第12話 魔石を食べたスライムが消滅した件

――水が欲しい。


 スライムを食べ終え、栄人はそう切実に願った。

 あの喉越しの悪さに胸焼けに胃もたれ、その他諸々の全てを洗い流すためには水が必要不可欠なのだ。

 しかし、だったらどうやって水分を得るのかという疑問が栄人を苛み、そして、諦めの感情を抱かせる。


(だって、どう考えても水分あのスライム以外にいないもんなあ……ていうか不味い癖に食べても強くなれないとか厳しくないっすかーっ? 罰ゲーム過ぎやしませんかー?)


 そうなのだ。後半の愚痴は兎も角このエリアに瑞々しい果実など存在しないし、普通の水があるのかと言われたらそれはもう論外だ。

綺麗な水を飲みたいんならそこらの地面から湧き水が出るまで掘っていろ。辿り着けるのかも分からないしそうなるまでに殆ど確定的に水分不足で死ぬだろうが。


 そして、スライムは液体状。流石に始まりの草原に一切の水分が無いなんてことはない…だろうから必然的にスライムが水分担当になる。


 ニードルラビットやゴブリンの血を飲めば良いじゃないかと思いもしたが、動物の血とか毒の気しかしなかったので却下だ。

 スライムのあの不味さを経験した後だとそっちが正解なんじゃないかと思う気持ちも出て来ているがその不味さが生き残るために必要なものであることの証だとも考えられる。


 ひとまず食べてしまったものは仕方がないので少し休み、それから腹が痛くなっていたりしたらもうスライムを食べるのはやめて、止血剤だけに使うことにする。


 止血剤という点ではスライムは有用だ。何も副作用が出ていないしつけていると心地好い。さらにスライムをつけた脚から痛みが引き、ジャンプもできるようになったのだ。

 これは期待を裏切ることの多かったダンジョンが数少ない良心を発揮してくれたな、と栄人は少しにやけて喜ぶ。


 あの怪我をそのままにしていれば雑菌だったりが侵入してさらに酷い事になってしまっただろうから本当に有り難かったのだ。

 これでゴブリンやニードルラビットなど素早い動きを必要としたりこちらへの有効打を持っていて危険の多い敵にも挑めるようになった。


 討伐方法でドロップアイテムが変わるなどの仮説も立てることができたし良いことずくめだ、流れはこっちに向いている、と少し調子にも乗ってみる。


 まあ栄人は調子に乗っている時ほど予想外の障害に出会うとわかっているのですぐに気持ちを落ち着ける。調子に乗っているとダイナミックな戦い方など躊躇いなくできるなどメリットもあるがその分細かいことに気が向かず普段なら慎重に進むところを無根拠の自信に身を任せ何も考えずに進んでしまったりするのだ。


 故に、調子に乗っている時にしっぺ返しを喰らうことが多いのはある程度必然とも言える。栄人は病は気からなど、そんなものかなあと何となく考える。

 この場合、気分が原因になって不幸が訪れるという意味で病は気からと使っている。


 最悪の食後感を味わいながら、休息を続けていた栄人はその十数分後に立ち上がる。


 そして、スライムを探すことにした。食料としてスライムを入手できたので今度は別の実験、スライムが魔石を食べたらどうなるのかというものをやってみようと考えたのだ。

 そうと決めれば行動は早く。思い立ったが吉日だなんて聞いたことがあるがまったく正しいと栄人は思う。


(一日経ったら強制送還させられるかもしれないからな)


 そう、扉は一日一度しか開けないと言ったのだ。

 それはつまり、一日経てば中身がリセットされるかもしれないということであり、もしされるとしたらだ。そうしたら一日経っても中にいる栄人はどうなるのだろうか。


 この安全な場所で力を蓄えるより前に追い出され初期状態に近いまま次のステージに進まなければいけなくなるかもしれない。

 それ以外にも次のステージなんてそんな生易しいものではなくまた最初に見た地獄絵図のような場所を引き続け餓死するかもしれない。


 そうならないためにも早くやるべき事をやってモンスターを討伐しあるのかは分からないがレベルアップをして少しでも生き抜ける可能性を高めなければならないのだ。


 だが、まあそこまでは、まだ生き残れる可能性はゼロではないのだ。

 一番なってはいけない状態は。


(ここに、閉じ込められることだ)


