第11話 スライムは不味かった

栄人は、少しスライムを倒すパターンを変えてみることにした。

 というのが、栄人はこれまで最初の、ニードルラビットやゴブリンと戦うよりも前に討伐したものと一時間と少し前から狩り始めてからの十三体、合わせて十四体のスライムを討伐しているが木と脚で挟んで潰すか単純に踏み潰すかの二択でしか討伐していないのだ。


 そこで、ダメージを与えた部位でドロップの内容が変わる設定の小説なんかもあったなあ、と思い、同時にゲームでは無いため部位の破損などが存在するだろうこの世界で破損した部位が再生してドロップするなんてことも無いのが当たり前だとも気付いた。

 そしてその破損した部位はドロップしないという仮説で言うならば踏み潰してしまえばスライムの核を潰せるが、同時にスライムの身体もあるかもしれなかった魔石も潰してしまうことになるのだ。


 この仮説が意外とこれまでの状況に嵌まったので栄人はスライムを潰す以外、もっと言えば身体の破損を出来るだけ小さくする方法でスライムを討伐してみることに決めたというわけだ。


 それから歩くこと数分、栄人がゴブリンやらニードルラビットやらを避けながら歩いているとスライムを見付ける。

 今回は先程決めたように踏み潰すのではなく出来るだけ身体の損傷が少ない討伐方法を試してみる。


 一応慣れていない方法で討伐することになるので、慎重に奇襲を成功させられるように抜き足で近付いて行く。

 もうダンジョンやモンスター関連で命の危険は無いなんて油断をしていたら痛い目に遭うと分かっているのだ。慣れないことをするのにスライムだからと身を隠さずに近付くなど言語道断である。

 そのまま抜き足を続け、数歩で射程範囲内というところまで来た。

 流石に手を伸ばせば触れられるという距離まで行こうとすればばれるだろうと経験から少しは分かるのでそこからは迅速な行動が大切になる。


 今回、スライムを討伐する方法は、抜き手だ。

 貫通力が高いらしく、色々な格闘キャラが使っているだろう技で、栄人の中では素手の戦闘スタイルで行く者ならば必須と言ってもよいのでは無いだろうかというレベルの認識だ。

 しかし、だからと言って、使おうとしているからと言って栄人が抜き手をマスターしているわけではない。

 というか、純度百パーセントの素人である。いや、トラウマがある分素人以下と言うべきか。

 そのトラウマとは、誰もが男であれば小学生に通った道であろうキャラの技を真似るという行為をしていた時の事だ。

 栄人は、好きな作品のキャラが抜き手を使っているのを見て自分も真似してみようと思い、「でっどすふぃんがー!! おらー!!」と叫びながら指二本で抜き手を放とうとし――突き出したその指が壁に当たったのだ。

 壁に当たった。それも、ただの壁ではない。コンクリートの壁だ。身体を後ろに引いて勢いをつけて思いっ切りやったのがいけなかったのだ。


 栄人の指は、そこで一度骨折している。

 それ以来、抜き手は怖くて放てたものではなかった。じゃんけんでもチョキを出すときだけ勢いをつけずにゆっくりと出している。


 しかし、スライムなら行ける。何てったって相手は液体なのだ。液体に思いっ切り指を突っ込んだところで骨折するわけが無いだろう。

 これからドロップアイテムで棍棒でも落ちない限り素手でモンスターとの戦闘を行うつもりである栄人にとって、抜き手はやはり必要だと思われるのであり、そしてこれは、そのトラウマを克服するいい機会でもある。

 ならば、逃す手は無い。

 栄人は数歩前傾姿勢で勢いをつけ、出来るだけ勢い余って地面に指が激突なんてことにならないように地面と平行にスライムに向け抜き手を繰り出す。指は二本だ。


 踏み込みの瞬間に脚の貫かれた傷が痛みを主張してくるが、止まらない。

 二歩目、痛みが激痛に変わった。しかし歯を食いしばりそれに耐え抜く。

 三歩目、ついに体の姿勢を保てなくなったが四歩目を踏み出す必要は無い距離までスライムに迫っているのでつけた勢いに身を任せ抜き手を繰り出す。


 その指が見事スライムの身体を貫き、核を砕く。が、勢いを殺せずに地面にスライディングを決め込むこととなった。

 しかしそれは気にせず、肝心の問題、死体が残るか残らないか問題であるが――


 痛みを堪えながら見ていると、死体は十秒経っても消えなかった。


 栄人はその様子に若干の興奮を覚えながら、まだ確信はできないとカウントを続ける。

 五十を超えたところでもう良いかなと思ったが、一応百までカウントを続けることにした。


 そして、カウントが百になってもスライムの身体は消えていなかった。


(よしっ、良し良しっ!)


