。増えたんたけど、でもやっぱりなんか見落としてるような…うがー! モヤモヤは嫌いだー!)


 何か忘れ物をしているのが分かっているのにそれが何かに分からない、歯と歯の間に何かが挟まったような違和感を抱く。

 しかしそんなものは分からないのだから幾ら考えても仕方が無い。はあ、と栄人は実際には『ゲギャア…』と翻訳されている溜め息を吐いた。


 そして、思考を改め何か別の目的を探すことにした。

 といってもこれと言った目的が見付からないのだが。

 食料は本当に不味く食べたいとはお世辞にも言えないものではあるが入手方法は判明し、傷も塞がれた。


 モンスターとの戦闘にも慣れてきたし、自分と同じ種族であるゴブリンを確認することで自分の身体能力も大体は把握することができた。


 ランダム扉で見た地獄絵図のショックで忘れかけていたが自分を捨てたゴブリンが狙ってくるなんてこともなさそうだし、この後襲い掛かって来たとしても先刻ゴブリンを余裕で倒せたことから返り討ちにできるだろう。


 これは本格的にやることが無い、しかし本筋はこれ以上考えても解決しなさそうだという状況になっている。


(あーもう、このイライラはモンスターに解消してもらうしか無いな)


 それから栄人はガシガシと自分の後頭部を掻き毟り、八つ当たりを決めた。


◇◆◇◆


 何度も食料確保の為に倒したスライムはもう飽きた。行動パターンはもう完全に把握したし(そもそも行動自体するのかも分からないが)、そして何より弱過ぎる。


 別に栄人が戦闘狂というわけではない。例えば今この状況は明日になったらボスを仕掛けるからそれまでに最速で出来るだけ強くならないと詰むよ、と言われているようなものだ。

 そんな状況で適正レベルが幾つも下で殆ど経験値も入らないような敵と戦い続けるという選択が正しい訳が無いと考えたからそうなったのだ。


 スライムでレベル99にするなんて余程余裕がある平和ボケしかやらないものなのである。


 歩いて、というより半ば走ってモンスタ改め八つ当たり相手を探して二分ほど。栄人はゴブリンを見付ける。

 最初に倒したゴブリンとは違い、こちらに視線と敵意を向けている。奇襲は不可能というわけだ。


(しかし棍棒は持っていない通常個体、ニードルラビット二体を同時に相手した俺の敵じゃない…とは言いすぎだろうけどあれよりは楽だろう)


 相対する敵が弱くなったからといって自分が強くなった訳ではないという一文があるが、栄人の記憶に忘れてはいけない三ヶ条として覚えられている。

 三ヶ条と言いつつ栄人はゲームと一緒に日本の偉大な文化である漫画や小説も嗜む人間であったので三では済まないほど多くあるのだが。


 まあニードルラビットとの戦闘の経験は実際活かされている。例えば、脚にダメージを与えれば硬直と姿勢を崩すなどの効果を得られる。


 考えるだけで恐ろしいが、目に指を突き入れれば視界が封じられる喪失感と絶叫するほどの痛みを同時に味わうこととなるのだ。

 そんな学びを早速実践すべく栄人は最初の手を考える。

 そして八つ当たりなのだし恨みを晴らすと言う意味でニードルラビットにされた脚潰しをゴブリンにやってやろうと決めた。


 そこまでいけばあとは簡単。全力で走ってゴブリンに近付き、脚を引っ掛ければそれで転ぶ。


 そう考えて数秒後、栄人の思惑通りに無様にうつ伏せに転がったゴブリンに追い打ちをかける。

 効率を求めるならば頭を潰すべきなのだろうが今は八つ当たりが目的なので脚を潰すというのを優先する。


 片方の脚で胴体を固定し、もう片方の脚は地面を踏みしめ、ゴブリンがやはり暴れるので一発胴体を固定している脚で蹴りつけ、大人しくさせる。

 その後、落ち着いてスライムを踏み潰すのと同じ要領でゴブリンの膝を思い切り踏む。


 『ゴギャアァァ!』と激痛に悲鳴を上げるゴブリンの膝をもう一度踏み付け、さらにそこから踏みつける度に悲鳴を上げるゴブリンに三度追撃をし、完全に膝を砕く。

 イライラは大分収まったが完全に解消するためにもう片方の膝も砕き、最後に頭を砕いて《ゴブリンを討伐しました》というアナウンスを聞き届ければ終了だ。


 しかし機嫌は良くなっても何も考察は進まなかったので思い付くまでゴブリンを狩ることにした。

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