 今まで語ったことは栄人がどこかに飛ばされる、別の場所に動かされるというものだ。

 一日で中身が変わるという時間制限があるのだからそれが過ぎたら違う場所に移動させられるというものやこの空間から追い出され扉のある場所に戻されるといったもの。

 しかし、最悪の可能性は扉とこの空間が切り離され、栄人が移動させられたりせずにここに取り残されるというものだ。


 その場合、栄人はすぐに死ぬ可能性は無いがずっと死なずに、ただスライムやニードルラビットやゴブリンを狩って、不味いスライムを食って、毎日何とか生き繋いで。

 脱出できるかもしれないなんて希望も無く誰とも会話せず寿命で一人静かに死んで行く、なんてクソだとしか言えないような未来を送ることとなる。


 そんなものは絶対にお断りだ、と栄人は虚空に向け睨みつけるような表情を取りながら目に強い光を宿す。

 一日が終わるまでに一つでも多くの課題を見付け、一つでも多くそれを解決し、少しでも多くモンスターを倒し経験と力をつける。


 そう心に決め、栄人は魔石片手にスライムに向かって歩き出す。


◇◆◇◆


 数分後、完全な球の形にすれば直径四十センチメートル程度になるだろう真夏の熱気に敗北し、物理法則の赴くがまま溶けたアイスのような形状のものもいれば、ねばりけの強いスライム――この場合モンスターではなく動画などでそれを作りただコネるだけという虚無の空間を作り出すこともある方のである――を注射器で地面に出したらああなるだろうな、といった下から上に行くにつれ細くなっていく、角の無い半円の形にも似た形状をしたものも。


 海岸で子供が作ろうとし何度も波に流されながらも完成した後、夜には誰にも見られず無機物の仲間と共に消え行く宿命にある砂のお城の形をしたものまでいる。

 基本的にはこんな形が基本的なものだというのが決められない、決めたとしてもいやこちらの方が多い、いやいやこちらの方が作りやすい形だ。そんな下らないいがみ合いが起きること請け合いのモンスター――スライムを発見する。


 このスライムは粘り気の強いタイプのもののようで、富士山を険しくした後に、全体と、頂きの部分を特に角を取り丸くしたような形状をしている。


 栄人はこのスライムに魔石を食べさせる事にしようと思い、出来るだけ急ぎながらもミスはしないように。それでいてあるかは分からないがあるかもしれない攻撃が当たらないようにしながら最早慣れきったと言っても過言ではない動きでスライムに近付いていく。


 十五回ほどはこの動きを繰り返しているとは言え、されど動きを熟練させるのならばたったのと言わざるを得ない十五回という回数で慣れきったように見えるということはそれほど上達が早いということである。


 しかし栄人に隠密などの才能など無いので――ソースは隠れんぼでは真っ先に見付かり、後ろから親を驚かせようとしても一度としてばれないことが無かった栄人の少年時代だ――、ほかの原因と言えば普段とは違い緊迫した空気感のみである。


 故に、本当の本気で余裕もなく訓練を行う場合の上達の早さはこの光景が物語っているとも言えた。


 そのまま危うげもなくスライムを射程圏内に収めると即座に手に持っている魔石を投げつける。

 投げつけるとは言っても野球でピッチャーの役を仰せつかわった者がやるような全力投球ではない。

 下から上に向け緩やかなカーブを描きながらゆっくりと、目を動かすだけでなく顔を付随させられるほどの遅さでだ。わざわざ外す可能性もある上にこんな至近距離で全力投球などするものではない。