 栄人は抜き手を放った手を握り締め、グッと力を入れ後ろに引く。少し控えめなガッツポーズだ。

 その行為には、抜き手でモンスターを討伐することができた喜びと仮説が正しかったという喜び、二つの歓喜が混じっていた。


 何にせよ、これで一歩進むことができただろう、と栄人は確信を抱く。

 これで魔石があるスライムを確保できた。さらに、討伐方法を変えると一発で落ちたことから方法が問題で今まで魔石がドロップしていなかったのだろうと仮説をかなり確信に近付けることができたのだ。

 脚の傷問題や空腹もこれで解決するし、その二つが解決すればある程度行動に余裕が出て来る。スライムに魔石を食べさせて反応を見る検証や血が戻ればメタルスライムに挑んでも良い。


 というわけで、栄人はスライムという素材を丸々ゲットすることができた。

 その素材を計画通り食事と脚の傷を塞ぐ為に使用することにした。まずは脚に使うことにする。理由は気分だ。

 どうやって傷を塞ぐかだが、一度掴んで見たところ粘土のような手触りで意外と簡単に形を変えることができると判明したので縄のようにして巻き付け塞ぐことにした。


 スライムの身体の全体の三分と少し、三十分の一ほどちぎり、練り消しで遊ぶ時のような要領で細長くしていく。

 そして大体一メートル弱程度になったらそれをグルグルと脚に巻きつけ縛る。

 五十センチ程度でも良かったのだが栄人が気になり一度頭の中で思い浮かべてみると太すぎて五十センチでは半径など太すぎ、結ぶのに全く足りないと思い余裕をもって一メートル弱まで伸ばすことにしたのだ。

 それでも太いは太いのだが、まあ縛れる程度には余裕がある。

 きつく縛れれば、結び目も潰して縄の部分と同化させられるので無駄にもしない。


 今度は練り消しを机に当てて押し潰すように肌に張り付かせていく。

 作業を開始して数分間で、見事傷口を塞ぐことができた。

 スライムの身体はひんやりとしていて、今のように押し付ければのりで付けたようにくっつく。

 感触としては湿布のような感じで、付けていると心地好い。

 モンスターになったからか分からないが感覚的に傷も塞げていると何となく分かったので安心する。

 あとは食事をして休むだけだ。


 スライムを手に持ち、傷口を塞ぐためにちぎった部分の反対側から食べることにした。

 思いきってスライムにかじりつくと、


(ゥ゛ゥ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛オ゛ヴエ゛ェ゛ェ゛エ゛……不まっっっ味ずううぅぅ……)


 何というか、カブトムシの幼虫の食感をそのままにして味はカニクリームコロッケを混ぜ込みそれに加え生クリームを大量にぶち込んだような胸焼け、甘ったるさ。謎の喉にへばり付くようなスッキリしなさも後押しして吐きそうになるくらい不味かった。口の中に放り込んだ瞬間生温くなり、ひんやりとした心地良さという唯一の救いも訪れない。本当に吐きそうだ。

 というか食料が貴重な今で無ければ絶対に吐いていた。今は呻いているが基本栄人は本当に不味いものでなければ叫ぶなどのオーバーリアクションをとる。それすらないということは本当に、悶絶するほど不味いということを如実に示している。


 ああもう畜生っ、モンスターの味覚だったら美味しかったとかそういう都合が良いやつでいいだろっ! と叫ぼうとしたが(もちろんゴブリン言語に変換されるが)、喉にへばり付くようなというのは喉越しの話では無かったようでまともに声が出ず、『カヒュッコヒュッ』と掠れた音が出るだけだった。


 ……正直言ってもう食べたくない。なまじ苦労して手に入れたものだったが為に期待してしまっていたのが間違いだった、苦労して用意した飯が美味く感じるなんて真っ赤な嘘だ、騙された、訴えてやる、と、後悔や憎悪が溢れ出す。

 しかし、忘れてはならない。まだ一口だ。

 まだ一口なのだ。


 もう満足だ、喉を通らない、と頭は訴えかけているが、身体は食事を欲している。まだ若い高校生である栄人は胃もたれというのを経験したことが無いが今始めて胃もたれという気持ちを味わうことができた気がした。

 それに加え、ケーキなどを食い過ぎた時などに起こる胸焼けも併発しているのだ。 


(ううぅう、でも、食わなきゃ死ぬんだよなあ)


 しかし鳴り続ける腹の音、勿体ない精神により背に腹は代えられないと栄人はスライムを食すという苦渋の決断を下す。


 一口食って吐き気を全力で抑制し、二口食って涙を浮かべ、三口食って地面に倒れ伏す。

 それでも一度決めたことは撤回しないと意地を見せる。

 それに意地だの何だのより、これを捨ててはスライム達の命を無為にするのと同義だ。それではこれを得るために奪ってきた命が可哀相だと、この後スライムはもう二度と食べないとしてもせめてこの一体だけは食いきろうとする。


 その後、何度も吐きそうになり、涙を目に浮かべながらもスライムを九割方食い尽くし、地面に転がり伏した栄人は数時間は何もしたくない気分になっていた。

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