 そして投げつけた魔石はスライムの魔石である。同じエリアのモンスターから手に入った魔石でもスライムよりニードルラビットの方が強かったし希少性も高いので取っておこうという判断だ。


 結果として見事投げつけられた、というよりは放り投げたという方が今となっては近いかもしれないそれは、スライムの身体に擬音を付けるならばスポンッやチャポンッといった選びが正しいだろう、一度で失敗した水切りのような音を奏でながら飛び込んで行く。

 自分の中に飛び込んで来た異物にしかし何の疑問も抱かずスライムは魔石をゆっくりと溶かしていく――ことはなく、ただ己の身体の中を自由にさまよわせるのみ。


 その光景に栄人は、なんだ、何も起きなかったなと思い、スライムを殺し魔石を取り戻そうと静かに抜き手の構えに移り、



 その直後、変化は起こった。



 ピイイィィィィィィ!! と、叫び声にも音を外したリコーダーのそれにも似た音が鳴ったのだ。その甲高い音はかなりの音量を持ち、思わず耳を塞ぎたくなるようなものであった。


 栄人は、突然の大音響にまずはビクッと肩を震わせ、次にその音が何処から発せられているものなのか理解できずに辺りを見回し、三つ目にその対象が見つからなかったのを確認し、四つ目に一呼吸置き、心を落ち着けスライムに向き直る。咄嗟に耳を塞ごうと身体が反応しかけたがそうはしなかった。


 この音に合わせての襲撃があるかもしれないと考えたからだ。

 正直モンスターにそこまでの知能があるとは思えなかったが、音が鳴り響いているのも異常事態と言えば異常事態なのでさらにもう一つ重なってもおかしくない。二度あることは三度あるの一度あることはバージョンだ。


 ちなみに栄人は二度あることは三度ある、三度目の正直の二つの諺の矛盾にいまだに頭を悩ませているタイプである。


 鳴り響く音の中まっすぐスライムを見据えた栄人は、気付く。


(……少し、大きくなっていないか?)


 大雑把に流れ作業のように確認すれば分からないほどのものだが、少し大きくなっているように感じたのだ。

 さらにジーッと。深く、全体を俯瞰するように観察してみると、感じた違和感の通り少しずつ膨張しているのが確認できた。

 光を帯びたりするなどの分かりやすいサインが無かったため、目を限界まで細め眉間にしわを寄せ少しずつ前傾姿勢になりながらスライムを観察する羽目になってしまったので目が疲労している。一応突然鳴り響いた音がサインとも言えるかもしれないが明確に個体が光って利するなどの資格情報ではないのでやはり判別は難しかった。


 さらに、異変が起こったのと同時にスライムが膨張を始めているいることから鳴り響く音はスライムにこの変化が起きている時の効果音のようなものなのではと考え、耳を傾けてみると、耳に入ってくる音が大きくなった。


 この音もスライムが鳴らしている、もしくはスライムから鳴っていると考えて良さそうだ。

 栄人がこの変化が起きた原因として思い浮かぶのは魔石をスライムに食べさせたことのみ。つまり、これはその魔石によって引き起こされた現象だろうと半ば確信をいだきながら予想に留まらせる。

 そして変化を見逃さぬようスライムの観察を続けていく。


 それから音は数十秒続き、スライムの膨張も同じく数十秒続いた。

 続いた時間が同じということはそれが終わりを告げる時間も同じというわけで、寸分の狂いも無く同タイミングで二つの異変は静まった。


 結果としてスライムは球にすると四十センチ程度のものから四十二、三センチ程度へと変わった。

 変化している最中栄人はまるで亀の歩みのような膨張の速度にアハ体験をしているような気分になり、それでも変化の開始と終了を比べて見れば目に見えるような変化になっているかもしれないと思ってもいたがやはり違いが 殆どわからない。


 目を細めてやっとわかった違いに栄人は思わず溜息をつき、それから今の変化の確定しかけている原因を断定するべくさらなる検証を開始する。

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